55.盗賊団を追え!
「――たまにはギルドでモーニングなんて洒落込もうかしら」
ふとした気まぐれが、玲奈を早朝のギルド・ギノバスへと突き動かす。
「……んーと、コレで」
席について適当に注文を終えると、玲奈はふとギルドを見渡した。相変わらず朝のギルドは物静か。どこか慣れない雰囲気だか、晩になればどうせ騒がしいのだから、こういうギルドも悪くはない。またたまには、一人でしっぽりとギルド食堂へ足を運んでみようか。彼女の感性には、そこそこの好印象に映っていた。
優雅な朝なので、玲奈はどこか気取って手帳を取り出す。朝からカフェに立ち寄りノートパソコンを開く社会人、そんなイメージだろうか。ただ地球に生きた氷見野玲奈に、そんな崇高なものは叶わなかったが。
改まって今日の日付を確認してみると、早くもオペレーション・クロニスから二週間が経過していた。先の作戦で切り崩れた塀の補修工事の音が、最近は聞こえてこないことにふと気が付く。
「……早いなぁ。もうそんな経ったかぁ」
一人で居ると、余計に思い出してしまう。いくら覚悟を決めようとも、やはり他人の命を奪う戦場に立ち会ったことへの畏れからは、いまだに苦い味を感じた。腰に据えた魔法銃は、確かに人を貫いたのだから。
そんな漠然とした負の感情に襲われていた頃、丁度良くも知人がそこへ通りすがる。
「――どうも、レーナさん。お久しぶりです」
現れたのは、ダイト=アダマンスティア。フェイバルの弟子の一人だった。
「……あら、ダイトくん? 今日は早いのねー」
「ええ。丁度今から、一仕事しようかなと思ってたところなんです。まあ、まだ詳しい事は何も決めてないんですがね」
「なんて勤勉なの……師匠とは大違いね……」
「かくいうレーナさんこそ、そういうおつもりでは?」
玲奈はふと顎に手を当て考え始める。視線は自然と、遠くの依頼書掲示板へ吸い寄せられた。
(……そういえば私って、一応ギルド魔導師……なのよね。ずっと秘書としての仕事ばっかしてたけど、普通に一人で依頼を受理して、そんでサクッと稼ぐ権利あるのよね)
ダイトは突然黙り込む玲奈を案じる。
「レ、レーナさん? どうかしました?」
「ねぇダイトくん、一緒に仕事してくれないかな……? 実は私ですね……まだ普通の依頼を受諾したことなくてですね……」
玲奈が絞り出したのは、突然の提案。それでもダイトは、快く頷いた。
「……ええ、勿論です。華々しいデビューを飾りましょうか」
二人は依頼ボードの前へ並ぶと、そこに貼られた依頼書に目を通す。
「さて、ここはレーナさんが選んじゃってください。ビビッときた依頼を受諾しちゃいましょう」
「……うーむ」
ギルド依頼書には依頼内容に成功報酬、依頼場所、ときには指定人数など、詳細な情報が記される。そこからギルド魔導師は、自身のニーズに合った仕事を選ぶこととなる。
そのとき彼女は、一つの依頼書に目を付けた。特段な理由は無かったが、何となくそれに惹かれた。
「……盗賊の捕縛……依頼者・マーチ=アントルソン。商店街にて窃盗及び強盗が横行しているが、騎士団が捕縛に手を焼いているようなので、貴殿らにこれの捕縛を依頼する。なお盗賊とは形容したものの、その正体は子供の仕業である模様……」
玲奈は自分で読み上げた文章に自分で驚愕する。そして本音を丸出しに決断した。
「子供!? 子供だけの盗賊!? ダイトくん。コレよ、コレにするわよ! 魔法がまだまだな私でも、子供を捕まえるだけならきっと活躍できる!」
玲奈は極力簡単な依頼を選んだつもりだった。しかしなぜかダイトは、頬を指で掻きながら気まずそうに応じる。
「こ、これにします……? 本当に?」
「ええ、これに決まり。さ、頑張るわよ!」
玲奈は依頼書を剥がす。すぐさま受付へ向かうと、彼女は気合い満点でその依頼書を受諾した。
王都内で人を探す依頼であれば、今日からでも動き出せる。二人は早速行動を開始した。最初は苦い反応を見せたものの、腹を括ったダイトは呟く。
「……さてさて、ここがギノバス随一の商店街・ピリック通りですね。マーチ=アントルソンという方は、ここら一帯で最も大きな商会・アントルソン商会の代表を務める貴族のようです」
「なるほどなるほど。なら、そのマーチさんからお話は聞けるのかな? 例えば過去に窃盗団が現れた店とか、あとは……時間帯とか」
「うーん、難しいんじゃないでしょうか。貴族でありながら商会の代表も務めるとなれば、きっと多忙な方なのでしょうし……」
「やっぱそうよねー」
「とにかく、ここは駐在騎士を頼りましょう。手を焼いているとはいえ、騎士の方々も少年盗賊団を追っているとのことでしたし、きっと何か手がかりを知っていますよ」
「そうね。それじゃまずは、騎士の詰所に向かおっか」
二人は商店街へ足を踏み入れ、手始めに騎士の詰所を目指すこととした。
ピリック通りはギルド・ギノバス周辺の繁華街・エルウェ通りよりも一層賑やか。人の往来も激しいところから、白昼堂々の強盗はかえって容易なのかもしれない。玲奈は店の看板を流し見ながら、のんびりと看板に目を通した。
(……青果店、精肉店。質屋、食堂。宝石店に、魔法具店。お店がぎっしり)
ギノバス最大の商店街だけあってか、簡易な造りの出店も立ち並ぶ。まさにそこは、王都の経済の中心地とも言える土地だった。
(出店はワンオペだし盗みは容易いのかもだけど、だいたい飲食店だし、流石に狙われないか……はい、名推理。某少年探偵のアニメを履修しておいて正解だったわね)
そんな探偵ごっこをしているうち、二人はあっと言う間に騎士の詰所へ到着する。入り口で見張り番を務める騎士にギルド魔導師の紋章を見せると、ダイトは用件を告げた。
「とある依頼に関して情報提供を願いたく参りました」
「承知しました。中へどうぞ」
二人は詰所内の担当窓口に足を運ぶ。依頼書を窓口の騎士に渡し事情を説明すると、担当の者は愛想良く応じた。
「少々お待ちください。只今、該当の資料をお持ちしますので」
そして騎士は立ち上がり、通路の奥へと消えてゆく。そのふとした待ち時間に、玲奈は気になったことを聞いてみた。
「ねえダイトくん。騎士ってさ、こういう市役所みたいな事務仕事もやらされるの? 私のイメージではさ、騎士って剣を持って勇敢に戦う人って感じなんだけど。てかさ、もはや騎士なのに剣差してない人も居るよね。ロベリアさんとか」
「僕もそのへんの仕組みはよく分かってなくて。あ、でもまだ魔法がこの世界に無かった頃、騎士団は皆が腰に剣を差していたそうですよ。魔法が生まれた今となってはその戦闘方法も多様化し、ステレオタイプな騎士が減ったみたいですね」
「ほほう、時代とも共に変わるわけですね」
「魔法ってのは凄い文明ですよ。ある論文では、女性の社会進出に最も貢献した歴史上の出来事だと言われてます」
「そっか。魔法があれば、女性でも騎士として戦えるからだ」
「ええ。統計的には、男性より女性のほうが先天的に高い魔力量を持つそうです。筋力に勝る男性と、魔力に勝る女性。神様も上手いこと考えましたよね」
「はえー、そんなことまで分かってるんだ。ダイトくん博識」
「いえいえ、自分なんてまだまだ勉強不足です。現にレーナさんが最初に質問した、騎士の職務内容には回答出来ずおしまいですから」
そんなふとした雑談も束の間に、二人の直ぐ背後からは突如として野太い声が飛んだ。
「……なら、私が教えてあげる。王国騎士団。それは二つに大分されるの」
接近に気付けなかった二人は肩を震わせて驚いた。玲奈は情けない声を零す。
「ひぇ……?」
恐る恐る振り返る。そこには筋骨隆々で逞しい髭を生やしながらも、妙なオネェ口調が鼻につく巨漢が佇む。男はこちらの動揺を気にも留めずに話を続けた。
「まずは駐在騎士団。この騎士団はさっきのあの子のように、各地の詰所で見回りや事務の仕事を行う騎士さんね。窓口の子たちも、ギノバス駐在騎士団。詰所って施設は、基本的に駐在騎士団のものよ」
「そして残る一つが、作戦騎士団。作戦騎士団は三つの師団で構成される、より厳しい戦闘訓練を受けたエリート部隊。彼らは作戦の立案から国選魔道師との提携業務、他にも王都の検問の門番を担当するの」
「ちなみに作戦騎士団は、しばしば王国騎士団とも呼称される。歴史上の騎士団の本流は作戦騎士団で、駐在騎士は職務内容の肥大化によって新設されたものだからね」
「へ、へぇえぇー」
(誰? この人? 何? このキャラ? いろいろ濃すぎない?)
玲奈は困惑しながらも適当に頷いておいた。全ての説明が頭に留まらず通過していったことは秘密だが。
ふとして奇妙な巨漢は、玲奈の横にいたダイトへ焦点を合わせる。
「ところで、そこの白髪の子、お名前は?」
「ダ、ダイト……です、けど?」
さすがのダイトも、思わぬ曲者の登場に困惑を隠せないでいた。それでも奇妙な巨漢は、にこやかにダイトへ腕を回した。
「ねえ、これからどう? ご飯でもいかな~い?」
男はずいぶん馴れ馴れしい口調で誘い始めるが、ようやくそこへ連れらしき別の騎士が止めに入る。華奢でふわふわとした白い髪の可愛らしい女性の騎士は、動じることなく巨漢の腕を引っ張った。
「ねぇ師団長さんってば! 仕事中にナンパなんてしないでくださいっ……! 今から第二師団は本部に戻って会議の予定なんです!! ていうか、何で勝手に駐在騎士さんの詰所に入っちゃうんですか!! 作戦騎士団が、お仕事中の駐在騎士さんを邪魔しないでくださいー!!」
「ばれちゃった。えへ、ごめんねフルワ。さ、帰りましょうか」
巨漢は舌を出して可愛く(?)反省する。フルワという小柄な騎士は大男を引っ張り、そのまま詰所を後にした。
ダイトは放心状態のまま、ぼそりと呟く。
「レーナさん、今あの方、師団長と呼ばれてましたよね……?」
「え、ええ。そうね。あの人が、師団長。ロベリアさんと同じ……」
衝撃的な男、いやむしろ漢との出会いに、二人は思わず本題を忘れてしまいそうになる。忘れないで済んだのは、窓口の駐在騎士が資料を持って戻ってきたくれたおかげだろう。
「――お待たせしました。こちらが現在までの調査資料になります」
No.55 ダイト=アダマンスティア
白く短い髪がよく目立つ好青年。ギルド・ギノバス在籍の魔導師。年齢は玲奈の二つ下である二〇歳。フェイバルの弟子として日々研鑽に努める。優れた機動力と破壊力のある鉄魔法を兼ね備え、近接戦を得意とする。