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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第6章 ~泥中の狩人編~
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74.本心を。 ***

 「あいつのことを? どうしてまたそんな急に」

 アンヤは何気なく尋ねる。しばしの沈黙を経て、ドニーはマディーから耳にした事実を全て語った。




 「――脱獄、か。ったくバカだねー」

 アンヤは全てを聞き終えたとき、どこか寂しさを帯びた複雑な表情を浮かべ呟いた。思い出したくなかった何かを思い出してしまったような、一方でどこか他人行儀にも聞いて取れる。それがドニーには意外だった。彼は純粋に聞き返す。

 「……なんも思わねぇの? 興味無ぇの?」

 「……二〇数年も会ってないんだ。人間ってのはそんなもんだよ」

アンヤはグラスを持ち上げると、溶けかけた氷を転がして遊びだす。それはまるで、話から気を逸らすように。

 ドニーはまた彼女の本心を探った。

 「会いたくねえの?」

その質問に、アンヤは言葉を詰まらせる。見かねたドニーは質問を変えた。

 「親父は、強かったのか?」

アンヤは少し間を開けた後に返答する。

 「……強いよ。昔一緒に居たギルドでは、二番目の腕前だった。まあ、一番目はあたしだったけど」

ドニーは少し間を開けると、柄にも無く俯く。ここからは、さらに先の話をしなければならない。フェイバルと似通って楽天家なその男にも、言葉にするのは苦しかった。

 「じきに俺の師匠の元へ国選依頼が届く。いや、もう届いてるのかも。そうすれば、親父は師匠の手で殺される。今日ババアに伝えたかったことは、これだ」

氷を転がす音は止まった。アンヤはグラスをテーブルへ置き、穏やかに口を開く。

 「……あっそ」

 「……俺には分からん。なんでそんな落ち着いていられるんだ? あんたの男が死ぬって言ってんだぜ?」

 「慣れちゃうもんなのさ。悲しさとか、虚しさっていう感情が麻痺してくんの」

きっと無意識なのだろうが、アンヤは煙草を咥えていた。慣れた手つきで火を付けるが、それはとてつもなく似合わない。

 アンヤは大きく煙を吐き出すと、こちらに振り向きもせず言葉を紡いだ。

 「あんたの師匠の依頼なら、どうせあんたも着いて行けるんだろ。あいつが死ぬ前に、顔くらい見せに行ってやりな」

アンヤはまた煙草を咥え直す。ドニーは彼女に未練が無いことを悟り、その場でおもむろに立ち上がった。

 「……じゃ、俺家戻るわ」

そうして席を離れ店の扉を開こうとしたとき、ドニーは耐えかねて最後に質問する。いや、期待していたのかもしれない。これだけは聞いておかねば、そう思った。

 「親父に言いたいことあるか? たぶんまじで、最期だぜ」




 「……愛してる」




 アンヤは少し震えた声でぼそっと呟く。煙草の火を消しながら、息子から顔を背けるように。それが恥じらいを隠す動作であることは、彼にも一目瞭然だった。期待通りの返答に、ドニーは口角を上げる。

 「なんだよ、二〇年経っても実はアツアツかよ」

 「うるせえ! はよ帰れ!!」

 「はいはい。しっかり伝えてきますよ。それではさよなら」

彼はそのまま静まりかえった店を後にする。本心を聞けた彼は、それで満足だった。




 同刻。騎士団本部・第三騎士団棟では、正式な国選依頼の作戦立案が急がれた。集った騎士たちは、まず標的の情報を改めて整理した。

 「――泥中の狩人こと元ギルド魔導師・ユーニ=マファドニアス。魔法裁判で無期限の拘禁刑判決を受け、大監獄・プルトに収監されていました」

 「二〇年以上経過した今になって脱獄、か」

 「プルトの収監者は魔法を封じる為の感知魔法具が装着されるはず。たとえ脱獄しようとも、魔法を行使すればすぐに位置情報が特定出来るだろう。それでもなぜ奴は、魔法を使った連続殺人が行える?」

 「単純なことだ。脱獄の際に感知魔法具を無効化したのだろう」

 感知魔法具とは、発信器と受信器がペアとなった魔法具の一種。罪人に取り付けられた発信器が当人の魔法行使を感知した瞬間、受信器に信号を伝達する。受信器を管理するのはプルトに駐留する刑務官たちであり、彼らは発信器の位置情報等について騎士と緊密な連携を取ることで、即座に制圧などの対応を取ることが出来る。現在の法律では、プルトへの収監者及び無期限魔法禁止の審判を受けた魔導師に対する刑罰として定められている。

 「――男は魔法を使って脱獄し、その後即座に感知魔法具を無効化した。脱獄手段はまだしも、感知魔法具の解除方法で考えられる方法は一つだ」

 「……と言いますと?」

 「感知魔法具が取り付けられた右腕を捨てればいい。それだけだ」




 舞台は音の都・ウィザーデンへ移る。普段は二人組で夜間巡回を行うウィザーデン駐在騎士だが、連日の事件を警戒し、三人での見回りを行うことが臨時での対応となった。

 今晩もまた三名の駐在騎士が夜間巡回を行うなか、ふと一人の騎士がぼやく。

 「……まだ犯人は捕まっていんだ。夜間の見回りくらい、しばらく中止したって文句は言われねーだろ……」

 「馬鹿野郎。これも誇りある騎士の仕事だ。むしろ三人組の体制という措置に感謝すべきところだろう」

 「んなこと言ったって、犯人は相当の手練れって話だぞ?」

 「俺らだって騎士だ。訓練は相応に積んできた」

そんな会話を待ち望んだかのように、彼らには背後から聞き慣れない声が掛けられる。

 「……お前ら駐在騎士ごとき、たかが知れてるがな」

振り返った先には、少し後方に佇む背の高い痩せた男。そしてそのそばには、横たわった一人の騎士の亡骸。

 あまりにも堂々の登場だった。二人の騎士は取り乱す。

 「……まじかよ」

 「おいおい、冗談じゃねーよ! こんなタイミング良く来ることあってたまるか!」

されども騎士。彼らは遅れながらも剣を抜く。危機を肌で感じた一人の騎士は、間髪入れずに男との距離を詰めた。

 その男は騎士の突撃に臆せず、顔色一つ変えないで言葉を連ねる。

 「お前らでは満たされない。俺()()の復讐は、こんなにも軽い命で精算できない」

男は不用心にも右腕を放り出した。騎士は目の前に差し出された右腕を目がけ、魔法剣を振り降ろす。

 鍛え抜かれた一振りは、確かにそれを切り裂いた。男の右腕は、呆気なく地面へと落ちる。

 「な……!?」

騎士は絶句した。男の右腕の切断面から流れ落ちるは血でも肉でも無い。粘度の高い泥の雫。男はとうに右腕を失っていた。それは紛れもなく、感知魔法具を無効化する為の対価。剣が切り裂いたものは、泥で形作られた義手であったのだ。

 ぼやいていた騎士もまた、やけになってついに男へ飛びかかる。力の差は歴然だった。泥で修復された男の右腕は、いとも簡単に向けられた剣を掴んでへし折る。そして右腕は忽ち膨張すると、為す術無い騎士の顔を飲み込んだ。手足をばたつかせもがく騎士は、数分も経てば静まり返る。

 「ば…化け物が!!」

一人残された騎士は、取り乱しながらも足を進めた。それは騎士にあるべき最期だった。

No.74 感知魔法具


感知魔法具は送信器と受信機の二要素で構成される。送信機はある人間の魔力を記憶する構造を持ち、その者の魔力を次に感知した際に信号を送信する機能を有する。魔力を記憶する仕組みは通信魔法具などにも応用されており、感知魔法具は数多あるうちの魔法具の一つというよりも、幅広い魔法具へ応用されるテクノロジーの側面が強い。


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