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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第5章 ~小さな盗賊編~
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69.不治の病 ***

 王都・ギノバスから離れたとある市街にて。仕事終わりの夕方の頃。宿を飛び出したのは疑惑の魔導師・ドニー=マファドニアス。

 「――さあさあ。仕事も片付いたし、ちょいとばかり遊んで帰るかな!」

 「女女女! お~い!! そこの姉ちゃん方ぁ!! 強い魔導師と遊びたくねーかぁ???」

男は遠く離れた二人の女性へ何の恥じらいもなく声かける。玲奈の居た世界で言うところの、ナンパというやつだ。

 女性たちの反応はやはり(かんば)しくない。それもそのはず、異様に目立つゴーグルのような装備は、不審極まりないのだから。

 「何あのゴーグル男……こっわ」

 「見ちゃ駄目……逃げよ」

女性たちは彼を刺激しないようにそこから立ち去る。

 「ああっ! 姉ちゃんたちどこ行くのよぉ!!」

ドニーの一声は女性の背筋を凍らせた。それが彼女らの足を早め、男は一人取り残される。

 「ちぇ……他あたるか。いいもん。俺は気の強い女が好きなんだ……」




 玲奈とダイトは、普段より賑わう商店街を進んだ。以前より目星をつけていた店の様子を順に窺ってゆくが、それらはどこも平常運転。勿論平和で良いことなのだが、これでは依頼が達成出来ない。玲奈は半ば諦めて俯いた。

 「やっぱり今日も厳しいかしら……」

 「いえ。貧民街の方々は、むしろ今日をチャンスと捉えているみたいですよ」

 「どういうこと?」

 ダイトが視線で合図した先には、物乞いをしている人々が居た。それも今日に限っては、どこか頭数が多い。朝市の影響で商店街に立ち入る人が増えることを見越して、物乞いも豊作になると踏んだのだろうか。

 それと同時に、また酷く心が痛む光景もあった。物乞いに並ぶのは、当時のダイトよりもさらに幼いような子供たち。彼等もその行為だけに生きる希望を見出してしまった、憐れまれるべき者たちなのだ。

 そのとき、物乞いをする幼い子供が不意に転倒した。手元の缶が転がり、中に入っていた硬貨が大通りへと転がり出る。いつかの光景が重なったのか、ダイトは側道のほうへ歩み寄ろうとした。しかしその慌ただしい時に限り、依頼は進展を見せる。

 側を歩くのは三人の少年少女。かなりの暑さの中、コートで覆われた姿は少し異様だった。

 玲奈が転がる硬貨を拾い集めるのに協力しているなか、ダイトはその集団の違和感を鋭敏に察知する。証拠は無くとも、確信を持った。

 (……間違いない。あのときの俺たちと、同じ雰囲気がする)

ダイトはそこへ駆け寄り迷わず声を掛ける。

 「君たち、ちょっと用がある。あの路地まで着いて来てくれ」

玲奈は片耳で聞き取った彼の提案に驚いた。

 「え!? ダイト君、こっちはいいの!?」

 「逃すわけにはいかないんです」 

ダイトは少し口調を強めて目の前の三人に詰め寄る。

 「さ、あっちの路地に入るんだ」

中央に立つ少年は顔を出来る限り覆いながらも、ダイトを鋭く睨みつけた。そして臆すること無く強気に返答する。

 「……何の用だ?」

ダイトは立場を譲らない。

 「話は奥に行ってからだ」

そのまま少年は黙り込んだ。両脇の仲間たちも、何か応答する素振りは見せない。しばしの間に沈黙が流れる。

 そしてその凍り付いたやりとりは、思わぬ形で砕かれた。

 少年がすかさず突き出したものは、紛れもない魔法拳銃。少年は躊躇うことなくダイトの顔へ銃口を向けると、間髪入れずに引き金を引いた。

 幼さとは裏腹に、迷いのない射撃。奇をてらった容赦ない一発に、ダイトは目を見開いた。あまりの至近距離に、防御魔法陣の展開は間に合わない。ダイトは身をよじるが、魔法弾は彼の肩を貫いた。

 そして一発の弾丸は大きな発砲音を奏で、周囲を忽ち騒然とさせる。人々は散り散りになって逃げ惑い始めた。

 「――ダイト君!!」

 玲奈は弾丸を受けたダイトに駆け寄る。少年たちはその隙を窺い逃走を始めた。ダイトは血の滲む右肩を左手で押さえ込みながらも立ち上がる。この好機を諦めるほど落ちぶれてはいない。

 「あいつらを追いますよ……!」

玲奈はダイトの身を案じようとしたが、同時にそれが無粋であることを察する。

 「……分かった。行こう!」

そして二人は消えゆく人影を追跡した。




 「――ラキ! テッド! さっさと逃げるぞ!」

 中央を走るリーダーの少年・ショウは拳銃を懐にしまうと、両脇の仲間へ声をかける。少女・ラキは息を切らして応答した。

 「ショウ……どうしてあの人……撃っちゃったの?」

 「だってあいつは魔導師だぞ!? きっと俺たちを捕まえる依頼で来たんだ! ギルド魔導師には俺らじゃ敵わない。だから今は、逃げ切ることだけ考えろ!」

ショウがさらに速度を上げると、二人も必死になってそれへ続く。三人の盗賊は追っ手の視界から外れるべく、路地へと立ち入った。




 玲奈はダイトの一足前を走った。息を切らしながらも何とか三人の姿を視界で捉え続け、彼らが細い路地に消えたところを視認出来た。

 「確かここを、曲がったはずよね!」

路地を覗き込む。やはりそこには、逃走を図る子供の姿があった。

 「よし、練習の成果見せるわよ……!!」

玲奈は自身に満ち溢れた表情を浮かべる。ダイトが負傷した今、頼りは自分しかいないのだ。

 そして彼女は呼吸を整え、右手を真っ直ぐに突き出して魔法陣を展開した。

 「氷魔法・独壇場(フィールド)!!」

 魔法陣から吹き出した冷気は、路地を瞬く間に凍て付かせる。想起されるのは、ダストリンで咄嗟に行使した地面を凍らせるあの魔法。ようやく魔導書通りに覚えた甲斐があった。

 スケート場と化した路地は、駆け抜ける三人は足を(すく)い上げる。体勢を崩した三人はその場へ倒れ込んだ。

 玲奈はそれを見て意気込む。あとは彼らのもとへ近づけば鬼ごっこは終わりだ。

 「さ、捕まえるわよ! ……ってあれ、地面凍ってたら、私も通れないんだけど。普通に滑ってコケちゃうし……」

魔法こそ使えたものの、身体能力が皆無であることを失念していた。スケートリンクを作ったところで、そこを滑る能力などない。振り返ると、ダイトへ助言を求める。

 「ダ……ダイトくんどうしよう!?」

自滅して焦る玲奈の先に、ダイトの姿は無かった。なぜなら彼は、既に路地の奥に居た盗賊の元へと向かっていたのだから。

 彼は側方に立ち並ぶ建造物の壁面にある凹凸を活用し、悪い足場をもろともせずに足を運んでゆく。まさにパルクールを想起させるような、あまりに軽快で華麗な動きだった。

 ダイトはあっと言う間にリーダーのショウを抑え込む。ラキは怯えて動けないでいた。しかしもうひとりのメンバーであるテッドは、怯えを殺して腰を上げる。懐からダガーを取り出すと、雄叫びと共にダイトへ距離を詰めた。

 「シ、ショウから離れろお!!」

振り上げられたそのダガーが、ダイトの首を捉える寸前。彼は呟いた。

 「俺もポンド街の人間だ」

ダイトの呟きは、テッドの腕を制止する。

 「……え」

 「元、ではあるがな。盗みもしたよ。邪魔する奴を傷つけもした。お前らと何も違わない」

氷の床に顔を押しつけられたままのショウは、抵抗もせずに話をただ聞き続ける。ダイトは話を続けた。

 「生きる為なら、乞食してもゴミ漁りしてもいい。でもな、何かを奪うことだけは許されない。自分の不幸を他人に押しつけるのは、罪だ」

テッドは必死に反論してみせた。

 「な……何様だよ!? 僕らみたいな無力で貧しい子供は、潔くこんな生活を続けろと言いたいのか!? 穴だらけの服を着て、味のしない飯を食っていろと言いたいのか!? ふざけるなよ!!」

その少年は随分と取り乱しているようだった。ラキがその少年の表情に驚いているあたり、普段の彼はもっとおとなしい性分なのだろう。

 ダイトは言い放つ。

 「ああ、そうだよ。お前らは汚い服と味気ない飯を食うしかない。今のままじゃ」

路地が静まり返るなか、ダイトの教義は続いた。

 「それが嫌だってんなら、這い上がるしかない。誰も傷つけず、ただのし上がって」

 「これは綺麗事だ。でも綺麗な生き方は、理性を持って生まれた人間という生き物にしか出来ない。お前らはとんでもなく不幸だ。だが、不幸は不治の病なんかじゃない。治してみせろよ。自分の力で」

No.69 小さな盗賊たち


三人のリーダーはショウ。兄貴肌で少し気弱な二人を引っ張る。拳銃の扱い独学で覚えた。ラキは唯一の女の子。気弱で虚弱体質だが、信頼するショウのために彼に従う。テッドは眼鏡をかけた背の低い少年。彼もまた主張することが苦手な性格であり、それゆえにショウへ憧れている。

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