表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第6章 ~泥中の狩人編~
80/203

75.一日国選魔導師 ***

 王国騎士団本部にて。招集を受けたフェイバルは玲奈を引き連れ、第三騎士団師団長・ロベリアの元を訪れた。

 「以前の話、覚えてるわよね」

ロベリアは騎士団総督の直筆が刻まれた依頼書を差し出す。

 「これが確定版の依頼書よ。標的はユーニ=マファドニアス。ドニー君の父親で、かつては泥中の狩人と呼ばれ、高い知名度を誇った元ギルド魔導師の男」

フェイバルと玲奈は依頼書をまじまじと見つめる。

 「……ほう」

 「ドニーさんのお父さん……」

ロベリアの深刻な声色は続く。

 「昨晩は三名。夜を越すたびに、犠牲が絶えず増え続けてる。急だけど、作戦決行は今晩よ」

玲奈は思わず大きな声えを上げた。

 「こ、今晩!? 今から目的地のウィザーデンまで移動ってことですか!?」

 「ええ、そういうこと」

ロベリアは至って冷静に返答する。フェイバルもまた納得した表情を浮かべていた。

 「まあこれだけ何人も殺されれば、それが必然だわな。騎士の威信に関わる」

 「そういうこと」

 「んで、何時に王都を出る? 向こうに着くのは夜か?」

ロベリアはそばに控える騎士の男を指差す。

 「……私は外せない重要な公務が入ってるの。そこで、あなたたちのサポートは第三師団副長・マディに引き継ぐことになる。詳しいことは彼から聞いて」

 「へー。了解した」

ロベリアはここであえて釘を刺した。

 「念のため言っておくけど、国選依頼は国選魔道師であるあなたに任せられた依頼。ドニー君のことはいろいろ思うところもあるだろうけど、あなたが執行しなければならない依頼だからね。そこんとこ頼んだわよ!」

フェイバルは確かにその言葉を聞き受けながらも、返事をすることはなかった。男はそのままドニーへ伺う。

 「とにかく副長さんや、詳しい話を頼む」




 同刻、街外れの小さなパブ・蓮華庭(ロータスガーデン)に移る。夜の営業へ向けた仕込みを終えたアンヤはカウンター席に腰掛けると、そこでおもむろにたばこを取り出した。

 慣れた様子で火を付ければ、口に咥え手を離す。しばらくして肺に充実感を覚えれば、それを口元から灰皿へ近づけた。そんなとき無意識に、キッチンへ向いた小さな写真立てをこちら側へ返す。こちらへ振り向いた写真に閉じ込められているのは二つの人影。

 その写真に焼き付いた男は、どこか不器用そうに笑っていた。そして彼のすぐ隣に映るのは、若き日の己の姿。記憶が確かなら、子を宿している時期だろう。その一枚は写真を撮られることを好まないユーニの映った、最初で最後の家族写真だった。

 「……復讐、とでも思ってるんだろうね」

煙と一緒に本音が零れ出る。

 「……会いたかったよ。もう一回くらい」

たばこは短くなってゆく。それはまるで、愛する者の命を暗示するように。




 時刻は昼過ぎ頃。第三師団の車両がフェイバル宅のすぐ前方へ並んだ。彼らは国選依頼の補助役として、音の都・ウィザーデンを目指す。

 先頭の装甲車に備わる重厚な扉が開いた。副長・マディを初めとする騎士数名は車両から降り立つと、玄関付近で国選魔導師の訪れを待つ。

 フェイバルと玲奈は玄関から現れたのは、指定の時間の少し前だった。騎士の者たちは態度に示さずとも、フェイバルが時間を遵守することへ驚く。何せ彼の遅刻癖は、不治の病だったはずなのだから。

 マディーは畏まって自己紹介をした。

 「恒帝殿、今回の作戦の総指揮を執らせていただきますマディ=グラディオスと申します」

 「知ってるよ。何回会ってると思ってんだ」

 「詳しい作戦内容は移動中にお示ししますので、まずは車列中腹の車両へご乗車ください」

 「ああ、すまん。ちょい待ち」

 「……はい?」

困惑するマディに、玲奈はこれから起こる事を謝罪しておいた。

 「私も止めようとしたんですよ……本当ですからね……」

フェイバルは悪びれもせず語る。

 「とにかくちょい待ってくれ。待ち人だ」

 「同行するのはレーナさんだけとお聞きしていましたが?」

 「あーそれ嘘。もう一人いる。今回の主役だ」

そして主役は、ちょうどその時を狙い澄ましたかのように現れる。マディーは一目見て理解した。

 「……やはり、そうなりますか」

男の名は、ドニー=マファドニアス。ゴーグル姿のその男は何の言葉も発することなく、ただ仁王立ちのままこちらへ眼差しを送る。

 玲奈はマディーの顔色を窺った。彼は特に怒りを露わにしたり、強く反発することはなく、ただ頭を抱える。

 「……どうせこうなると思ってました。まったく、師団長に叱られるのはあなた方だけじゃないのですよ」

フェイバルは呟く。

 「道を誤った魔導師の父を止める為に、その息子もまた魔導師として立ちはだかる。ドニーは父親の背中追いかけてギルド魔導師になった男だ。ようやくその時が来た。師匠ごときが、弟子の魔道に水指すのは無粋だろう」

ドニーはゆっくりとこちらへ歩み寄る。フェイバルはどこか楽しそうに話を続けた。

 「あいつは俺が見込んだ魔導師だ。困難を幾度と乗り越えてきた。実の父を殺す依頼だろうと、あいつの決意は濁らない」

騎士として、隊規則は絶対である。それでもマディーは一度ばかり考え込んだ。己が魔導師ではなくとも、フェイバルの語る魔道に共感出来てしまった。

 そしてようやく、マディの意向は固まる。

 「師団長にドヤされる覚悟はできてるんでしょうね、恒帝殿。それにレーナさんも」

 「え、あたしも!?!?」

フェイバルは頭を掻きながら零した。

 「……いや、正直それは勘弁だが」

玲奈はマディへ訪ね返した。

 「というか……私たちよりマディさんが心配です。懲罰されたりしませんよね……?」

マディは少し微笑んでそれに応じる。

 「さあ、どうでしょう。でも騎士である前に人間である以上、ときに規則より感情で動きたくなるものです」

答えになっていないとツッコみたくなった。それでも玲奈は、騎士という堅実な存在から垣間見えた人間臭さに胸が熱くなる。

 ドニーはフェイバルのもとへと至った。彼はそこで、忽然と自身に満ちた表情を見せつける。

 「親父のケツは息子が拭く。家族の粗相であんたらに迷惑はかけるわけにはいかねぇからな」

ドニーは大きく息を吸う。右腕を天へ掲げた。

 「俺が一日国選魔道師だ!!」

男の声が高らかに響く。そこに集う者たちの目には、その男の決意が頼もしく映った。




音の都・ウィザーデンへ急行する車内にて。マディは地図を広げる。それを囲むように座るのは主役・ドニーとフェイバル、そして玲奈。

 マディは地図を指差ししながら説明を始める。

 「――第三騎士団から二名。そしてドニー君。この三人が、標的・ユーニ=マファドニアスを討つ討伐隊です。三人は夜間警備を行うウィザーデン駐在騎士団に扮し、人気(ひとけ)の無い地点まで移動してターゲットをおびき寄せます。接敵次第、そのまま戦闘へ突入。これが最も理想的なシナリオです」

男の説明の後、ドニーは迷わず発言する。

 「なあ、その二人の騎士は戦闘から離脱してもらえるか。俺は連携戦闘とかまず無理だ」

 「……いいだろう。君が手練れであることは聞いている。私は君を信じる」

フェイバルが口を挟む。

 「おいドニー。調子良いこと言ってるが、相手はどう考えても格上だ。長期戦はマズい。時間制限は設けさせて貰うぞ」

 「ちぇ」

 「二〇分。これで制圧できなければ、残りは俺の仕事だ。分かったな?」

 「ああ、わかったわかった」

マディは話を戻した。

 「残りの騎士団とレーナさん、そして恒帝殿は市街地及び住民の保護に回ってください。夜間にはなりますが、敵の大規模魔法による無差別攻撃へ備えます」

 「それはそれで構わんが、俺とレーナはドニーのすぐ近くに配備してくれ。いや、可能なら討伐隊を尾行出来るとありがたい」

玲奈は思わずフェイバルに目を向ける。こんなところで前線は怖いなんて言えないが、どうにか視線で訴えかけた。

 「――了解しました。では新たに追尾班と称し、恒帝殿とレーナさん二人の部隊を編成します」

マディーは快く了承する。玲奈の心の叫びがマディに届くことはなかった。




 王国騎士団本部にて。大会議室から流れるように飛び出す人々。その波には第三師団長・ロベリアの姿があった。顔に張り付くのはなんとも不安気な表情。公務中の彼女の心にまとわりつくのは、やはりフェイバルのことだ。

 (バカな真似してない、よね……)

そのとき彼女は、勢いのままに自分の頬をはたいた。

 「さ、さすがにフェイバルもそこまでバカじゃないわよね! きっとそうよ!! それにマディだって居る。彼なら、きっとあいつが何かしでかしても止めてくれるわ!」 

こちらの叫びもまた、マディに届くことはなかった。

No.75 国選魔導師の裁量権


国選魔導師は自身の行使する魔法などを勘案した上で、騎士の計画した作戦に変更を加えることができる。しかし作戦の本質となる敵勢力の殲滅については、必ず国選魔導師が請け負わなければならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ