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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第5章 ~小さな盗賊編~
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70.憧れの背中を追って ***

 ダイトはショウから手を放してやった。少年は忙しなく立ち上がり振り返る。目が合ったところで、ダイトは口を開いた。

 「俺はギルド魔導師だ。お察しどおり、盗みを犯したお前らを捕まえて騎士に差し出すのが今受けてる依頼なわけで、今ここで騎士を呼べば依頼は完遂ってことになる」

 玲奈は恐る恐る氷の床を進んで、ようやくダイトたちの元へ辿り着く。彼女には彼の意図が分かっていたので、その場を引き続き彼に預けた。もう打ち合わせ済みだから問題無い。

 「でも、俺はお前たちを救いたい。お前らの苦労が痛いほど分かるから。だから、誓ってくれ。正しく生きると」

テッドが口を挟む。

 「なんで……なんでそんなに同情できんだよ」

 「ポンド街暮らしの頃、俺は盗賊だった。でもある日、俺の前に立ち塞がったギルド魔導師が居た。そこで俺は、その人に憧れた。だから今こうやって生きてる」

 「……」

しばしの沈黙。ショウはそれを打ち砕く。

 「……分かったっての」

意外そうな表情を浮かべるラキとテッド。ショウは不服そうながらも魔法銃をその場へ捨てた。

 「分かったっての! あんたは俺らに汚い服のままゴミを漁って、惨めに生きていけっていうんだろ!」

 「……ああ、そうだ」

 「どんなに貧しくても、他人を傷つけるなって言いたいんだろ!!」

 「……ああ、そうだ」

 「クソ野郎が、よく聞きやがれ! 俺は魔導師になってお前を殺しに行く!! そんときは、お前がここでカッコつけたこと後悔させてやる!」

ショウの思わぬ宣言に、その場の皆は呆然とした。ダイトだけが和やかに微笑む。

 「ああ、待ってる」

ダイトは三人に背を向けた。それはまるで、いつの日か目にした誰かを真似るように。

 そしてダイトは唐突にも、あからさまな独り言を呟いた。

 「あーあ。依頼は失敗だ」

玲奈はそれを見るなり笑みを零す。彼の始めた茶番に乗ることにしよう。

 「ざ、残念だなぁ。もうここに居る意味も無いし、か、帰ろー」

ダイトはまたやけに大きな独り言を並べた。

 「あ、そうそう。帰りにポンド街でも寄ってこうかなー。確かポンド街の外れの廃墟には、俺の友達のライブラって奴が貧民向けの小さい食堂やってて。孤児は無料だとかなんとか……」

寸劇は続く。玲奈は妙にカタゴトで話を振った。

 「ねえねえダイト君や。君の友達のエフィさんは、今何してるんだっけかな?」

 「エフィはライブラの店のすぐ隣で、貧民向けの衣料品店をやっているんだ。確か子供なら無料だとかなんだとか……」

二人はそんな戯言を続け、三人の元を後にしてゆく。相変わらずのつるつるの脚元で、玲奈の足取りはおぼつかない。三人はその奇妙な魔導師たちを、ただ呆然と見つめていた。

 路地を抜けてまた太い道へ合流すれば、三人の元盗賊の姿は見えなくなる。二人の茶番はそこでようやく閉幕した。

 「レーナさん。良いアドリブでしたね」

人が変わったかのように礼儀正しい言葉遣いに戻るダイトは、少年のような笑みを浮かべる。

 「えへへ。私も憧れてたのかもね、ああやってさりげなく誰かを助けるかっこよさに」

 「……でも、本当に申し訳ないです。レーナさんの初依頼が、まさかこんなかたちで失敗する結果になってしまって」

 「いいのいいの。私は依頼の報酬よりも、もっと大事なものが貰えた気がしてる」




 二人はギルドへ帰還する。依頼の失敗を報告すれば、本来はそこで依頼書の原本を回収され再び掲示板に掲示されるシステムなのだが、今回に関しては上手く誤魔化しておいた。

 「……さ、あの三人が盗みを止めれば被害も収まり、騎士たちも警戒を解くはずです。いずれマーチ氏も依頼も取り下げられるでしょうね」

 「でもさ、本当に会わなくてよかったの? その……友達に。せっかくポンド街の近くまで行ってたのに」

 「……ええ。あいつらも利益の出ない商売で、きっと忙しいでしょうからね。だって今日は無料で飯食って服貰いに来る子供が、三人も来るんですよ。それにダストリンまで出稼ぎして、二人の店に仕送りしてるウォンに、抜け駆けで会っても気が引けますし」

気恥ずかしさを笑って誤魔化すダイト。玲奈もまたそれを見て微笑む。

 「素敵ね。本当に、素敵な関係。羨ましいくらいに」

そうしてギルド魔導師・玲奈の初依頼は失敗に幕を下ろした。それでもこの決断は、きっと多くの者を幸せへと導いただろう。




 「――君たち、ダイト君のお友達なんだってね?」

 時は約三年前に遡る。貧民専用の店を開業するライブラとエフィの噂を聞きつけ、そこへこっそりとやって来たのは治癒魔導師・セイカであった。

 「実はこれ、ダイト君がお母さんの医療費として払いにきたお金なんだけども」

セイカは抱えた麻袋を勢いよくその場に落とした。痛む肩を回しながら続ける。

 「このお金、返そうにも返す場所分かんないのよね。騎士に渡すだとか、孤児院に寄付するとかいろいろ考えたんだけどさ、君たちが企むほぼボランティアみたいな商売の足しにするのが一番なのかなーと思ったわけ。だからさ、これは君たちが使うんだ」

突飛な提案に、ライブラは目を丸くする。

 「えぇ!? だってそれじゃ、あなたへの支払いが無かったことに――」

セイカは頭に手を当てて返した。

 「もう! こんな出所の怪しいお金、病院で働くボクが受け取れる訳ないでしょ。だから、もう何も言わずこれを使ってくれ。ポンド街から、もう君たちみたいな子供が現れないようにね。それじゃ、後のことは頼むよ! 正直こんなとこに出入りしてるの見られるのも結構マズいから」

早口で一方的に要件を告げると、彼女は逃げるように廃墟から立ち去った。足早にポンド街の外を目指しながら、ぶつぶつと独り言を零す。

 「もう。ボクはこういうグレーな事に関わりたくないの」

 「……ああ、ほんとにやっちゃった……これで病院の帳簿が合わなくなる……始末書は何枚だろうか……」

 ダイトがセイカへ支払ったお金は、その全額がエフィとライブラが開業するための資金元となっていた。これはダイトがまだ知らないお話。

No.70 ダイト=アダマンスティア2


貴族出身でありながら、ギルド魔導師として日々研鑽に励む青年。貴族身分を失ってから魔導師になるまでの数年間は非常に口が悪かったが、ギルド魔導師として働き始めてからは異様に礼儀正しくなった。

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