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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第6章 ~泥中の狩人編~
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73.帰る場所 ***

 騎士と共に王都・ギノバスへと帰還したドニーは、完遂した依頼書を手にそのまま騎士団本部へ連行されることとなった。彼は騎士に側方を固められたまま騎士団本部へと誘導されるが、事態を深刻に捉えず軽々しい口ぶりで横の騎士へ話しかける。

 「あの、俺寄りたいところあんだけど駄目かなー?」

 「駄目に決まってるだろ」

 「なら夜には解放してもらえる?」

 「……それはお前次第だ」

ドニーはそのまま騎士団本部の地下へ伸びる下り階段へと導かれた。彼は特に抵抗もせず、速やかに階段を降りる。独り言を呟く余裕すらあった。

 「へぇー、こんなとこ初めて入ったな。本部の地下ってこんなんになってんのか」




 薄暗い地下に降りてしばらく歩けば、ようやく前方を往く案内役の騎士の足が止まった。 

 「……さ、ここに入るんだ」

突如側方の騎士の腕が外れると、ドニーは小さな一室に押し込まれる。

 「うおっと! んだってんよ急に……」

 その部屋にはあまりに殺風景な空間だった。ドニーが愚痴を零しながら前を向けば、デスクの向かいに腰掛けるのは王国騎士団第三師団副長・マディ=グラディオス。部屋の奥にも、また二人の騎士が居た。

 ドニーと目を合わせると、おもむろにマディは立ち上がる。

 「ドニー=マファドニアス君だな。まずは手荒にここへ呼び込んだ事を謝罪したい。すまなかった」

 「お、おう。どっちにしろ王都へ帰るつもりだったし良いけど」

 「……では本題に移る。これを見てくれ」

マディは腰を下ろすと数枚の資料をデスクへ広げた。そこに刻まれた一際大きな文字。

 『ウィザーデンに於ける連続騎士殺害事件に関する調査書』

ドニーはしばしそれを見つめると、すぐに騎士の求める応えを口にした。

 「ウィザーデンか……確か俺の故郷だ」

背後の騎士たちはその一言にドニーを注視する。対してマディは至って冷静だった。

 「詳しく聞かせてもらえるだろうか」

ドニーは頷くと、特に躊躇いもせず語り始める。

 「故郷っていうと、語弊あるな。産まれも育ちも王都だし。んまぁ分かりやすく言うとだな、俺の父と母が出会って、いろんなトコを乳繰り合ってだな……それで――」

男の卑猥なハンドサインも合いまり、嫌な予感がしたマディはすぐ遮った。

 「もう分かった。というかそれを故郷とは呼ばん。まあいい、次はこっちの紙だ」

そのまま彼は別の書類をデスクの中央に運ぶ。一部目立つように着色された箇所へ記されているのは、犯人の特徴に関する記述。それを見れば、ドニーは自分がなぜ半ば強制的にここへ連れ込まれたのか理解できた。

 「えーと。高身長で細身。おまけに特徴的なゴーグル。まあ、俺を疑うわな」

 「もう一つ。犯人は泥魔法の使い手だ。殺された騎士は、呼吸器系に泥を流し込まれて窒息していた」

 「へぇ。だから見た目が一致して、なおかつ泥魔法の使い手である俺が犯人候補な訳ね」

 「半分正解で半分間違いだ」

マディはさらに別の写真を並べ、その詳細を付け加えた。

 「名をユーニという。泥中の狩人と呼ばれた、元ギルド魔導師だ。男は数日前に脱獄した囚人であり、無論今回の犯人として最も可能性が高い。我々としては、犯人の特徴と酷似した君がまず無実であるという確信を求めた」

 「なるほどね。まあ俺じゃねーのは確かだけど、あいにく俺はそいつの事を詳しく知らねぇ。何せ会ったことすらねーし」

 「……そうか。君が抵抗もせずこうして騎士団本部(ここ)に居ることが、君が犯人でないという一番の証明だ」

 「そうか? 逆に本部に乗り込んで騎士を一網打尽に……なんて考えもありえるだろ?」

 「まったく、王国騎士団も舐められたものだ。そんな無謀な手段を選ぶ馬鹿がどこにいるんだか」

 「馬鹿と天才は紙一重よ?」

マディは男の冗談に少し笑うと立ち上がる。

 「ウィザーデンに於ける連続騎士殺害事件を立件する! 騎士諸君は、国選依頼書の発行に取りかかれ! 急務だ!!」

彼の一声が、部屋の外の騎士たちが忙しなく動き始めた。

 マディの声色はまた落ち着きを取り戻し、それはドニーへと語りかけられる。

 「ドニー=マファドニアス君、感謝するよ」

 「んだよ、こんな事の為だけに呼んだのか。というか、つい昨日まで俺が依頼で別の街に居たっていう時点で俺のアリバイは証明されてただろ。なんならギルドには俺の受諾した依頼書の控えがあるし、そこで俺の行き先も簡単に分かったはずだ」

 「依頼書の偽造、犯行現場と潜伏先を分散させることによるアリバイの捏造。私は正義の執行者として、あらゆる可能性を考慮したまでだ。それに国選依頼とはすなわち、標的の殺害と同義。もし標的の名前を誤れば、無実の人間を殺すことになる。それだけ慎重に動かねばならんというわけだ。面倒に思えるだろうが、許してくれ」

 「……国選依頼って言ったか? こいつは国選依頼になる予定なのか?」

 「そうだな。そして我々第三師団がこの一件の対処を請け負った関係上、きっと君の師匠である恒帝殿に受諾される運びとなるだろう」

 「……あっそ。そんじゃ俺はもうこの場に要らねぇだろ、こっから先は師匠の仕事だ」

ドニーは相変わらず不服そうに立ち上がる。

 「そんじゃ失礼しますよー」

そして男は、飄々とその一室から飛び出した。




 ドニーはあくまで平静を装う。それでもその名を聞いたときから確信していた。書類に刻まれたユーニという男の姓は、自身と違わぬマファドニアス。それはまだ見ぬ、実の父親であるということを。




 その夜。ドニーはとある場所へと向かう。いや、帰るという表現が正しいだろう。

 「よお鬼ババア! 今戻ったぜぇ」

 「誰が育ててやったと思ってんだ。殺すぞ」

空のジョッキが凄まじい速さで顔面へ飛び込む。ドニーはすかさずそれをキャッチした。

 「冗談だっての。そんな怒んなよぉ」

客の視線は店に足を運んだドニーの方へと集まる。入り口の近くに座る酔いの回った男たちは、直ぐに彼へと絡み始めた。

 「お、ドニーじゃねえか!! 久しぶりだな!! 今晩は奢るぜ、コイツが!!」

 「おいおい、勝手な事言うな!」

ドニーの帰る場所。それは商店街の外れにある賑やかなパブ・蓮華庭ロータスガーデン。この店を一人で切り盛りする女性・アンヤこそ、彼の母親である。

 「おいドニー、怪我してねぇだろうな。仕事中に野垂れ死ぬなんて無様な真似だけはすんなよ」

 「さっきジョッキ投げてきた奴の台詞とは思えねーけど、まあ今回も無傷で終えたぜ。何せ俺は、国選魔道師の推薦を期待される大魔導師だからな」

 「調子乗んな。国選魔道師じゃねえうちは、実際に推薦を貰ったあたしより格下だ」

突如として始まった親子同士の豪快なやりとりは、もはやパブの名物である。そして客の人間からしてみれば、それをからかうこともまた楽しみの一つ。

 「アンヤちゃん、またそんな張り合っちゃって~」

しかしアンヤば別の視点から声を荒げる。

 「息子の前でちゃん付けなんてすんな! いろいろキツいだろ!」

笑いが巻き起こる。ドニーはニヤニヤしたまま、カウンター席の腰掛けた。

 「アンヤちゃん、俺も一杯!」

息子の悪ふざけで場が盛り上がる。

 「ったくドニー……馬鹿共に乗っかるな!」

悪ふざけは止まらない。ドニーは客の期待通りに畳みかける。

 「アンヤちゃーん、早く早く」

 「……あんたからもきっちり金取るからな。商売に親子は関係ねぇ」

アンヤはドニーの前にジョッキを置く。注文も聞かずに、彼の好きな酒を注いだ。




 愉快なひとときは流れ、時間は瞬く間に深夜へ。閉店後の店内に残ったのはアンヤとドニーのただ二人。

 アンヤには心当たりがあった。態度に表すことはなくとも、息子は何か込み入った話を持ち込んでここへ来たのだろう。

 「――さ、何の話だ? こんな時間まで借り家に戻らないってことは、なんか話すことあるんだろ?」

アンヤはドニーの横に腰掛ける。

 「……その前に、俺から聞きたいことがある」

ドニーは妙に神妙な雰囲気だった。アンヤはただならぬ違和感を抱く。

 「……どうした、急に?」

 「……聞きたいのは、親父のことだ」

No.73 国選依頼


国選依頼とは、かつて存在したギノバス国王を名目上の依頼主として発布される依頼を指す。大陸統一により国及び国王の概念が消えた現在では、名前をそのままに騎士団総督が実質的な依頼主として発布されている。重大で危険度の高い案件を扱うことから、依頼の受諾は国選魔導師にのみ許される。通常の依頼が対象の捕縛といった戦闘を伴いうる案件から車両警護といった雑務まで様々な類型を含むのに対し、国選依頼の類型は対象の殲滅・殺害に限定されている。

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