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71.魔導師たちの休日 ***

 「――ちょっと君! こんなとこで何してるんだね!?」

 ある日の深夜。深夜騎士の怒号で飛び起きた男の名は、ゼストル=ドレイクニル。革命の塔事件に巻き込まれた、不運なギルド魔導師の男である。

 「ぅあれ? 俺は何を……?」

 「何をって、君がこんな道の真ん中で横たわっているから声を掛けたんだ」

 「……また、かよ」

 「うん? また、というのは?」

 「……何でもない。迷惑掛けたな」

礼を述べたその男は、そそくさとその場を後にした。苦い表情を浮かべたまま、自らの住処を目指す。

 「何だってんだよ……」

その男は、原因不明の記憶障害に悩んでいた。




 翌日。ギノバス王立病院。ふらりと訪れたのは、あくびを我慢することなく大きな口を開くフェイバル=リートハイト。

 「ったく……レーナとダイトは、どんだけ一つの依頼に時間費やしてるんだかなぁ」

二人の仕事が失敗に終わったことを知らないフェイバルはぶつぶつと独り言を零して病院を闊歩した。

 しばらく歩けば直ぐに目的の病室へと辿り着く。一呼吸置くと、ゆっくり扉を開ける。その病室は、彼を父と慕うフィーナのものだった。

 前回は元気よく飛び出してきた彼女だったが、今日は打って変わって静かに眠っている。そばに置かれているのは、あの日も開かれていた入門魔導書。栞があまり進んでいないあたり、ここ最近はずっと不調なのだろう。

 物音を立てないように近づいたフェイバルは、おもむろに腕を組みそっと側の壁に寄りかかる。

 「……俺はお前に何をしてやればいいんだか」

フィーナはそれに答えるはずもなく、ただ静かに眠り続ける。フェイバルはただそれを見つめた。次第にどこか胸が苦しくなってくる。後悔か、懺悔か、やるせなさか。

 「……俺は、俺は何をすれば償える?」

 らしくも無い独り言を呟いてしまう自分に辟易する。彼にはそれほどの罪悪感がべったりと纏わりついていた。

 彼女の抱えるトラウマ。それはあの日、フェイバルが彼女へ植え付けてしまった死への恐怖。

 彼女が時折見る光景。薄暗い雨の日、目の前に倒れているのは胸元を赤く染めた女性。女性の周りには二人の男。一人は悲しみ、一人は怒りを露わにする。正気を失った一人の男はこちらへ飛びかかると、赫々とした拳を振り上げた。

 男の正体こそ、怒りで我を失ったフェイバル=リートハイト。彼はフィーナを怒りのままに殺そうとした。彼女に焼き付いた恐怖は、フェイバルが己の手で植え付けたものなのだ。だからこそ彼は、それの免罪符を求め続ける。

 「ううっ……」

フィーナはうなされたような声を零す。フェイバルは無意識に眼を逸らした。

 (また悪夢の中か……俺のせいで)

 「……っ……ふふ」

しかし忽然とそれは、どこか幸せそうな寝顔に変わる。

 「……そうか。ならいいんだ」

フェイバルはふと安堵した。それでも彼には分かる。フィーナがどれほど朗らかな表情を見せようとも、彼女に焼き付いたものは永遠に彼女の心を縛り続けるのだ。

 「……俺は必ずお前を救うから。もう少しだけ待っていてくれ」

彼女の眠りを邪魔しないようにと、フェイバルはそのまま病室を立ち去ることにした。

  



 ギルド・ギノバスの裏手には、少々土地の荒れた広場が広がる。ここはいわばギルド魔導師たちの訓練場。向上心の高いギルド魔導師は、ここへ通い詰め日々魔法の鍛錬に励む。残念ながら、それほどの努力家の魔導師はほんの一握りだが。

 「うーんと、汎用性ありそうでなおかつ簡単な魔法は……」

玲奈はベンチに腰掛けたまま、氷属性の魔導書をめくる。

 「新しい魔法? レーナさん本当に熱心ねー」

玲奈の横にはヴァレン。フェイバルの二番弟子である。彼女は仕事でしばらく王都・ギノバスを離れていたのだが、それを終えて最近ようやくギノバスへと帰還した。

 「やっぱ手数は多いほうが安心だし。というか、ちゃんと魔導書通りに覚えた魔法まだ一つだけだし……」

玲奈は顎に手を当てたまま、ただ魔導書と睨み合う。ヴァレンはそんな彼女を横目に、慣れた手つきで銃を整備した。

 ヴァレンは手を動かしながらもふと呟く。

 「……なら、私もそろそろ作ろうかしらー」

 「ん、作る?」

 「ええ、混合魔法をね」

 混合魔法。それは二種以上の属性を同時に用いた魔法のこと。フェイバルの光熱魔法がこれにあたる。        

 また混合魔法は魔導師本人の持つ属性によって無数の選択肢があるため、魔導書に纏められることはほとんどなく、オリジナル性の強いの魔法である、と玲奈は記憶している。属性のかけ合わせによって無限の可能性を持つその魔法に、憧れる者は多いらしい。

 「それで、どんな混合魔法を考えているんです?」

 「まだヒミツ」

 「ええ! 教えてよ!」

 ヴァレンは笑顔で受け流す。どうやら意地でも秘密にしたいらしい。ずっと笑顔でいなされてしまうので、渋々玲奈はこれ以上聞くのをやめた。

 「レーナさんは、混合魔法を考えたりしないの? てか、氷属性以外だと何の適性あるんだっけ?」

ふとヴァレンは尋ねる。玲奈はそっと両手で顔を覆った。

 「わ、わたし魔法適正は氷属性一つだけなんです……だから……その……混合する材料がありません……」

ヴァレンはその思わぬ返答に、少しだけ焦った様子で慰めた。

 「な、なんかごめんなさい。その、初めて会ったのよ、一属性しか持ってない人って珍しいからさぁ……」

ヴァレンは何とかポジティブな方向へ話を運ぼうとする。玲奈はそれに免じて顔を上げた。

 「ねえ、一属性ってそんなに珍しいのかな? だってさ、ダイトくんも鉄魔法だけじゃん」

 「うーん……私も詳しくは知らないけどね、きっとダイちゃんも属性自体は他にも持ってると思うわよ。ただその中から、鉄魔法を選んで磨いてるってだけでね」

 「ほ、ほほう……魔法は深いですなぁ……彼には他にも選択の余地があったということですか……」

 「まあ魔導師にもいろいろなタイプがいるのよ。私みたいに、適性のある魔法を満遍なく行使しようとするタイプと、ダイちゃんみたいに一つの属性を選んでそれを極めるタイプとね」

 「へぇえ。やっぱいろいろ使えたほうが便利そうではあるけどね」

 「あら、そうでもないわよ。私みたいにいろいろな属性を扱うタイプは、秘技魔法の習得に遅れを取るなんて言われてるし」

 「あーなるほどぉ。なら二属性使い分けながら混合魔法も使えて、なおかつ秘技魔法も使えるフェイバルさんは化け物だと?」

 「ええ、そうね」

ヴァレンはここでふと思い出したことを伝えた。

 「あ、そういえばクアナさんは、一属性だけしか適性が無かったって言ってたかも!」

 「クアナさん? あぁ、フェイバルさんと同じパーティに居たっていう」

 「そうそう。そういえばレーナさんって、クアナさんと属性も同じで見た目も随分そっくりよね。まるで生まれ変わりみたい」

 「前も誰かに言われた気が……」

No.71 洗脳魔法を受けた者の副作用


革命の塔事件で浮き彫りになった未知の魔法・洗脳魔法を受けた者は、洗脳解除後に断片的な記憶障害を発症する。症状の程度は様々である。ゼストルのような、一時的な記憶の消失は軽度の症状。一方でフィーナのような、洗脳魔法解除以前の記憶全てを喪失する例は重度である。

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