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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第4章 ~王都マフィア編~
45/203

42.そして火蓋は切り落とされる

 「――こちら包囲部門第一班。今のところ本拠地に妙な動きは無いわ」

 通信魔法具で一報を入れるのは、第三師団長・ロベリア。彼女は包囲部門の主戦力として、作戦の最前線へと立った。

 「――了解。そのまま目標の偵察を続けてください」

 ロベリア率いる包囲部門第一班は、第三師団の精鋭である第一部隊の面々が顔を連ねる。彼らに課された任務は、敵拠点から直ぐ正面へ位置する屋敷の塀へ身を潜めての偵察行為。包囲部門で最も敵拠点との距離が近い、極めて危険な役割であった。

 本部の騎士は、ロベリアに更なる情報を届ける。

 「たった今、国選魔導師が本部を出発しました。五分ほどでそちらへ到達する予定です」

 「了解。誘導部門は順調かしら?」

 「今のところ問題はありません。敵拠点に隣接する貴族の避難が三分前に完了し、以降更に範囲を広げて避難誘導を行っていく手はずです」

 「ありがとう。一度通信を切断して偵察に戻るわね」

 そしてロベリアの指輪からは魔法陣が消失した。

 



 作戦中の騎士や魔導師たちが装着する指輪型通信魔法具からの莫大な情報を一挙に受信するのは、屋敷の広間の中心に設置されたメインサーバー通信魔法具。複雑な形状を持つそれは、騎士たちの魔力によって稼働した。

 何人もの通信隊の騎士たちが持ち場へと着き、度々の応答と魔力の提供へ尽力する。包囲部門と誘導部門の騎士から届く大量の通信音声が絶え間なく拠点内に鳴り響く中、ムゾウはふと玲奈へ話し掛けた。

 「この屋敷の入り口は正面のみ。側方と後方は高い塀に囲まれていますので、防衛はやはり正面に固めるべきでしょう。確か、レーナさんとおっしゃいましたね。私たちは正面玄関で敵を警戒することとしましょう」

 「あ、は、はい!」

凄まじい分析力に圧倒され、玲奈は面喰らった。国選魔導師の弟子というのは、どの派閥でも伊達では無いらしい。

 「事前にレーナさんの行使される魔法をお聞きしても、差し支えないでしょうか?」

 「ええと、私は氷属性です。あ、えっと魔法はまだ全然なので、、きっとコッチに頼るかなぁと……」

玲奈は腰の拳銃を見せる。ヴァレンから習った銃術であれば、きっとここでも生かせるだろう。

 「分かりました。ちなみに私の行使する魔法は、強化属性です。見ての通り、剣での近接戦闘が主軸となります。念の為にご存知ください」

 「わ、分かりました」

 「それじゃあ、早速配置につきましょうか」

 「あ、あの……!」

そのとき玲奈はふと声を荒げる。振り返るムゾウに、正直な胸の内を明かした。確かに鍛錬を積んだ銃術があろうとも、今の自分を過信されてはいけない、そう思ったから。

 「実は私、フェイバルさんの弟子ではなくて、ただの秘書なんです。ダイトくんやヴァレンちゃんみたいな実力はないし、その、つまり何が言いたいかというと……」

そのときムゾウは、ただ無骨に返す。

 「……私はあなたをまだ知りません。ただ恒帝殿がここへ連れてきた魔導師であるなら、それだけで十分信頼に足るものです」

堅物な彼から垣間見えた優しさに、玲奈は思わず言葉を詰まらせる。

 ムゾウはまた向き直り、颯爽と歩き始めた。

 「さ、向かいましょうか」




 玲奈はムゾウと共に屋敷を退出した。塀の入り口と玄関までには随分と広い庭がある。綺麗に手入れされた芝や花壇はたいへん心地良く、よりにもよってここが戦地になることなど、あって欲しくはない。ただそんな妄想は、ただの贅沢なのだろう。

 ムゾウは両脇に広がる植え込みを指差す。丁寧に手入れされつつもかなりの高さを持つそれは、身を潜めるのにうってつけであった。

 「あそこで待機しましょう。私は反対側の植え込みに行きます」

こうして玲奈は、流されるまま戦場へ赴く。そこが戦場にならないことを信じて。




 同刻。フェイバルとツィーニアは、目的地である敵本拠地へと足を進めた。

 「――いやはや、国選魔導師が二人体制で臨む作戦なんてのは、いつぶりだろーな」

 「……ええ、不本意だわ。私一人で十分事足りる」

 「まじかよ。俺が一人だったら厳しーぜ」

 「またまたご謙遜を」

ツィーニアの口調は、思ってもいないことを語るときのそれだった。その口調は、鈍いフェイバルですらも理解出来るほどに。

 「……そういや今回の国選依頼、厳密には第二師団(おまえら)の管轄だって聞いてたけど」

 「ええ。どうやら第二師団も他に重要任務があるみたいで、第三師団(あんたら)に委託されたってわけ。おかげで私とムゾウだけがよそ者みたいよ」

 「ま、どちらにしろ俺らのやることは変わんねーよ」

 普段の飄々とした口調を零しつつも、フェイバルはふとしてツィーニアの異変に勘付く。どこか硬く握られた彼女の拳には、血管が鮮明に浮き出る。普段と変わらぬ彼女の声色からは窺えなかったが、彼には今の彼女がどこか高ぶっているように見えた。

 そのときツィーニアはフェイバルからの視線を鋭敏に感じ取り、ふと問い掛けた。

 「……どうかしたの? 恒帝様ともなると、私じゃ足手まといかしら?」

 国選魔道師の名を賜ったのは、ツィーニアよりもフェイバルが先であった。彼女はそれを負い目に感じているわけではないのだが、とりあえず皮肉を口にするのが彼女の癖である。

 フェイバルは先程のお返しと言わんばかりに、とびきりの棒読みで返す。

 「……お前みたいなバケモンがコッチ側で良かったって、つくづく思うよ」

 「そう。なら光栄だわ」

 そして話題は、また回帰した。フェイバルが言及するのは、ツィーニアを高ぶらせている何かについて。

 「――聞いたぜ。今日はお前が提言した国選依頼なんだってな。まあ別にお前の口から詳しい事情は聞かねーけど」

 「聞かれても、言わないわよ。あんたには関係ない」

そこで会話は潰える。




 素っ気ない会話の末に、二人の足取りは古びた屋敷の佇む敷地の前で止まった。ツィーニアは右手の指輪を口元に運び、そこに魔法陣を展開した。

 「こちら突入部門。ただいまより作戦を開始するわ」

 「――了解。健闘を祈ります」

 言伝てを済ませて魔法陣を閉じると、二人は特に目配せもせずに敷地内へ足を踏み入れる。戦地に赴くことへ慣れたその二人の魔導師は、昼下がりの散歩と何ら変わらぬ自然体でそこへ臨んだ。

 「……さ、始めるわよ」

 「まったく、俺に準備出来たかも聞かずに連絡しやがって」

 「ただの殲滅作業に、準備なんていらないでしょ」

 「……まーそれもそうか。こういう正面突破の仕事は、分かりやすくていい」 

 二人は堂々たる足取りで敷地の道を踏みしめた。ただその周囲に劣らぬ立派な屋敷は、同時に凶悪なマフィアの住まう巣窟。そして巣に害敵が来たならば、巣の主はそれ相応の手段をもってそれを出迎える。

 黒服に身を包むマフィアの構成員たちが正面の扉から威勢よく現れるのは、二人の魔導師が歩み出してから暫しの出来事だった。彼らは躊躇もなく、二人へ一斉に魔法機関銃を向ける。

 小物感の拭えない男に限って、こういった場ではよく吠えた。

 「――おいおい。ここに立ち居るってことは、死にたいってことでいいんだよなぁ!?」

ただしその小物の男の傍に控えた者は、自らの陥った危機的な事情へと気が付いた。

 「ま、待て! こいつらは国選魔道師の――!!」

そのときツィーニアは、男の言葉に重ねて話す。

 「あんたらのお仲間は、ちゃんとこの屋敷に全員揃っているんでしょうね?」

その鋭く冷たい視線に、多くの構成員は思わず怯む。それでも愚かな小物の男は、無謀にも仲間へ指示を下した。

 「や、やっちまえ!」

 数人の構成員は一斉に引き金を引く。刹那、大量の魔法弾が凄まじい勢いで放たれた。それは生身の人間であれば、跡形も無く消し去れるような弾幕であろう。

 それでも彼らの一瞬の怯みこそが、ツィーニアにとってはあまりに大きすぎる猶予となる。彼女の冠する刃天(じんてん)という名は、天にも届く間合いの広さを由来とする。

 ツィーニアは左手に構えた大剣・ヘルボルグを振りかざした。魔法によって生み出された波動の刃、すなわち魔法刃は、一振りと同時に男たちへ向かって鋭く解き放たれる。

 無数の銃口から放たれた魔法弾は魔力量で押し負け、一つも残らずして切り裂かれた。そしてそれでもなお、魔法刃の威力は止まらない。相殺されることなく残った魔法刃は、男たちの首を一斉に刎ね飛ばすに十分だった。構成員らは瞬く間に肉塊と化し、重力のままに崩れ落ちてゆく。

 「……ったく王都の中だってのに、よくもこんな引き金の軽い組織を放って置いたもんだ。おたくら、殺しも盗みも攫いも、なんだってやるらしいじゃねーの」

 フェイバルは惨い死体に語り掛けながらも、ツィーニアの先を進む。そしてそんな男に聞こえぬよう、彼女は呟いた。

 「絶対に、()()()の願いは叶えるから」

血の滴る大剣を担ぐ。密かな決意を胸に。

No.42 王国騎士団における各師団第一部隊・第二部隊の編成規則


第一師団の部隊長は師団長が兼任する。また第二部隊の部隊長は副長が兼任する。

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