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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第4章 ~王都マフィア編~
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51.小さくて大きな背中

 ブロニアは怒りに身を任せ、闇雲にその大剣を振るう。一度の殺戮を終えた彼が次の捉えたのは、そのとき最も近くに居たフォッジであった。

 狂気を宿したその少年は、もう止まらない。彼は雄叫びと共に、魔法剣を叩き落とす。しかしながらその渾身の一撃は、フォッジに届かない。男は無造作に指先を放り出すと、そこから展開した防御魔法陣をもって容易く刃を制した。

 一度は剣先を弾かれようとも、ブロニアは怯まずに剣戟を繰り出す。しかし何度挑もうとも、たった一枚の防御魔法陣を切り裂くことは叶わない。魔法の力関係を決定づける魔力量の差は、あまりに歴然だった。

 「……もう満足したか?」

 暫しが経ったところで、フォッジはブロニアへ語り掛ける。そしてその何気ない会話とは裏腹に、男は懐から拳銃を抜いた。

 銃口は、一切の躊躇無く少年の額へ。すなわちは、逃れられようもない死の予兆。初めて味わう絶望が、勇ましき少年を遂に挫いた。死が身近に迫った瞬間など、大人であっても耐えられはしないのだから。

 「……ブロニア……! ブロニア――!!」

 ただそのとき、恐怖で固まったブロニアの脚を突き動かしたのは、ツィーニアの声。銃声が部屋に響いてから刹那、ブロニアは覚えたての魔法で窮地を脱する。

 「強化魔法・俊敏(アクセル)――!」

 詠唱から束の間、ブロニアは側方へと踏み出した。銃弾は少年の額から外れ、そのまま床へ。運命は覆り、再び少年は敵へ剣先を差し向ける。

 それでもなお、フォッジは寸分の焦燥も露わにせず言葉を零した。

 「……覚えときな。強化魔法ってのはな、こうやって使うんだ」

 行使したのは、ブロニアと同じ強化魔法・俊敏(アクセル)。突如として閃光の如き速度を得たフォッジは、少年へ鋭い蹴りを叩き込む。小さな体はいとも簡単に吹き飛び、備え付けられた戸棚に激しく衝突した。

 ブロニアは大剣を手放し、そのまま横たわって痙攣する。そして立ち上がることの出来ない少年には、また再び銃口が突きつけられた。

 「さよなら、だ。生憎お前には、特に用が無い」

 フォッジは再び引き金に指を掛ける。直ぐに引き金を引く、そのつもりだった。男の鋭い視線は、少しだけ緩む。そして思わず声を漏らした。

 「……ほう。まだやんのか」

 少年は残る魔力を絞り出し、また立ち上がる。血に塗れた顔を気にも留めず、子供が見せてはいけない怨嗟を差し向けた。家族を守る。瞳に顕現したのは、揺らぎない覚悟の眼差し。そしてその裏に淡く灯る、かすかな闇。

 少年の闇を前にしたフォッジは、そこでゆっくりと銃を下ろした。

 「面白い目ェしやがるじゃねーか。気に入った。おいチビ。お前の姉貴を救う方法、一つだけくれてやる」

そしてその一言が、姉弟は道を違える。二人の運命は、大きく狂った。

 「――チビ、代わりにお前が来い」

突然の提案に、その場の誰しもが意表を突かれた。それはパドでさえも口を挟むほどに。

 「フ、フォッジさん正気ですか!? そんな勝手な事しちゃ、頭領(ドン)に――!!」

王都マフィアという組織に生きる人間として、その感覚は真っ当そのもの。ただフォッジは、意思を曲げない。

 「このガキの目は、人殺しが出来る人間の目だ。こんな目が出来るガキ、そうは居ねぇ」

突然の提案に、ブロニアは激しく抗議する。

 「ふ、ふざけるな!! 俺がどうしてお前らなんかの仲間に……!!」

 「チビ、よく聞け。俺らがこんな田舎まで足を運んだのは、お前の姉を攫って売り飛ばすためだ。行き先は奴隷市場。世の中には、大金を積んでまで雌のガキをご所望する貴族が居てだな。そいつの今回のオーダーは、金の髪に碧い瞳。お前の姉は、それに適任ってわけだ」

 「簡単な話だろう? 姉を売り物にされたくねーなら、お前が来い」

ツィーニアはその悍ましい提案を掻き消すべく、声を荒げる。

 「ブロニア……駄目……!」

しかしパドは、少女を制止した。

 「お前は、交渉相手じゃねーよ」

ツィーニアの掠れ声は、パドの手で覆われて消える。場は再び静まった。

 混沌の中で、ブロニアの心は揺らぐ。フォッジはそんな少年へ、さらなる揺さぶりを仕掛けた。

 「勿論お前が王都マフィア(ウチ)に来るのなら、お前の姉には手を出さない。これは俺とお前が仕事仲間としてやってくために、信頼関係を作る条件だ。お互いに破る義理は無ぇことくらい、分かるよな?」 

 俯いたままのブロニアは、その小さな手から大剣を滑り落とす。少年の答えは、少女が最も恐れていた選択だった。

 「……分かった」

 「ブロニア! やめて――!!」

 「……姉貴、ごめん」

フォッジは望み通りの答え得て、笑みを零す。

 「賢い奴だ。有望だぜ。おいパド、その娘を放せ」

パドは従順にツィーニアから手を引いた。そのときツィーニアは一目散に駆け出し、血まみれのブロニアへ飛び込んだ。

 「ブロニア、断って……! お願いだからっ!」

フォッジはその姉弟を前にしても、特に情を抱かない。むしろ男は、抱きつかれたままの少年へ囁く。

 「ブロニア。そのガキはもう、お前の家族じゃねえ。お前はもう、家族(ファミリー)の一員だ」

 それでもツィーニアは弟の肩を揺らし、涙ながらに訴えかける。しかしブロニアは口元を力ませて、遂には自ら残酷な一言は絞り出した。

 「……は、離れろ……離れろ!」

 その思わぬ返答に、ツィーニアは唖然として固まる。ブロニアは一歩下がってツィーニアから離れると、苦しそうに続けた。

 「お……俺は、家を……出る。もう探すな……!」

少年は、目の前の少女と同じように泣いていた。そして漂う沈黙を打ち破るように、フォッジはまた口を開く。

 「ブロニア、来い。パド、お前もだ。撤収するぞ」

フォッジは二つの小さな影から背を向け、玄関へと歩みだす。ブロニアは、少し遅れてゆっくりと脚を前へ運んだ。ツィーニアは動くこともできず、ただ眼前の光景を受け入れられずに佇む。

 不服そうなパドに続いて、ブロニアが玄関へ背を向けたとき、少年はそこで立ち止まった。それに気付いたツィーニアは、苦しくも玄関に視線を向ける。覚悟を決めた大きく小さな背中は、確かに震えていた。涙混じりで呟く、聞き慣れた声が鳴る。

 「止めないでくれて……ありがとう」

そして少年は呟いた。

 「いつか……俺を……止めてくれ……」

 ブロニアが残したものは、ささやかな願い。小さく大きな背中は、そのまま見えなくなってゆく。




 平穏な家庭を襲った悲劇は、気弱な少女を狂わせた。横たわる愛しき両親の亡骸。目の前で奪われゆく弟。この日を境に、少女の温かく美しき碧眼は暗く冷えきったものへ変貌した。




 夜。ようやく異変に気づいた村人は、遂にこの惨状を目にする。

 「ツィーニアちゃん……! な、何があったの!?」

 中年の女性は、壊れた人形のように動かないツィーニアの肩を揺さぶった。それでも彼女は、女性の呼びかけへ応じない。

 ツィーニアは壊れた人形の撥条(ぜんまい)を巻いたように、おもむろに立ち上がった。そのまま向かったのは、ブロニアが握った父の大剣の元。刀身には、時間が経って凝固した血が張り付いている。

 少女の頭に混沌が渦巻いた。家族を喪失した悲壮。焼き付いた畏怖。そして無垢な弟から垣間見えた狂気と、あまりにも鮮明に刻まれた涙。

 少女は女性へ、たった一言だけを告げる。

 「……探さない……で」

 ツィーニアは何かに突き動かされていた。血の滲んだ大剣・ヘルボルグを拾い上げた少女は、そのまま家を出て暗闇へと消えゆく。彼女を止める者は、誰一人と居なくなった。

No.51 フォッジ=ガルドシリアン


後ろへ流した黒髪に鋭い目と、愛用する葉巻が特徴の元・頭領ドン。掃討作戦時は四八歳。頭領ドンを襲名する以前はパドと行動を共にしていた。狡猾で計算高いが、情に厚い。サイネントを含め多くの者に慕われた。強化魔法の使い手。

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