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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第6章 ~泥中の狩人編~
77/203

72.蓮華の花は泥に咲く ***

 「――さーて、無事姉ちゃんがたと朝まで飲んだことですし、王都へ帰るとしますかねぇ」

 宿の手続きを済ませたドニーは、大荷物を抱えて太陽の元へ飛び出した。




 「――ったく暑すぎだろ。師匠の魔法かぁ?」

今日は猛暑だ。何もせずとも、勝手に汗が噴き出してくる。男は一人愚痴を溢しながら検問へと向かった。

 検問は、街と街を繋ぐ公共交通機関である大型魔力駆動客車の停留所として機能する。ドニーまさしくこれを利用する為、検問を目指した。

 今回の依頼先であるこの街は比較的土地が小さく、宿から検問までの道のりもそう長くはなかった。慎ましやかな繁華街を通り抜ければ、少しの住宅を通過して検問に出る。

 ドニーが辿り着いたとき、目当ての客車も既に停留所で停車し、出発の時刻が訪れるのを待っている頃合いだった。男は事前に取り寄せた券を懐から取り出す。仕事を終えた翌日ともなれば自然と気も緩み、頭を空っぽにしたまま真っ直ぐに車両へ乗り込もうとした。しかしそのとき、思わぬ出来事が彼を襲う。

 「――ドニー=マファドニアスだな」

背後からは聞き慣れぬ男の声。ドニー思わず振り返った。

 「んと……誰だあんた? その身なりは騎士か。騎士が俺に何の用だ? あ……騎士への勧誘かぁ。まあ確かに俺腕は立つし、あんたらの気持ちも分からんでは無いが、俺はあいにくギルド魔導師やっててだな――」

騎士の男はべらべらと話し続けるドニーを遮った。

 「もういい、静かにしろ。それとお前が乗るのは客車(こっち)じゃない」

そう言って騎士の男が指さすのは装甲車。騎士保有の車両である。

 「……逮捕?」

 「その直前の段階だ。さあ乗れ」

ドニーは顎に手を置いて少し考え込む。しかしあまりにも心当たりがないので尋ねてみた。

 「……あの、俺なんかした? ……女絡みかそうじゃないかだけ教えてくんね?」

 「お前には騎士の捜査に強力する義務がある。詳しい話は王都でする。というかそもそも騎士は、痴情の縺れの処理など請け負わん」

 「女絡みではないんだな!? そうなんだな!?!?」

数人の騎士はドニーの両脇を固めると、彼を装甲車へと詰め込む。検問は一時騒然となった。




 同刻。ロベリアはフェイバル宅を訪れていた。彼女がここへ足を運んだ理由を話し終えると、フェイバルは呟く。

 「俺の弟子が騎士連続殺人の犯人、ねぇ」

 「私もドニー君に会ったことあるし、彼がそんなことするとは到底思えないのよ。でも、見た目の特徴が一致し過ぎてる。何も調べずに見過ごすことは出来ないわ」

 「まあそうだわな」

ロベリアはさらに暗い顔になると、一枚の書類を取り出した。

 「……もし、彼が犯人だったとき。あなたにはまた辛い思いをさせてしまう」

ロベリアが取り出したのは上質な紙で作られた依頼書。それは言うまでもなく国選依頼書だ。そして国選依頼であるということはすなわち、ターゲットの殺害が目的であることを意味する。

 「――もしそのときは、師匠が直々に弟子を殺せと?」

 「師匠であれば、弟子の魔法もある程度把握できる。そのぶん成功率も上がる。それが騎士の判断よ」

 「……まあ、俺は心配してねえが。あいつに騎士を殺しまくる動機なんて無ぇし」

 「そうよね」

ロベリアはいつもの不抜けた顔で弟子を疑わぬフェイバルを見ると、安堵した表情を浮かべる。

 「まあとにかく犯人が誰であろうとも、この国選依頼は確定事項よ。また危険な戦闘現場だけど、よろしくね」

 「おう。それで高い金貰ってんだから、きっちりやりますとも」




 時刻は夜へ早送る。王都の繁華街から少し外れた道沿いにて。そこにひっそりと佇むパブ・蓮華庭(ロータスガーデン)は、小さき店ながらも活気ある賑わいを見せていた。

 酔いが回って顔を赤く染めた若い男は、大げさに椅子から立ち上がって大声を上げる。

 「ええ!!!! アンヤちゃんって四七歳だったのかよ!!?? 俺の母親と同じ――」

 「おいクソガキ、それ以上言うんじゃねえ!! 死にてぇのかコラァ!?」

 激怒してみせるのはカウンターの奥に立つ女性。年齢にそぐわぬ可憐な見た目は、まるで彼女の時間だけが止まってしまっているかのようだ。

 彼女の威嚇に、若い男は思わず縮こまる。しかしその場に緊張が走ることはなく、むしろパブの中はどっと笑いに包まれた。その賑やかさを楽しむかのように、アンヤはニヤリと笑う。いわゆるキレ芸というやつだ。

 「冗談冗談! 別にどうだっていいさ。人間誰だって年くらいとる」

そう言うと彼女は口に酒を含んだ。営業中でも酒を飲むのが彼女の作法。その容姿も相まって、端から見ればジュースをのむ少女だが、常連の者は誰も驚かない。

 アンヤは男の頭を軽くはたいて尋ねた。

 「いやあ、驚かして悪かったよ。あんた、うちは初めてよね?」

 「そ、そうだ、です。たまたま看板を見つけまして!」

 「なるほど、見る目あんじゃねぇの。まあゆっくりしてけよな」

 「は、はいぃ!」

横に座る中年男性が、その縮こまった若い男に告げ口した。

 「兄ちゃん。アンヤちゃんはな、実は元ギルド魔導師なんだぜ?」

 「ええ、マジですか!? じゃあもしかして、滅茶苦茶強いってこと!?」

アンヤは少しばかり動揺しながらも自慢気に応える。

 「ま、まあ、国選魔導師の推薦が舞い込むくらいにはな」 

 「何の魔法使うんですか?」

 「あたしは水魔法一筋。魔道一本道ってやつさ。まあ他にも適性はあったっぽいけど、水属性以外の魔法には興味無かったね」

常連の男が口を挟む。

 「なんだか今日のアンヤちゃんは、いつも以上にいろいろ話してくれんじゃねえか。みんな口説くなら今だぜ?」

 「バーカ。あたしゃ四七歳の子持ちババアだぜ? もう男は要らねえっての」

彼女の自虐ネタで再び笑いが巻き起こる。一通りおさまると、酔いの回り始めた若い男が口を開いた。

 「アンヤさん、何か魔法見せてくれよっ!」

 「それがだなぁ……」

アンヤは右の袖をまくり上げると、手首に巻き付いた腕輪のような物を見せつける。

 「なんだそれ?」

 「感知魔法具。今ここで魔法使えば、騎士がこの店に駆けつけてあたしはお縄さ。この店もおしまいってわけ」

アンヤはまた酒を飲むと続ける。

 「あたしは昔、魔導師裁判で無期限魔法禁止の判決を受けた。まあ、詳しいことはいくら酒入っても言う気にならねぇから、そこは勘弁な」

場が静まる。常連の男たちですらも、驚いた様子でアンヤの右腕を見つめていた。

 「それでもあたしは、もうここで酒飲んで料理作って話すだけの生活で満足さ。魔法なんて必要無い。こんな魔法具あろうとなかろうと、関係無いね」

屈託の無い笑顔を見せるアンヤ。常連の男の笑い声を皮切りに、再び場は和んだ。カウンターに腰掛ける男性が、突如大声をあげる。

 「おまえら、俺なんて魔法一つも使えないぜ? 学生の頃も魔法の授業はずっと最下位だ!」

 「ド無能じゃねぇか! よく生きて来れたなっ!」

その男はアンヤに続くように自虐ネタを続ける。

 「今から転職して、ギルド魔導師になろうかなぁ!」

 「やめとけ! 魔法使えない魔導師なんて居てたまるか!!」

パブ・蓮華庭(ロータスガーデン)の賑やかな笑い声は、夜の街に響き渡った。

No.72 魔法裁判


ギノバス刑法典に定められた、魔法による犯罪を裁くための裁判。魔導師裁判という俗称もあるが、実際は魔法を悪用した犯罪全てに適用されるため、対象が魔導師に絞られているわけではない。裁判は各都市に設けられた裁判所で行われ、裁判長の裁量により量刑が決定される。最高刑は死刑。感知魔法具を用いた無期限魔法禁止処分は、魔導師裁判独自の刑罰である。

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