44.新人騎士は奮闘する
フェイバルは玄関の大きな扉の前で立ち止まる。ツィーニアは大剣の血振りを済ませたところで、のんびりと彼の元へ合流した。
「……まあ、施錠を忘れるほど不用心ではないでしょうね」
「だな。俺は家の鍵閉め、よく忘れるけれども」
無駄話も束の間、フェイバルは右の拳を固めると、熱魔法・装甲を行使する。高熱を纏った右拳の用途は、ただの一つ。強行突入である。
焦熱を帯びた拳は、真っ直ぐに扉へと叩き込まれた。刹那、扉は木屑と化し、熱風と共に屋敷の奥へと吹き飛び去る。屋敷には火の粉が舞い上がり、瞬く間にして焦げた匂いが一帯に充満した。
ただしそのとき、扉を壊した返礼は直ぐに訪れる。二人の国選魔導師を襲ったのは、魔法銃の弾幕射撃。大広間と二階を接続する大階段を利用した立体的な掃射は、彼らを魔法弾の豪雨へと曝した。
ただの人間であるならば、その物量に直ぐ命を落としてしまうのだろう。しかしながらこの戦場に居合わせたのは、二人の怪物。彼らにはその掃射が、想定に足る範疇の迎撃に過ぎない。
二人の国選魔導師は、反射的に防御魔法陣を展開した。練り上げられたその盾は、圧倒的な物量の弾幕でも容易く弾き返す。
反撃を窺ったのは、フェイバル=リートハイト。複数個が同時展開した魔法陣はその各々が熱線を放ち、それは忽ち正面の大階段から側方に伸びる廊下まで、全ての敵を掃討すべく射程を広げた。それはまさに、蹂躙という言葉がふさわしい。
ツィーニアは眩い光から目を逸らす。そして彼女が視界を戻したとき、既に弾丸の雨は干上がった。それでも彼女は、その光速とも思える蹂躙に驚くことはない。彼女の知る恒帝の力であれば、この光景は容易に想像出来る結末だったから。
フェイバルは役目を終えた複数の魔法陣を閉ざす。銃声が鳴り響いていた大広間は一瞬にして静まり返り、人間の焼けた嫌な匂いがそこを包んだ。
フェイバルはふと状況を一瞥したうえで、直ぐに次の方針の策定を試みる。
「やっぱ頭領とかいうのは居ないわな。廊下の奥か、はたまた階段の先か。どうするよ刃天。俺の経験上、偉い奴ってのは上の階に居るもんだが」
「どっちが面倒事を引き受けるか、という話かしら」
「いーや。今日のお前は何か滾ってるもんだから、上を任せてやろーかと思っただけだ」
フェイバルはその詳しい事情を知らずとも、ツィーニアにとってこの作戦が特別な意味を持っていることを悟っていた。それは彼なりの気遣いに違いないのだか、ツィーニアはそれを安易に受け取るほど素直ではない。むしろ彼女は、天邪鬼に回答した。
「……私が一階を請け負うわ」
「……あれ、いいのか。お前はてっきり、上の階の奴に個人的な用があるのかと思ってたんだが」
「余計なお世話ね。室内戦だと私の大剣は十分に機能しない。それを考慮して、あんたに上を任せた。それだけ」
「またまたご謙遜を」
同刻。包囲部門の騎士らは敵拠点の死角となる地点から、入念な索敵を続けていた。
「――今のところ異変はないようね、ウォルトくん」
塀に貼り付いたまま同僚へ声を掛けたのは、若い騎士の女。金色のボブヘアーはよく目立つが、それに反して随分と気弱な性分は、少しばかりちぐはぐに映る。
「――そりゃそうだろファイラ。国選魔道師が二人も動いてるんだ。あの屋敷から、誰が逃げられるってんだよ」
直ぐ傍の茂みから応答した坊主頭の男もまた、まだ若さの褪せない新人騎士。ファイラより肝が据わってはいるものの、実戦経験の乏しさからか、彼はどこか浮ついていた。
そんな二人の背に控えるのは、彼らの上官にあたる騎士・セニオル=ウェイサー。黒髪に顎髭を携えた彼は、第三師団第三部隊において部隊長を務めた。
「お前たち、油断するなよ。国選依頼ってのは、異常事態の発生が常だ」
「な、なんだか矛盾している気が」
セニオルはウォルトの呟きに応じる。
「生憎、それが事実だ。そしてその異常に慣れることこそが、お前たち新米騎士の糧となる」
「……だから部隊長は、新人の俺たちなんかと同じ班に入るんですね」
「そうだ。だが今は部隊長じゃない、班長だ。呼称の誤りは指揮系統の困惑を生みかねん。作戦中はしっかりと使い分けろ」
「す、すいません」
何の変哲も無い指導が行われた、そんな一幕のはずだった。奇しくもそこに、異常は訪れる。
騎士らの何気ない会話へ堂々と参加する声が一つ。それはまるで、その場に四人目の騎士が現れたように。
「――使い分けは大事だよなぁ。騎士と忠犬、とか?」
刹那、騎士たちは戦慄した。背後から聞こえたものは、全くもって聞き覚えの無い声。悪意を含んだその言い分から、騎士のものでないことは明らかだった。
声の主は、王都マフィアが臨時に編成した遊撃隊を率いる、レイダー=クレイミア。敵拠点に注意を向けていた三人にとって、死角からの来襲はまさに予期せぬ事態であった。
セニオルはその男がマフィアの構成員であると確信する。立ち込める殺意を即座に感じ取り、すかさず腰に差した剣を抜いた。
「……どうして屋敷の外に、マフィアが居るんだか」
そんな一言を零しつつも、セニオルは一歩ずつ距離を詰める。それは二人の新人騎士を予測不能の初撃から遠ざける為の、命を張った手段だった。
レイダーは消沈したように呟く。しかしそれは、どこか胡散臭い。
「お前らの姑息な作戦のせいで、外で動けるマフィアは俺と他の数名だけ。俺の仲間たちはお前の包囲網にかかって、みんな国選魔導師に殺されるんだ……」
「それがお前たちの悪事に課された代償だ」
真っ当は返答に、レイダーは口角を上げる。あまりにも予想通りの言葉に、滑稽ささえ感じたから。
「死にゆく俺の仲間の代償は、あんたに払ってもらおうか――!」
そしてレイダーは魔法陣を展開した。不意を突くように放たれたのは、紅の火炎。一直線に伸びる火柱は、セニオルに直撃した。
「……セ、セニオルさん……!!」
ファイラは突然の出来事に取り乱す。しかしウォルトは、今すべき事をすぐに理解した。
「み……水魔法ォ!!」
ウォルトはセニオルに向かって、大量の水を噴射する。幸いにも彼は、水魔法の使い手であった。
セニオルの体を包み込んでいた炎はみるみると消えゆく。彼は慌てることもせずにただ一息つくと、二人の新人騎士へ指示を下した。
「ファイラは応援を呼べ!! ウォルト、応戦するぞ!!」
冷静さを取り戻したファイラはその場を離れ、指輪で本部との連絡を急ぐ。ウォルトは眉をひそめながらも、勇気を振り絞りセニオルへ並んだ。
セニオルは呟く。
「ウォルト、助かったぞ。お前が水の魔法を使えなきゃ、俺は死んでいたからな」
「えぁ、はい……」
ただウォルトには分かっていた。セニオルであれば、先の魔法くらい防御出来たはずだ。それでも彼が魔法を受けたのは、自身に援護を経験させるため。
そんなセニオルは敵を前にしてもなお、ウォルトの成長を促すべく言葉を贈る。
「実戦は初めてだろう。一つアドバイスだ。実戦ではいくら力に差があろうと、先に隙を突かれた方が死ぬ。魔法戦闘というのは、その殆どが一発の致命傷で決する」
「は、はい……!」
レイダーは淡い金色の前髪を掻き上げながら苛立ちを見せた。彼もまた、セニオルが故意に攻撃を受けたことを理解していたから。
「ったく癪なんだよなぁ……テメェみたいな男はよぉ」
そして彼は、己の機嫌を損ねさせた代償をセニオルに払わせるべく、腕を突き出して戦闘態勢に入る。
「……火葬って知ってるか? 自治区・ミヤビってとこでは、炎で人を弔うらしいぜ」
ファイラは通信魔法具に魔力を充填する。声の震えは抑えきれないが、通信は直ぐに確立された。
「……こ、こちら包囲部門第六班。接敵、接敵。応援を要請します」
「敵の人数と、詳しい状況を教えてください――」
「敵は一名。同部隊所属のウォルトとセニオル班長が応戦しています!」
「了解。包囲部門第一班から応援を向かわせます」
同刻。作戦本部は緊迫していた。通信部門の騎士らは声を荒げる。
「副団長! 包囲隊第三班からの定時連絡が途絶えました!!」
(第三班……作戦本部から最も近い位置に配備した班か。穴埋めをしたいところだが、包囲網をむやみに動かすわけにはいかん。班の細分化も難しいだろう」
思案を巡らせた末、マディーは颯爽と指示を下す。
「本部防衛の魔導師へ連絡を。作戦本部の位置を特定された可能性が高い。備えよ、と」
「――新米の前だ。悪いが格好付けさせてもらうぞ」
セニオル強力な踏み込みと共に、レイダーとの距離を詰めた。剣一本という古風な型で挑む彼にとって、近接戦は得手。自らの土俵に敵を引き込むのは、魔法戦闘の常套手段であった。
「……騎士ってのはいつでも真っ向勝負だなぁ。馬鹿正直で助かるぜ」
レイダーは魔法陣を展開する。その赤き魔法陣から放たれたのは、激しく燃え盛る炎。炎魔法・放射。
セニオルは魔法剣を振りかざした。襲い来る火炎は斬撃によって分断され、消滅する。
魔法攻撃への対応の末、セニオルの進撃はそこで止まる。近接戦に持ち込むという思惑は叶わなかったが、それで良かった。なぜなら彼には、もう一人の仲間が居るのだから。
ウォルトは炎の間へ飛び込み、思い切り剣を振り下ろす。その度胸は、もはや新人騎士の中でも随一だろう。
「……単純な馬鹿は殺りやすい」
しかしながら、ウォルトの鋭い斬撃は無情にも空を切った。そして束の間、彼の足下にまた赤色の魔法陣が出現する。セニオルは味方の危険を察知し、咄嗟に吠えた。
「――ウォルト、離れろ!!」
ただ次の瞬間、魔法陣からは火柱が勢い良く噴き上がる。ウォルトの着地点は、レイダーによって正確に捕捉されていた。
「……炎魔法・罠」
罠とはすなわち、魔法陣との接触を発動条件とする魔法の総称。レイダーのように狡猾な魔導師は、好んでこの手の魔法を扱う。
セニオルは剣を握り直す。彼はそのまま苦しむウォルトに接近し、握った魔法剣で炎を器用に切り裂いた。
巧みな剣筋で炎が消滅すると、そこからウォルトは復帰する。一時意識が混濁したウォルトを支えるべく、セニオルは肩を貸した。
その最中、レイダーは楽しそうに二人を煽る。
「相当な全身火傷だが……大丈夫かい? 治癒魔導師さんは居ないのか? ああそうだ、さっきの女がそうか?」
セニオルはその煽りに屈せず、むしろ口角を上げた。
「ああ、居ないとも。ファイラはまだ、治癒魔法を使えない」
「あーらそう。それはそれは残念なこと」
「……お前は運が良いな。うちの班は新人二人に、その教育係の俺だけ。経験も人数も、他の班より圧倒的に劣る。今回の作戦では、最も脆弱な班だ」
「知ってるよ。戦ってて分かる」
「だが、逆境とは退路無き成長への一本道。お前はうちの新米たちの糧になるべくして、死んでゆけ」
No.44 混合魔法
二種以上の属性を混合させた魔法の総称。この魔法はほぼ全てが術者のオリジナルで開発されるものであり、それゆえに混合魔法を指南する魔導書はほとんど存在しない。
混合魔法には必ず主属性と副属性の概念が存在し、それは魔法陣の発色によって判別される。フェイバルの光熱魔法は光魔法(山吹色の魔法陣)と熱魔法(深紅色の魔法陣)の混合魔法であるが、魔法陣が深紅色に発色するため熱魔法が主属性と判別できる。