75.一日国選魔導師 ***
王国騎士団本部にて。招集を受けたフェイバルは玲奈を引き連れ、第三騎士団師団長・ロベリアの元を訪れた。
「以前の話、覚えてるわよね」
ロベリアは騎士団総督の直筆が刻まれた依頼書を差し出す。
「これが確定版の依頼書よ。標的はユーニ=マファドニアス。ドニー君の父親で、かつては泥中の狩人と呼ばれ、高い知名度を誇った元ギルド魔導師の男」
フェイバルと玲奈は依頼書をまじまじと見つめる。
「……ほう」
「ドニーさんのお父さん……」
ロベリアの深刻な声色は続く。
「昨晩は三名。夜を越すたびに、犠牲が絶えず増え続けてる。急だけど、作戦決行は今晩よ」
玲奈は思わず大きな声えを上げた。
「こ、今晩!? 今から目的地のウィザーデンまで移動ってことですか!?」
「ええ、そういうこと」
ロベリアは至って冷静に返答する。フェイバルもまた納得した表情を浮かべていた。
「まあこれだけ何人も殺されれば、それが必然だわな。騎士の威信に関わる」
「そういうこと」
「んで、何時に王都を出る? 向こうに着くのは夜か?」
ロベリアはそばに控える騎士の男を指差す。
「……私は外せない重要な公務が入ってるの。そこで、あなたたちのサポートは第三師団副長・マディに引き継ぐことになる。詳しいことは彼から聞いて」
「へー。了解した」
ロベリアはここであえて釘を刺した。
「念のため言っておくけど、国選依頼は国選魔道師であるあなたに任せられた依頼。ドニー君のことはいろいろ思うところもあるだろうけど、あなたが執行しなければならない依頼だからね。そこんとこ頼んだわよ!」
フェイバルは確かにその言葉を聞き受けながらも、返事をすることはなかった。男はそのままドニーへ伺う。
「とにかく副長さんや、詳しい話を頼む」
同刻、街外れの小さなパブ・蓮華庭に移る。夜の営業へ向けた仕込みを終えたアンヤはカウンター席に腰掛けると、そこでおもむろにたばこを取り出した。
慣れた様子で火を付ければ、口に咥え手を離す。しばらくして肺に充実感を覚えれば、それを口元から灰皿へ近づけた。そんなとき無意識に、キッチンへ向いた小さな写真立てをこちら側へ返す。こちらへ振り向いた写真に閉じ込められているのは二つの人影。
その写真に焼き付いた男は、どこか不器用そうに笑っていた。そして彼のすぐ隣に映るのは、若き日の己の姿。記憶が確かなら、子を宿している時期だろう。その一枚は写真を撮られることを好まないユーニの映った、最初で最後の家族写真だった。
「……復讐、とでも思ってるんだろうね」
煙と一緒に本音が零れ出る。
「……会いたかったよ。もう一回くらい」
たばこは短くなってゆく。それはまるで、愛する者の命を暗示するように。
時刻は昼過ぎ頃。第三師団の車両がフェイバル宅のすぐ前方へ並んだ。彼らは国選依頼の補助役として、音の都・ウィザーデンを目指す。
先頭の装甲車に備わる重厚な扉が開いた。副長・マディを初めとする騎士数名は車両から降り立つと、玄関付近で国選魔導師の訪れを待つ。
フェイバルと玲奈は玄関から現れたのは、指定の時間の少し前だった。騎士の者たちは態度に示さずとも、フェイバルが時間を遵守することへ驚く。何せ彼の遅刻癖は、不治の病だったはずなのだから。
マディーは畏まって自己紹介をした。
「恒帝殿、今回の作戦の総指揮を執らせていただきますマディ=グラディオスと申します」
「知ってるよ。何回会ってると思ってんだ」
「詳しい作戦内容は移動中にお示ししますので、まずは車列中腹の車両へご乗車ください」
「ああ、すまん。ちょい待ち」
「……はい?」
困惑するマディに、玲奈はこれから起こる事を謝罪しておいた。
「私も止めようとしたんですよ……本当ですからね……」
フェイバルは悪びれもせず語る。
「とにかくちょい待ってくれ。待ち人だ」
「同行するのはレーナさんだけとお聞きしていましたが?」
「あーそれ嘘。もう一人いる。今回の主役だ」
そして主役は、ちょうどその時を狙い澄ましたかのように現れる。マディーは一目見て理解した。
「……やはり、そうなりますか」
男の名は、ドニー=マファドニアス。ゴーグル姿のその男は何の言葉も発することなく、ただ仁王立ちのままこちらへ眼差しを送る。
玲奈はマディーの顔色を窺った。彼は特に怒りを露わにしたり、強く反発することはなく、ただ頭を抱える。
「……どうせこうなると思ってました。まったく、師団長に叱られるのはあなた方だけじゃないのですよ」
フェイバルは呟く。
「道を誤った魔導師の父を止める為に、その息子もまた魔導師として立ちはだかる。ドニーは父親の背中追いかけてギルド魔導師になった男だ。ようやくその時が来た。師匠ごときが、弟子の魔道に水指すのは無粋だろう」
ドニーはゆっくりとこちらへ歩み寄る。フェイバルはどこか楽しそうに話を続けた。
「あいつは俺が見込んだ魔導師だ。困難を幾度と乗り越えてきた。実の父を殺す依頼だろうと、あいつの決意は濁らない」
騎士として、隊規則は絶対である。それでもマディーは一度ばかり考え込んだ。己が魔導師ではなくとも、フェイバルの語る魔道に共感出来てしまった。
そしてようやく、マディの意向は固まる。
「師団長にドヤされる覚悟はできてるんでしょうね、恒帝殿。それにレーナさんも」
「え、あたしも!?!?」
フェイバルは頭を掻きながら零した。
「……いや、正直それは勘弁だが」
玲奈はマディへ訪ね返した。
「というか……私たちよりマディさんが心配です。懲罰されたりしませんよね……?」
マディは少し微笑んでそれに応じる。
「さあ、どうでしょう。でも騎士である前に人間である以上、ときに規則より感情で動きたくなるものです」
答えになっていないとツッコみたくなった。それでも玲奈は、騎士という堅実な存在から垣間見えた人間臭さに胸が熱くなる。
ドニーはフェイバルのもとへと至った。彼はそこで、忽然と自身に満ちた表情を見せつける。
「親父のケツは息子が拭く。家族の粗相であんたらに迷惑はかけるわけにはいかねぇからな」
ドニーは大きく息を吸う。右腕を天へ掲げた。
「俺が一日国選魔道師だ!!」
男の声が高らかに響く。そこに集う者たちの目には、その男の決意が頼もしく映った。
音の都・ウィザーデンへ急行する車内にて。マディは地図を広げる。それを囲むように座るのは主役・ドニーとフェイバル、そして玲奈。
マディは地図を指差ししながら説明を始める。
「――第三騎士団から二名。そしてドニー君。この三人が、標的・ユーニ=マファドニアスを討つ討伐隊です。三人は夜間警備を行うウィザーデン駐在騎士団に扮し、人気の無い地点まで移動してターゲットをおびき寄せます。接敵次第、そのまま戦闘へ突入。これが最も理想的なシナリオです」
男の説明の後、ドニーは迷わず発言する。
「なあ、その二人の騎士は戦闘から離脱してもらえるか。俺は連携戦闘とかまず無理だ」
「……いいだろう。君が手練れであることは聞いている。私は君を信じる」
フェイバルが口を挟む。
「おいドニー。調子良いこと言ってるが、相手はどう考えても格上だ。長期戦はマズい。時間制限は設けさせて貰うぞ」
「ちぇ」
「二〇分。これで制圧できなければ、残りは俺の仕事だ。分かったな?」
「ああ、わかったわかった」
マディは話を戻した。
「残りの騎士団とレーナさん、そして恒帝殿は市街地及び住民の保護に回ってください。夜間にはなりますが、敵の大規模魔法による無差別攻撃へ備えます」
「それはそれで構わんが、俺とレーナはドニーのすぐ近くに配備してくれ。いや、可能なら討伐隊を尾行出来るとありがたい」
玲奈は思わずフェイバルに目を向ける。こんなところで前線は怖いなんて言えないが、どうにか視線で訴えかけた。
「――了解しました。では新たに追尾班と称し、恒帝殿とレーナさん二人の部隊を編成します」
マディーは快く了承する。玲奈の心の叫びがマディに届くことはなかった。
王国騎士団本部にて。大会議室から流れるように飛び出す人々。その波には第三師団長・ロベリアの姿があった。顔に張り付くのはなんとも不安気な表情。公務中の彼女の心にまとわりつくのは、やはりフェイバルのことだ。
(バカな真似してない、よね……)
そのとき彼女は、勢いのままに自分の頬をはたいた。
「さ、さすがにフェイバルもそこまでバカじゃないわよね! きっとそうよ!! それにマディだって居る。彼なら、きっとあいつが何かしでかしても止めてくれるわ!」
こちらの叫びもまた、マディに届くことはなかった。
No.75 国選魔導師の裁量権
国選魔導師は自身の行使する魔法などを勘案した上で、騎士の計画した作戦に変更を加えることができる。しかし作戦の本質となる敵勢力の殲滅については、必ず国選魔導師が請け負わなければならない。