41.共同作戦の幕開け
玲奈とフェイバルはとある場所へ向かうべく、魔力駆動車の心地良い振動に揺られた。
「あのー、私たちは一体、どこに向かってるんでしょうか……?」
目的地の子細を知らぬ玲奈は、こわばった表情を隠せない。それもそのはず、この日は先日の会議にて議題とされた、件の国選依頼の執行日。当時秘書に就任して間も無かった彼女は蚊帳の外に置かれたがために、現時点で把握出来ているのは作戦の日時のみであった。
フェイバルは不安を隠せない玲奈へ呑気に応じる。
「……もうすぐ着くぜ」
次第に町並みは、大きな屋敷の群生地帯へと変わり映え始める。どうやら貴族街に入ったらしい。玲奈はこのまま先日赴いた騎士団本部にでも寄り、そこからどこか別の街にでも移動するのかと思っていたが、運転手のダルビーは貴族街に入って暫し経ったところで車を停めた。
「旦那、指定の場所に着いたぜ」
「おう。サンキューな」
「へ?」
玲奈は困惑する。彼女が知る国選依頼とは、国が誇る二つの最高戦力がタッグを組み、困難な作戦を決行するということ。そしてそれは同時に、そのタッグを必要とするほどの大規模戦闘が見込まれるということ。ここで車が停まったということは、王都の中心部で悍ましき魔法戦闘が発生するということになる。
「こ、こ、こんな白昼の街中で何するんです!?」
「何って、国選依頼だよ」
「ここでまた、魔法戦闘が起こるってことですか!?」
「ああそうなる。やむを得ねーよ、賊軍の根城が王都なんだってんだから」
「賊軍?王都に住む悪い人って……」
玲奈は一つだけ心当たりがあった。そしてその答えは、フェイバルが口にした一言によって示される。
「王都マフィア、正式名称はガルドシリアン・ファミリー、だっけか。ダストリンの廃工場で出会ったあいつらの、お仲間ってことになる」
そのときフェイバルは、おもむろに車を降りながら言葉を続けた。
「さ、時間無ぇし行くぞ。こっから少し歩くし、実はマジで遅刻しそうなんだよね」
ぽつぽつと人が往来する通りを抜けると、二人はとある屋敷の敷地内へと足を踏み入れた。玲奈はその大きな屋敷を見上げる。そんな田舎娘を見かねたフェイバルは、さりげなく事の子細を説明してくれた。
「……ここはまあ、作戦基地みたいなもんだ。まだ敵は居ねーから大丈夫だぞ」
「な、なるほど……でも基地にするのなら、近くに騎士団本部がありますよね? どうしてわざわざこんなところに?」
「王都のど真ん中でドンパチやるんだ。民間人の犠牲者を出さない為には、密な連絡が必要になる。そのためには、どうやら相当な数の通信魔法具が必要らしくてな。本部でそれを請け負っちまうと、開戦がパンクしちまうんだと」
「はえー。そんなことが……」
そんな話をしながら歩を進めていると、二人は玄関の扉にまで至った。二人の様子はどこからか監視されていたらしく、扉の向こうからは見計らったように声が掛けられる。
「……合言葉は?」
唐突にして、古典的な手法が迫られた。当然先の会議で蚊帳の外にされた玲奈はそれを知るはずもないので、特に焦ることなく場をフェイバルへ委ねる。
しかしフェイバルは、妙に不穏な声を漏らした。
「……んーと。えっとだな……」
「フェイバルさん……?」
作戦の参加者へ事前に合言葉が伝えられている手はずであることは、容易に想像がつく。本来ならスマートに合言葉を口にし、颯爽とそこを通過するはずなのだが、そこがイマイチ決まらないのがこの男の生き様なのだ。
「ああ、クロリス……いやクロニス。オペレーション・クロニスだ」
あやうく作戦の部外者であると疑われるところだったが、ぎりぎりのところでフェイバルはそれを思い出した。束の間、内側から解錠される音が鳴る。彼はこっそりと安堵しつつも、扉に手を掛けゆっくりと押し開けた。
その先にあるのは、貴族の住まいにふさわしい豪勢で静寂なロビーとは一線を画する光景だった。視界に映るのは、忙しなく動き回る騎士たちの姿。地球に居た頃の記憶に例えるならば、災害をテーマにした映画において描写されていた、災害対策本部なるもの近いだろうか。
「……これほど緊迫しているんですか。なんか、面喰らいますね」
「ここは本来クロニス家っていう親王国派の貴族が住む屋敷なんだが、作戦の為に騎士団が一時借用してるらしい。俺も中々見慣れねー光景だわ」
目の前の景色に関心していると、ロビーの奥からはふと二つの人影が歩み寄った。それは本作戦に参加するもう一人の国選魔道師と、その弟子。刃天・ツィーニアとムゾウであった。
ツィーニアは突き放すように言葉を並べる。
「規定の集合時間は今から一二分も前なんだけど、あんたは時計が読めない可哀想な方なのかしら?」
「まあ、ぎりセーフ……だろ。許容許容」
「許容はあんたが決めることじゃないのよ」
フェイバルは相も変わらず軽い口調ではぐらかすが、彼女は明らかにお怒りのご様子だった。玲奈はフェイバルに車の手配まで任せたことを後悔する。忘れかけていたが、この男は先天的な遅刻病なのだ。
ただ事実、こうして作戦へ参加する国選魔導師は遂に出揃った。そしてそれを見計らうように、また別の男が彼らの元へ近付く。
「――お待ちしておりました。恒帝殿、刃天殿。作戦の最終確認を行いますので、どうぞこちらへ」
その男は王国騎士団第三師団副長を務める、マディ=グラディオス。几帳面に刈り上げられた茶髪は、仕事の出来るサラリーマンを想起させられる。もっとも、彼の右目を覆う眼帯が無ければの話だが。
「おう。頼んだぜ」
フェイバルは運良くツィーニアの詰問から逃れた。そして四人の魔導師は、マディに従って奥の一室へと足を運んでゆく。
マディは立派な卓に大きな地図を広げた。地図になされた精巧な書き込みは、この作戦に費やされた膨大な時間を想起させる。随所に赤の点が打たれているのは、騎士が配備される地点を記したものだろう。
「――ご存じでしょうが、本作戦の名称はオペレーション・クロニス。その目的は王都マフィアこと、ガルドシリアン・ファミリーの掃討であります」
(私だけ五分前に知ったんだけどなぁ……)
玲奈が他の三人の顔を窺う限り、やはりこの作戦の内容をここで知ったのは自分だけのようだった。だから彼女は直ぐに動揺を隠して、平静を装う。
「ここも打ち合わせ通りではありますが、まず国選魔道師のお二方に務めて頂くのは、標的の拠点への突入作戦。少数精鋭での奇襲攻撃をもって、敵本陣を一挙に制圧します。本拠地周辺の貴族の避難は概ね完了しておりますので。大規模な魔法を行使することも可能となっています」
「我々騎士はこのまま更に規模を広げて避難誘導を行いつつ、同時に本拠地から敵が脱出した事態を想定し、敵拠点を取り囲む包囲陣を設けます。有事の際は連携が出来ますので、念の為お見知りおきください」
「作戦本部に残る我々は、この屋敷からメインサーバー通信魔法具を用いた通信網を展開します。つきまして補助魔導師の方には、この本部の防衛をお願いします。なにぶん多くの騎士が包囲と避難誘導に着手する為、本部を防衛する戦力が心もとないのです」
「――承知しました。お任せください」
ムゾウは快諾した。玲奈はそれへ釣られるように、小さく頷く。正直なところ、頼られるほどの気概は持ち合せていないのだが。
続けてマディは、国選魔導師の二人に指輪型の通信魔法具を手渡した。
「こちらを。改まって説明する必要も無いでしょうが、突入直前には作戦開始の一報をお願いします」
「おうよ」
二人の国選魔導師は慣れた手つきでそれを指に通す。その動作は、彼らが経験してきた国選依頼の総量を物語っていた。
「騎士の配備に問題はありませんが、やはり街の静けさだけは誤魔化しが効きません。つきましては、標的が街の静けさへ異変を覚える前に、突入を決行すべきと考えられます。急かすようで恐縮ですが、速やかに敵拠点へと赴いてくださいませ」
そこでマディの説明は終わる。ツィーニアはテーブルに立て掛けていた大剣を肩に担ぐと、フェイバルに問い掛けた。
「恒帝、もう出れるわよね?」
「当たり前だ」
思い通りの回答を得たツィーニアはマディへ伝言する。
「それじゃ、私たちは早速向かうとするわ。誰かのせいで時間も押していることだし」
続けてツィーニアの視線は、弟子のムゾウへと移った。
「ムゾウ、騎士の手を煩わせるんじゃないのよ」
「……はい」
「それとあんたの今日の相棒さんはどう見ても素人だから、しっかり守ってあげなさい」
玲奈はツィーニアと目が合う。いつの日かの、嫌な上司を思い出した。
「ヒッ……」
ただフェイバルは、それとなくツィーニアへ反論してみせる。
「おい刃天。レーナはお前の思ってるより、ずっと出来るやつだぞ。今日の作戦が終わる頃、少なくともお前の弟子は頼っても良いと思える魔導師に見えているはずだ」
フェイバルなりの優しさだったのかもしれないが、玲奈にとってその言葉はあまりにハードルが高く見ええた。彼女は口籠もったが、ムゾウは淑やかに笑う。
「楽しみにしています」
ツィーニアから凍った表情は消えないが、どうも彼女にこれ以上責める気はないらしい。彼女は振り返り、一室の扉へと向かった。
「恒帝、行くわよ」
「……はいはい」
No.41 通信魔法具の機能
携帯用の通信魔法具は多くが指輪型の形状を持つ。携帯用通信魔法具は、メインサーバー通信魔法具との接続を担う集約型と、あらかじめ登録された魔力を識別符として特定の二者間のみで通信を成立させる分散型が存在する。市場に多く出回る通信魔法具は後者である。
メインサーバー通信魔法具は主に組織単位で使用される。また大規模な国選依頼が実行される際は、騎士団本部と別口の通信魔法具が臨時で設置される。