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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第1章 ~秘書の激務編~
8/202

8.メディナル神殿遺構

 その日の二人は、魔力駆動車に揺られ都外を駆けていた。魔導師という生き方への葛藤も束の間、玲奈は国選魔導師の緊急召集へと同行する。

 王都・ギノバスの検問を抜けてから、何時間が経っただろうか。いまだ目的地へは届かない。長い拘束に飽き飽きする玲奈とは対照的に、運転手のダルビーはご機嫌だった。どうやら久しい遠距離運転のようで、男は長い間飽きもせずに鼻歌を歌っている。

 王都の外には、いまだ未開発の土地が延々と広がっていた。王都近辺はまだしも、そこから離れてしまえば、広がるのは地面が剥き出しになっただけで、舗装とは呼べぬ荒々しい道のり。両脇には草木や木々が茂っており、人間の文明の面影を感じられるものは随分と少ない。

 しかしその一方で、時折目に付くのは瓦礫の山や人為的に抉れた地面。それらは数百年も前の大陸戦争による産物であるが、その面影は風化に耐えて大陸に色濃く刻まれていた。

 未舗装の道は言うまでも無く、酷い揺れを生む。都市間を繋ぐ鉄道が発展していないので、人流も物流も魔力駆動車が最も主要なものらしい。この杜撰な道が大陸のインフラを支えているとは、にわかに信じがたい事実だった。

 そのとき、突然ダルビーの鼻歌は止まった。

 「出たぜ旦那! 右に魔獣だ! ありゃあデケぇなぁ」

 黒い体毛で覆われた巨体に、赤色に鈍く光る鋭い眼光。近付くことが危険であることくらい、玲奈でも本能的に理解できる。

 魔獣、それは生物に魔力が飽和することで凶暴化した変異種。人間を初めとした全ての生き物は空気中の魔力を体内に蓄える魔器(まき)を持つが、そこに蓄積される魔力が飽和したとき、魔力は肉体を蝕み、その肉体を魔獣へと変貌させる。魔器(まき)の容量は個人差こそあるものの、一般的には体の大きさに比例する為、王都の外に生息する人間よりも小さな野生動物が魔獣へと変化するのは、自然の摂理だった。ただ厄介なのは、彼らが魔獣と化すことで自我と理性を失い、凶暴性と力を手にする点である。

 魔獣による人的被害を抑える為、都外を移動する車両には、許可証とギルド魔導師の同行が義務付けられている。そしてこの護衛任務こそ、ギルド魔導師にとって最も一般的な仕事の一つらしい。

 休日の間ずっとギルド書庫へ通いつめた玲奈は、勿論こういった事情も履修済みだ。とはいえ、さすがに生で見る魔獣の迫力には少しばかり気押される。

 フェイバルは欠伸をしながらも、ダルビーに応じた。

 「――おう、任せたまえよ」

男は右手を窓から差し出し、その指先を遠くに見える魔獣へゆっくりと向ける。束の間、そこからは眩い魔法陣が展開された。その深紅色の魔法陣からは赤い閃光がほとばしり、それは瞬く間にして遠方の魔獣の腹を容易く貫く。

 フェイバルの行使する魔法の一つ、光熱魔法・烈線(レーザー)。それすなわち、遠くから対象を強襲する光の矢。フェイバルが適性を持つ熱属性と光属性を合体させた、混合魔法と呼ばれる代物(しろもの)である。

 「ヒェ……レーザービーム撃ってる……急にSF!?」

玲奈は恐ろしき魔獣の姿よりも、間近で目にした男の魔法に目を奪われた。




 一騒動も束の間、彼らの車は走り続ける。そして辛抱強く代わり映えしない景色を眺めていれば、ようやく目的地が見えてきた。今回の緊急召集場所、メディナル神殿遺構である。

 「……これ、ホントに神殿なんです?」

 神殿跡などという厳かな名を冠しようとも、少なくとも玲奈の目にはそのように映らない。遙か眼前に広がるのは巨木の連なる大森林。人間の文明など微塵も感じられなかった。

 フェイバルはまた欠伸をしながら応える。

 「神殿跡があるのは、あの森の中だ。神聖な場所を開けたところに丸出しで置いとくわけないだろ。知らんけど」

 「出た。適当だ」

 「ああ、適当だ。別に俺も詳しくない」

 車両はさらに森へ近付いてゆく。すると眼前の大森林は、思いのほかに物騒であることが分かってきた。次第に見えたのは森へ潜む小さな前哨基地と、数人の騎士らしき人影。

 フェイバルは玲奈を質問を先読みして回答する。

 「あいつらは、メディナル特種騎士団の連中だ。神殿とその周辺を年がら年中警備してんだよ。確か」

 「ええ? こんな僻地にあるとこをずっと守ってるんです?」

 「ああ。どういうわけだか知らんが、相当の人数が駐屯してるらしい」

 「特種ってことは、やっぱりロベリアさんたちとはまた別の騎士団なんですかね?」

 「だな。あいつらは作戦騎士団。同じ騎士でも、種別が違う」

 「なるほど……騎士ってややこしい」




 巨木が所狭しと立ち並ぶなか、一行の車両は一カ所だけ大きく開いた森の入口へと辿り着く。どうやらここが、森の奥に佇む神殿までを結ぶ正規の経路らしい。

 ダルビーは車を止めた。

 「俺が入れるのはここまでだ。微妙に距離あるけど、あとは歩いてくれ!」

 「え、森の中の神殿までは行けないんですか?」

 「ああ。森の先はギノバス政府の特別指定区域だ。民間人の俺は入れん」

 「そうですか……ねえフェイバルさん、私も多分民間人ですけど、入れるんです?」

 「入れるだろ、多分」

 「適当ですよね?」

 「んまぁ一応、国選魔導師の付き人なんだし。いけるいける」




 二人は暫し歩き、森の入口へ近付く。するとそこへは、騎士の男たちが歩み寄った。身に着けたブローチは、ロベリアの物とやや異なる別の紋章。メディナル特種騎士団が、王都の騎士とは別の立ち位置にあることを示している。

 男はフェイバルに尋ねた。

 「ご足労頂き感謝いたします。恐縮ながら、紋章を拝見したく」

 「ああ、これな。ちょっと長旅だったもんで、首から下げるのは控えてたんだが」

彼は懐から国選魔道師の紋章たるブローチを出すと、それを提示する。出発前に玲奈が思い出しておいてよかった。

 「……お手数お掛けしました。団長は遺跡の中央部で待っております。そちらまでは我々がお送りいたしますので、こちらの魔力駆動車にお乗りください。お付きの方もどうぞ」

玲奈はとりあえず同行出来ることに安堵した。フェイバルはふと親指で後方を指差す。

 「そうそう、あそこに停まってる車と、中に詰まってるおっさんを守っておいてやってくれ。あれ民間人だし、もし魔獣来たら死んじゃう」

 「勿論です。お任せください」

そうして二人は、導かれるままに騎士の車両へ乗り込んだ。




 メディナル特種騎士団が所有する車は、装甲魔力駆動車と呼ばれる代物(しろもの)だった。鋼鉄のボディと据え付けられた機銃は、無論戦闘を想定されての物だろう。何より森に入るまでの道で相当だった車の揺れが、随分とましに感じられる。森の中の道は都外のそれより狭く険しいが、そんな悪路も装甲魔力駆動車には、どうやら朝飯前らしい。

 ふと玲奈はあることに気付く。

 「そういえばこの森、妙に静かですよね。魔獣は居ないんです? 森だったら生き物も多いでしょうし、開けた都外なんかよりよっぽど魔獣が多そうですけど」

フェイバルは珍しく彼女の意見へ素直に納得した。

 「言われてみりゃあ……というか生き物の気配すらねぇ。気味悪いな」

運転を務める騎士は語った。

 「……よくお気付きで。どういうわけか、この森林には魔獣が発生しないのです。私はここへ駐屯して随分と長くなりますが、今までこの森の中で魔獣に出くわしたことは、まだ一度たりともありません」

 「理由は分からないのか?」

 「はい。ここでは騎士の他にも、専属の研究者が在駐し継続的に調査を行っているのですが、決定的な原因はいまだ掴めていないようです」

 「そうか。ここら周辺の魔力は随分と濃いように感じるが、それでも魔獣は沸かねーもんか」

 「そうですね。この辺りの空気中の魔力は森に住む小さな生物の()には耐えきれない濃度だと思うのですが……」

騎士の呟きは、そのまま虚空に消える。浮かんだ謎の答えが導かれることはなかった。




 ふとした疑問も解決せぬまま、その森は終わりを告げる。

 「――到着しました。ここがメディナル神殿遺構です」

 森を抜けたそこへ現れたのは、まるで一帯の巨木だけをくり抜いてしまったように開けた大きな広場。そしてその中心部には、取り残された巨大な神殿跡。しかしながら周囲には相当な量の破片や瓦礫が散らばっており、大きな石柱や石の床はかろうじて残されているものの、天井は大部分が崩れ落ちている。その景観は、もはやほとんど原形が留められていないと評価せざるを得ない。崩落するのは、もはや時間の問題だろうか。

 そんな死に際の遺跡の傍では、かなりの人数の騎士が守衛の任務へとあたった。白衣を着た研究者の姿もあるが、仮に彼らを守る為の人員だとしても、少々手厚すぎる頭数である。

 「――突然呼び出してしまい申し訳ありません。恒帝殿」

 車を降りたところへ、腰に剣を差した男が歩み寄る。その若い男は名をライズ=ウィングチューンといいった。短い黒髪に眼鏡。精悍な目元と礼儀正しい言葉遣いからは、それとなく頼もしさを感じる。そして何より彼に据えられた紋章は、彼がロベリアと同じ格式の人間であることを雄弁に示していた。

 フェイバルはその男と顔見知りのようだった。

 「おう、どうも師団長さん」

玲奈はここで、うろ覚えだったロベリアの紋章と彼の紋章が一致していることに気が付く。

 「師団長ってことは……?」

 「ああ。こいつは作戦騎士団の第一師団長だ。まあ、ロベリアの同僚ってとこだな」

彼女は師団長をこいつ呼ばわりする主人に溜め息をつきそうだったが、まずは相手方へ改まった自己紹介が必要だろうと思い立つ。

 「私、フェイバルの秘書を務めておりますレーナ=ヒミノと申します。以後お見知りおきを」

男はそれへ朗らかに応じる。

 「王国騎士団第一師団長のライズ=ウィングチューンと申します。恒帝殿のお世話、よろしく頼みます」

フェイバルは耐えかねて、その会話に首を突っ込んだ。

 「おい、なんでレーナが俺の保護者みたいになってんだ」

ライズはフェイバルの苦言を聞かず、突如として玲奈の目を覗き込む。彼はそこで、あることへ言及した。

 「恒帝殿、レーナ殿は魔眼をお持ちで?」

 「んぇ?」

フェイバルは玲奈の元へと歩み寄る。男はそのまま玲奈の瞳を覗き込んだ。

 魔眼なるものはいまだ未履修である玲奈は、訳も分からずに呟く。

 「あのぉー、ちょっと恥ずかしいかなーなんて……」

 「……マジじゃん。今まで気付かんかった」

そしてフェイバルは、珍しくも驚きを露わにした。ライズは親切にも、玲奈へ魔眼の説明を始める。

 「レーナ殿。魔眼とは、先天的に瞳へ宿る大変希少な魔法です。きっと恒帝殿の助けになるはずですよ。是非とも訓練されてみるべきです」

 「は、はあ……」

フェイバルは顎に手を当てる。

 「でもよ、大人になってから急に魔眼の潜在に気が付くことなんてあるか? ガキの頃に親から指摘されたりして、気付いたりしないもんかね」

 「恒帝殿、魔眼は本来であれば瞳に特徴的な魔法陣が浮かび上がりますが、その魔法陣の発現の時期や、魔眼が活性化されて魔法として扱えるようになる時期には、かなりの個人差があります。レーナ殿には、それがまだ訪れていないのかもしれません。かく言う私も、この瞳が魔法を宿したのはまだ数年前のことです」

男はさりげなく語ったが、話の流れから、彼もまた魔眼の保有者であるということで間違いない。ただフェイバルはそれを既に知っているようで、彼はとにかく玲奈の方へと関心を寄せていた。

 「なるほど……こりゃ凄い奴を引き当てたもんだ」

 そのとき、また別の騎士が合流する。白髪の混じった髪で片目が隠れたその紳士は、顔に無数の縫い跡が残されている。玲奈は正直なところ、反社会的な人間を連想してしまった。

 「――恒帝殿、お久しぶりです。そしてそちらのレディーは初めまして。私はメディナル特種騎士団の団長を務める、エスワルド=フィリングリンドであります」

男は一礼する。ライズはさりげなく礼を返すが、エスワルドは直ぐに話を続けた。

 「国選魔導師・刃天(じんてん)殿のほか、急遽お呼びしたギルドマスター殿もすでに調査を開始されております。早速で恐縮ですが、今回の依頼内容をお伝えさせていただきましょう」

そして男は、堅い口調のまま説明を始めた。

No.8 魔眼


先天的に瞳へと宿る特殊な魔法の呼称。目を介することで極めて個性的な能力を発揮する。たいへん希少な魔法であり、保有者は王都にも指で数えるほどしか存在しない。魔眼の保有者は瞳に魔法陣が浮かび上がるが、その出現時期は出生時に限らない。また魔法陣が発現した段階ではまだ非活性の状態であり、それが活性化される時期にも個人差がある。

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