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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第4章 ~王都マフィア編~
55/203

52.一六年越しの剣戟

 「……一六年ぶり、かしら。早いものね」

 ツィーニアは無意識に視線を足元へ落とす。目の前に立ちはだかったのは、知っているはずで知らない男。その男を直視することは、彼女にとって何よりも難しい。

 「……随分と変わったな。ツィーニア=エクスグニル」

 そのとき男は目の前の姉の名を、あたかも他人のもののように唱えた。その他人行儀な呼びかけに動揺してか、ツィーニアは暫しの沈黙を経て口を開く。声の震えを抑え、久しく会う弟へ、本心を。

 「……やっぱりもう、姉貴とは呼んでくれないのね」

男もまた、少しの躊躇いをもって応じた。

 「……俺の家族はもう、ガルドシリアン・ファミリーだ」

それはツィーニアにとって、最も残酷な答え。自然と彼女の口元は引き締まる。どれだけの時間を隔てようとも、その男の家族としてありかった。ただその願いが叶わぬことは、男自らの発言によって確証されたのだ。

 ただそのときツィーニアは情けない震えた声を払拭し、あくまで国選魔導師・刃天として言葉を紡ぐ。

 「……私はあなたを、殺めなければならない。私は、国選魔導師だから」

 「俺もお前を、殺さなきゃならん。俺は頭領(ドン)に命を捧げた、ファミリーの一員だからだ」

対比的に語るブロニアは、吐き捨てるように呟いた。ただし少しの沈黙を経て、男はまた絞り出すように言葉を続ける。押し殺してきたはずの感情には、遂に揺らぎが生まれだ。

 「……俺は家族(ファミリー)と、長く過ごしすぎた。生みの親を殺した人間の為に、命を賭けて戦場に立っている。狂っているだろうな」

そしてその声は、また徐々に情動を帯びだす。

 「……でももう、変わっちまったんだ。家族(ファミリー)と育ち、死線を共にして、守り守られた。俺の帰る家は、家族(ファミリー)がいる場所だ」

その酷な言葉を受け入れるように、ツィーニアはゆっくりと瞼を閉じる。そして彼女も釣られるように、若干の情緒をその声色へと宿しだす。

 「……あなたを助けたかった。でも悪に堕ちたあなたを、国選魔道師・刃天は許さない。あなたに再会するということは、あなたを討つということ。私は私の生きた道が正しかったのか、甚だ疑わしい」

 「お互い背負ったものは、もう降ろせない。背負ったものの為に剣を振るうのが、剣士の花道だろう」

ブロニアは大剣の柄に手を掛けると、臨戦態勢へ移行する。そして男はどこか慣れない口調で、改まって身の上を明かす。それはせめてもの礼儀だった。

 「ガルドシリアン・ファミリー頭領側近・ブロニア=エクスグニル」

ブロニアは大剣を上段に構える。流派に忠実なその構えを見て幼少の頃を顧みたのか、ツィーニアは少しだけ口角を緩めつつも、彼女は流派に背いて二本の剣を抜いた。

 そしてツィーニアは、ブロニアの礼儀へと応じる。

 「ギルド・ギノバス。国選魔道師・刃天。ツィーニア=エクスグニル」

 刹那、二人は同時に真正面へと踏み込んだ。そこで繰り広げられるのは、運命に翻弄された姉弟の、最期の手合わせ。二本の大剣は火花を散らした。

 共に強化魔法秘技・超剛力(ハイストロングス)を扱う姉弟の。激烈な一刀。正面の打ち合いから始まった初撃は、忽ちにして剣戟吹き荒れる嵐へ移行した。そしてその僅かな間に、ツィーニアは男の強さを痛感することとなる。

 一六年前とは比にならぬ、鋭い払い。巧みに織り交ぜられる、的確な突き。染みついたはずの流派の型は一切消滅し、その全ては敵を死へ導くための、慈悲無き強烈な太刀筋へ。二刀流を極める彼女は手数で勝るものの、一撃の重さにブロニアへ劣った。

 それでも烈火の剣戟の中、ツィーニアは左の剣で搦め手の薙ぎ払いを繰り出す。しかしながらブロニアはその凶刃を軽快に飛び越え回避した。ただその微かな体勢の不安突くべく、彼女は右の剣を逆手に持ち替え、連鎖的な攻撃を畳みかける。目まぐるしい連撃はまさに国選魔導師の成せる技であったが、それでもブロニアは大剣を凄まじい速度で切り返し、彼女の一刀へと対応した。

 衝突した刀身は互いに弾き出され、戦場の嵐は途絶える。一時の安寧がそこへ訪れるが、国選魔導師・刃天の精巧な戦闘は、その勝負が完全なる拮抗ではないことを表した。ブロニアは確かに一刀を回避したものの、男の左肩には突如として亀裂が走る。ツィーニアが先の斬撃と共に飛ばした微弱な魔法刃が、男へと届いていたのだった。

 ブロニアは傷を抑えて一歩退く。ただし彼女は容赦無く、追撃へと駆け出した。

 一人の姉と一人の弟の決別。そして仁義無き殺し合い。そんな地獄を今、やっと終わらせられる。虚しい希望を抱いたツィーニアは、強力な踏み込みで急加速した。




 「――姉貴! 今日も俺の勝ちだ!!」

 戦闘の最中(さなか)で、ツィーニアの脳裏には愛した弟の声が共鳴する。たとえ時の流れで姿が変わろうとも、目の前には愛する弟が居るのだ。

 たった一人の弟を、この手で殺すということ。悍ましい罪悪感でも、耐えがたい喪失感でもない。純然たる愛情が、ツィーニアの刀を止めた。




 そしてその刹那、ツィーニアへ向かって放たれたのは、数本の小さな毒針。ブロニアが袖に仕込んでいた暗器は、弟を想う姉へ容赦なく差し向けられる。

 我に返ったツィーニアは、咄嗟に暗器を弾き返した。それでも防ぎきれなかった二本の毒針が、彼女の右腕を深く射止める。彼女は直ぐにそれらを抜き取ると、すかさず大剣を地面へ突き刺し、空いた左手で右腕を圧迫した。経験知から、その正体が毒であることには察しが付く。少しでも効能を遅らせるべく、急いで血を絞り出した。

 そのときブロニアは、ゆっくりと歩み寄ってツィーニアへと接近する。

 「……悪いな。俺はもう、一本の大剣で勇ましく舞う崇高な戦士じゃない」

ツィーニアは治癒魔法を行使しながらも、それへ応じた。

 「生憎、私もよ。一刀流の流派を破ってまで、力を求めた。その結果が二刀流(このザマ)

 「時の流れは末恐ろしいな。流派だろうと、家族だろうと。どれだけ大事なものでも、容赦無く形を変える」

そしてブロニアは地面を蹴り上げ、一挙にツィーニアの元を目指す。それは解毒の術が無い彼女への追撃に、勝機を悟ったから。

 事実、ツィーニアの扱う治癒魔法は、傷の修復や止血のみがその範疇。解毒の出来る魔法は、彼女も持ち合わせない。よって彼女は毒へ対処する間も無く、中庸な魔法剣・ヘブンボルグを鞘へと収めた。続けて地面から大剣を抜き取ると、彼女は左手でその大物を持ち上げ、毒で痺れた右手を柄にそっと添える。二刀流から、やむなく一刀流へ。依然として近接線の不利は否めないが、これが彼女の選んだ最善の策であった。

 そして快速で迫るブロニアが間合いへと入る直前、ツィーニアは大きく剣を振るう。大剣から発生したのは、地を裂く雄大な魔法刃。その偉大なる一撃は、真っ直ぐにブロニアへと迫った。

 ただ魔法刃は距離で勝りながら、魔法を纏った実物の刀身に威力で劣る。牽制の魔法刃は、ブロニアの太刀によって容易く相殺された。粉砕された魔法刃は、光を纏って舞い上がる。ただ男はそれを気にも留めず、ただ釈然と進撃を続けた。

 ツィーニアは魔法刃での牽制が無力であることを悟り、迫り来る近接戦を許容する。そしてその末に巻き起こるのは、皮肉にもあの日と同じ、互いに一本の大剣のみを握っての一勝負。引き裂かれた姉弟の脳裏に浮かぶのは同じ光景。すなわちは、幼き日々。道場の傍から、壮大な荒野へ。姉弟から、宿敵へ。場所も立場も、その全てが今とは違う、古き鍛錬の記憶。道場で技を磨き合うあの頃が、どれほど平和で素晴らしいものであったのか。

 そして二人は互いに流派を捨てた。それでも大剣を打ち合うこの瞬間だけは、姉弟が背負った一六年の空白を埋め合わせる。残酷で、尊い刹那。

 ただ現実は過去を再現するように、ツィーニアは着実に押され始めた。痺れた片腕も相まり、ブロニアとの筋力差は歴然と開く。続けて剣戟に映れば、男は器用にも魔法刃での攻撃を織り交ぜ始める。彼女がどれだけ刀身を受け止めようとも、一振りと同時に飛来する微弱な魔法刃が、彼女を着実に追い詰めた。

 劣勢の最中(さなか)、ツィーニアはブロニアの猛攻を中断させるべくして、空中戦を試みる。力を振り絞って男の刃を大きく弾くと、その隙を突く反撃の選択を捨て去り、彼女は高く飛び上がった。強化魔法を纏った跳躍は大きな距離を生み、彼女は狙い通りにブロニアの間合いからの離脱する。

 しかしながら、ブロニアは動じない。男はただ一言を呟いて、粛々と次の手へと移った。

 「……さよなら、だ」

事実、男は確かに近接戦を仕掛けた。ただしそれは男が単に、その戦法を得手としているからだけではない。男の狙い、それはツィーニアの退避行動。敵が攻撃を放棄したその隙を、男は欲していた。

 ブロニアは剣を肩に担ぐようにして上段へと構え直す。刀身に宿るのは、眩い光。刀身に魔力が飽和したその瞬間、ブロニアは渾身の一撃を繰り出した。

 「魔剣技・天破(あまやぶ)り――」

 振り下ろされた大剣から生まれるのは、天に届くほどの巨大な魔法刃。技の発動に若干の時間を要した分、その威力と射程は絶大であった。

 空中に身を漂わせていたツィーニアは震撼する。それでも咄嗟に大剣を構え直すと、彼女はその魔法刃を受け流すべく挑んだ。己の大剣に、持ちうる全ての力を乗せて。

 しかし虚しくも、彼女の抵抗は叶わない。魔法刃は逸れたものの、ツィーニアは半身に深い斬撃を受ける。そして彼女の体は吹き飛ばされ、背後にそびえる魔獣防護壁へと叩きつけられた。固い石塀への衝突に加え、防ぎきれなかった魔法刃による裂傷。彼女の体躯は血を撒き散らし、無気力に地面へと墜落した。

No.52 魔剣技


魔法剣を用いた攻撃の型。通常の剣は人体への斬撃や刺突が攻撃の方法であったのに対し、魔法刃という新たなる射程を手にした魔法剣は、戦法が大きく拡張された。現在では多くの型が研究・開発され、書物などに媒介されて普及している。

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