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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第6章 ~泥中の狩人編~
82/203

77.裁判長の夜食 ***

 「――作戦を開始する。討伐班諸君、健闘を祈る」

 ウィザーデン駐在騎士団詰所にて。指揮官・マディは宣言した。討伐班の三人は目を合わせると、足並みを揃えて詰所を後にする。彼らが向かう先は、ウィザーデン駐在騎士団が従来から利用する夜間巡回ルート。

 玲奈とフェイバルは詰所内から三人を見送る。彼女はふと純粋な感情を零した。

 「……なんだか嫌な感じです。これから危険に見舞われると分かっている人を見送るというのは」

 「騎士も魔導師も、その為に腕を磨いてるんだ」

討伐班の面々が標的に遭遇することこそ、本作戦での前提条件。それを理解しようとも、どうか彼らは無事であって欲しい。そんな思いが、玲奈へ妙な想像を誘発させる。

 「もしかしたら、標的が王国騎士団の派遣を悟って姿を現さない、なんてことはないでしょうか……?」

フェイバルは一蹴した。

 「ないな。駐在騎士を殺すってのは、同時に王国騎士団への挑戦でもある。今更になって恐れおののく真似はしねーよ」

 「……そう、ですよね。すいません、変なこと言って」




 討伐班は詰所に接した広い道を往く。深夜になり、そこは交通量がぱったりと途絶えた。音楽の消えた静寂は、ユーニ=マファドニアスという者が街の人々へ与えた恐怖を計り知れる。

 大通りから、やや狭まった路地へ。そこは街灯も減り、かなり視界が悪い。そして同時に、多くの騎士が亡骸と化した襲撃多発地点でもある。

 「……ミオン、どうだ?」

セニオルは小さな声で呟く。

 「いいえ、何も」

 彼女の魔眼、伏魔の瞳(パンデム)。周囲に漂う微細な魔力を鋭敏に認知する特異な瞳は、彼女を特別たらしめる。敵方からの奇襲が前提となる今回の作戦では、まさに切り札となる存在であるだろう。

 ドニーはそれをふと羨んでみた。

 「魔眼ってのは便利だなぁ。俺も欲しいわ。いや待て、目が見えない人間に魔眼ってあり得るのか?」

 「ドニーさん、声が大きいです」

緊張感皆無の彼は、ミオンへ叱られる。彼は大人しく黙りはするものの、特に反省しない。漂うやや険悪な空気感をセニオルが切り替えた。

 「本番はここからだ。くれぐれも油断するな」




 討伐班が出発して数分後。玲奈とフェイバルが請け負う追尾班は、ついに詰所の門を出る。

 「こんな広い道なのに、誰も歩いてないですね。王都ならこの時間でも結構人が居るのに」

 「まあ、殺人鬼が出りゃあこうもなる。俺だって出たくない」

 「……あなた、最大多数の人間を守りたいとか言ってませんでしたっけ?」

 「……冗談だ冗談」

 異様な静けさの中、二人はウィザーデン駐在騎士団の夜間巡回ルートを進み続ける。目も耳も情報を介してくれないので、玲奈はふと不安に言葉にして音を求めた。

 「私たちが襲われること、さすがに無いですよね……?」

 「標的は執拗に騎士を狙う。俺ら普段着だし大丈夫だろ。たぶん」

根拠は無いが、とりあえずは胸をなで下ろす。フェイバルの発言は基本的に適当だが、その適当さが一時の安らぎをくれた。




 場所は王都・ギノバスへ移る。アンヤが経営するパブ・蓮華庭(ロータスガーデン)にて。

 本日は定休日だった。いつもとは違って静かな店内で、アンヤは一人晩酌を楽しむ。息子の前で強がるのは親の性だろうが、今日ばかりは弱くあってもいいだろう。彼女は心に引っかかって離れない何かを、酒に任せて流し込もうとした。

 グラスが口から離れると、自然に言葉が吐き出る。黄昏れるような性分ではないはずなのに、それは止めどない。

 「……息子と父親が殺し合う。そんでもあたしは、それを止められない。なんでこんなことになっちゃうかねぇ」

 「あたしがどこで何を間違ったってんだよ……」

 後悔と自嘲の輪廻の中、そこで突然差し込んだのは店の扉をノックする音だった。アンヤは我に返ると、扉の外の誰かに聞こえるように声を上げる。

 「今日は休みだ! てか看板に書いてあんだろ? 今日は帰りなー!」

 その言葉を聞いた上で、扉は開かれた。扉の奥から現れたのは、正装に身を包んだある男。丸眼鏡で細身の男は小さく手を挙げ挨拶すると、ずかずかと店内に押し入る。

 「私一人分くらいなら、準備はできるでしょう? 今日も激務で疲れてるんです。そんな堅いこと言わずに」

それはアンヤにとって、思いもしない珍客だった。一気に酔いが覚めた彼女は勢い余って立ち上がる。

 「あ、あんた!」

 「一見(いちげん)の客なんてどうでもいいでしょう。ほらさっさと」

 「……どうでもいいわけあるかよ」

 「あなたは私に貸しがあるんです。ほら、今こそ返しどきですよ」

アンヤは顔を歪ませた後、ひとつ溜め息をついた。彼の奔放さにはお手上げだ。

 「……ほら品書きだよ、お偉いさん」

男はアンヤが差し出したメニューをまじまじ見つめながら呟く。

 「お偉いさんではなくセントニア=ラウマンです。まあ、確かにお偉いさんではあるんですけど」

セントニアはそのメニューを一瞥もせず、真っ先に目に付いた品を指差した。

 「ええっと、じゃあコレで。美味しそうですね、コレ」

 「よくこんな店来れたもんだね。ギノバス審判院の裁判長ともあろうお方が」

アンヤは皮肉に満ちた言葉を選んだ。それはかつての彼女の運命が、男によって左右されたから。

 「あんたのせいで、魔導師・アンヤは死んだんだ」

右手首に巻き付いた魔法具は、永久魔法禁止の審判によるもの。その魔法裁判へ居合わせたのが、まさに目の前のセントニア=ラウマンであった。

 男はそれをしばし見つめると、すぐに目を逸らして無感情に言葉を並べる。

 「……それでも私は死力を尽くしたんです。だってあなた、本来ならもう死んでいるところですから」

 「あたしは誰かに()められたんだ。それなのに――」

 「ええ、あなたはまんまと()まったんです。それであなたは、何もかもを失った。それでも私が尽力したおかげで、今あなたはここで私に夜食を振る舞うことができている。まだマシなほうですよ」

男は手を拭き上げながら続ける。

 「それに私も大変なんです。裁判長だからといって、何もかも好きに判決出せるわけじゃないんですよ。あ、これ以上詳しく話すと私の首が飛びますので、何卒」

アンヤは何も言い返すことができず、ただ耳を傾ける。見かねた男は話を戻した。

 「さあ、早く作ってくださいよ。そうだ、お酒もいいですかね? 明日は久しぶりの休日なので」

アンヤは黙って近くの酒瓶を差し出し呟く。

 「……これでも飲んで黙ってろ」

彼女はカウンターの反対側に立つと、あたふた準備を始めた。保管した大量の食材を、たった一人分の食事の為に引っ張り出す。

 セントニアがアンヤの要望通りに黙ることはなく、男はふとカウンター席の隅に置かれた灰皿を目にした。

 「あれ? あなたってそんなの吸ってましたか?」

 「んなもん、どうでもいいだろ」

アンヤは話を逸らした。




 ドニーら三人の討伐班は、狭い路地へと立ち入った。そこは今回の事件以前からも犯罪多発する危険地帯。そして今は、虚しくも騎士の墓場となっている。皮肉なことに、騎士の命を代償に犯罪数が減少した。

 道には街灯も無く、大通りよりさらに視界の悪い川沿いだった。背の高い建物も随分と少ない。三人は奇襲に備え、慎重に歩を進めた。

 会話は起こらない。三人は手にしたランプだけを頼りに、酷く重たい一歩を進んだ。

 背後か、上空か。奇襲という文言への執着からか、隙の大きい方向や死角ばかりに集中していた。そんな彼らの先入観は呆気なく打ち砕かれる。

 「止まって!!」

ミオンは大声を上げた。両手を横に広げ、二人を咄嗟に制止する。しかしその二人は、いまだ彼女が何を察知したのか分からずにいた。

 背後にも正面にも、誰の姿も無い。しかしミオンだけが、その暗闇に広がる道の先を見据える。

 「無駄だ。出てこい」

彼女は正面へ強気に呼びかけると、地面からはゆっくりと泥が溢れ出した。その粘度の高い泥は、忽ち膨らみ人間の形を成し始める。そして泥の像は、確かな人間へと変貌した。

 現れた男は奇襲の阻止に臆せず、ただ無表情に呟く。

 「……お前らは、何か違う」

 長身で細身。そして特徴的なゴーグル。それは証言通りだった。そこに立つのは、泥中の狩人・ユーニ=マファドニアス。

No.77 ギノバス審判院


王都・ギノバスに存在する唯一の司法機関。王都内のあらゆる裁判が行われる。敷地は貴族街に位置し、多数の法廷のほか過去の判例や論文が備わる書庫が備えられている。

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