68.朝市 ***
ダイトがギルド魔導師として経験を重ねる中、三人の仲間たちはそれぞれの道を模索した。その甲斐あって、皆それぞれが手に職を付けたのだとダイトは語った。当初随分と荒れていたダイトの口調は、煌めきの理想郷の面々にしごかれ続けた結果、自然と丸くなったらしい。
「ほんとはこんな黒歴史話したくなかったんですけどね……ハハ……」
ダイトは少し恥ずかしげな表情と共に、乾いた笑い声をあげる。玲奈はそのあまりに壮絶な過去に、ただ唖然とした。
「そ、そんな過去があったなんて……」
「今となってはなんとやら、ですよ」
聞いてはいけないかもしれないと思ったが、玲奈は意を決して尋ねる。
「まだ、生きてるのよね? ダイト君のお母さんは」
「……ええ。生きてます。あの日から目を覚ましたことはありませんが」
玲奈はこれ以上言及することができなかった。ふとダイトが聞き返す。
「ところでレーナさんは、どんな幼少時代を?」
「んえ? 知りたい……??」
「ええ。知りたいです」
ダイトの過去を聞かされた後に自分の平凡な過去を語るのは、あまりに気が引けた。
「私なんて、普通よ。普通。ダイト君のに比べれば、全然平凡な暮らし。両親も元気だし」
たぶん、もう会えない。そんな弱音を零すほど無粋ではない。その言葉は飲み込んでおいた。
「なるほど、それなら良かったです」
ダイトの屈託の無い笑顔。年下ながらも、彼が自分より年上に見えた。
「夜更かしし過ぎちゃいましたね。明日からまた仕事ですし、今日はもう休みましょう」
「……あのさ! ダイト君、相談なんだけど――」
玲奈は思わずその提案を口走った。彼の過去を聞かされた上で思いついた、その提案が誰にとっても一番幸せだと思ったから。
ダイトは少し驚いた様子で応える。
「え? いいんですか? レーナさんの初仕事だっていうのに」
「いいのよ。そっちのが、素敵でしょ」
「……ええ。ぜひ、そうさせてください」
盗賊団の追跡は次の日の朝から始まった。依頼書を受諾したときは何とも複雑な表情を浮かべていたダイトだったが、今はどこか吹っ切れた顔をしている。
やる気十分。それでも二人に出来ることはただ待つだけ。長期戦だ。近そうで遠い盗賊団という存在。彼らは一向に現れない。
「今日もダメみたいですね……」
「うーん……仕方ない。また明日ね」
商店街に足を運んでは諦めて帰路につく日々が続いた。
「……はぁ、今日もダメかぁ」
一人ぼやきながらフェイバル宅へと到着した玲奈は、疲れ切った様子を隠すことなくリビングに押し入る。ソファの上には、いつも通りの怠惰な休日を過ごすフェイバル=リートハイト。机に放置された団子のような包帯は、先のマフィア掃討作戦で負った傷が完治したことを示していた。
男は眠そうな声で喋り出す。
「毎日毎日ご苦労だな。一体何の仕事に行ってんだか」
「盗賊団の捕縛依頼ですっ。でも全然現れなくて」
「……ふーん」
聞き慣れた雑な返事が返される。しかし今日のフェイバルは珍しく一歩踏み込んできた。盗賊というワードが、どこか心に引っかかったのだろう。
「……ダイトも一緒なんだろ。あいつから話聞いたか?」
「え、あ、はい。中々な過去をお持ちのようで」
ソファの向こう側の声は、やや小さくなって呟く。
「まあ、あいつの為にも粘ってやってくれや」
玲奈は男の不器用さにもはや愛らしさを感じつつも、元気に返答した。
「勿論です! 何ならこれは私の初依頼でもあるんですからね!」
早朝。ダイトと玲奈は今日も商店街・ビリック通りへと足を運ぶ。ところが今日は、この時間でもあたりが騒がしい。それもそのはず、今日は朝市の開催日なのだ。いつもは見かけない露店が道に並び、商店街をより一層盛り上げている。
玲奈はそんな様子を俯瞰しながらふと呟いた。
「噂には聞いてたけど、こんなに賑わうのねー」
「そうですね。自分もここまで賑わってるのは初めて見ました。きっと年々規模が大きくなってるのでしょう」
「でも、このへんの露店は今回の標的にはならなそうね。そこまで高価な物は並んでなさそうだし」
「それでも、一応注意しておきましょう。露店は盗みやすいので。け、経験談ですが……」
「ふふ。まさかそんな経験が仕事に生きてくるとはね」
「複雑な心境です」
ダイトは気恥ずかしそうに笑った。
メインストリートには止めどなく人が流れ込む。あっと言う間に道は埋まり始めた。二人は流れに沿って進んでみることにする。
彷彿とするのはOL時代の通勤ラッシュ。人混みに揉まれながら、玲奈は弱音を零した。
「うう、これじゃあもし見つけても追えないよ……」
「大丈夫です。屋根に登れば十分追えますから。それにこの人の波が障害になるのは、彼らも同じはずです」
「屋根て……やっぱアクション映画みたいなやつありきなのね……先に言っときます。私にはそんな運動神経ございません……」
「ま、まあ。その時は自分に任せて下さい!」
「ゴメンね……私の初依頼なのに頼りきりで……」
時を同じくして、舞台は王国騎士団本部へと移る。第一師団では、新たな作戦が進行しつつあった。
「――音の都・ウィザーデンでの一件ですが、また犠牲者が出ました。詰所の夜間警備にあたっていた騎士が二名。両者とも外傷は無いですが……」
「死因は?」
王国騎士団第一師団長・ライズは口ごもる部下へ尋ねる。
「……先の一件と同じ窒息死です……呼吸器が泥で満たされていて、そのまま……」
ライズは溜め息を零して返答した。
「先の一件の犠牲者も騎士だったあたり、騎士への恨みを持つ人間の仕業で間違いないな」
「それともう一つ。目撃者の証言が上がりました。夜間の暗い時間だったので確かとは言えませんが、犯人は男。高身長で細身。顔には特徴的なゴーグルを装着していた、とのことです」
ライズはふと手で片目を覆う。彼に何が見えているのか、部下の男には分からなかった。
「師団長、何を??」
手を下ろすと、ライズは立ち上がる。
「……この一件、第三師団へ引き継ぐこととする」
「は、はあ……」
「ロベリアの推薦する国選魔導師・恒帝ことフェイバル=リートハイト。彼には弟子がいる。かなり昔だが、一度だけ会ったことがあるのだ」
男は顔を曇らせ続けて語った。
「細身で高身長。妙なゴーグル。ギルド魔導師のドニー=マファドニアスには、直接話を聞く必要がありそうだ」
No.68 ライズ=ウィングチューン
王国騎士団第一師団長を務める男。二八歳。艶のある短い黒髪が特徴。角張った眼鏡を装着している。聡明かつ冷静沈着で、騎士の鑑のような人格者。腰には魔法剣を差している。また、魔眼の持ち主である。