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40.一番弟子

 時は流れ、もう先日の慌ただしささえも忘れ始めてしまう頃。その日の玲奈は飽きもせずに、また朝からギルド書庫を訪れていた。

 (さて、今日は前の残りを最後まで読んじゃって。それから……)

 整然と並べられた魔導書を、片っ端から目を通してゆく。ある書物の著者欄にパルケード=コミュレイトの名が映ったときは少しばかり複雑な気持ちを抱いたが、何とか目を背けた。書物それ自体に罪は無いのだ。

 そんなとき、ふと玲奈の直ぐ横に見慣れない長身の男が並んだ。彼女は特に気にも留めず、ただ本の品定めを続ける。すると男はおもむろに、そこそこの声量で独り言を連ね始めた。

 「あれ……このへんに隠したって聞いたんだけどなぁ。誰かが持ち出してんのか……?」

 静かな書庫内で遠慮も無く話し出すものなので、玲奈はついつい横目で男を伺う。あまりのモラルの無さから、フェイバルのような冴えない野郎を想像していたのだが、そんな安易な想像は易々と覆された。

 後ろへ流した綺麗な黒髪は艶があり、腰あたりでその毛先が端麗に並ぶ。フェイバルよりも一回りくらい太い体格からは、相当の実力が窺えた。しかし何より目立つのは、男が目に装着した防塵ゴーグルのような眼鏡。

 玲奈はもはやフェイバルよりヤバめな男に目を付けられないように、そっと視線を棚へ戻した。早急に魔導書を選んで棚を離れよう。そんな目論みをしているうち、男は通路を通りがかった若い女性の司書へ何かを尋ね始める。

 「なあ、あんた。ここに隠してあった本知らねーか?」

 「……ええっと、どのような書物でしょうか……?」

 「それがな、あまり大きな声では言えないんだけどよ……」

玲奈は傍で聞き耳を立てる。それは闇に葬られた歴史を綴る書か。はたまた伝説の魔導師が著した、秘伝の魔導書か。

 「これくらいの薄さで、今月の表紙は金髪魔導師お姉さんの超絶破廉恥ポーズがグッとくる、あの雑誌なんだけどさ。分かるだろ?」

 「知りません! てかそれ、男魔導師(あんたら)らが勝手に置いてるだけでしょ!!」

恥じらいもせず落ち着いた声色で説明する男に対し、司書の女性は声を荒げた。同情しか無い。玲奈はもはや恐ろしくなって、速やかにそこを離れようとした。

 (うん。私の見立ては正しかった。ヤバい人だね……関わらないでおこうか……)

 玲奈は適当な本を選ぶ。面倒事は勘弁なので、彼女はそれを抱えていつもの椅子と机が並ぶ方向へと向き直った。

 しかしその時、唯一恐れていた事態が起きる。そう、計らずとも玲奈は、一瞬だけその男と目を見合わせてしまったのだ。

 (あ……やっべ。今、目合っちゃった? いや、ゴーグルでどこ見てるかも分からないんだけど)

 玲奈は直ぐに視線を逸らし、颯爽と男に背を向ける。しかしその男の視線は、司書の女性との会話を中断してまで、玲奈を捉えて放さない。背中から感じる視線は熱くとも、確かな悪寒が走った。

 心の底からそれと関わりたくなかった玲奈は、逃げるように男から離れてそのままいつもの席に腰掛けた。

 玲奈は慌ただしく魔導書の表紙をめくる。書の名は、炎魔法入門。玲奈には縁が無いどころか、属性で言えばもはや対極に位置する。それでも不審者の気を引くことなく現場を離脱する為には、仕方が無いことだった。

 ただ玲奈は甘かった。その不審者はまた彼女の背後に忍び寄る。そして男は遂に、彼女へ声を掛けた。 

 男は馴れ馴れしく玲奈の肩に手を置き、耳元で呟く。

 「――なああんた。名前は?」

 「ひぇえええええ!」

 「……ヒエエ=エエっていうのか。珍しいな」

恐怖を筆頭にあらゆる感情が巻き起こるが、結局玲奈は本能的にツッコんでしまう。

 「いやそんな名前いるか」

 「ん。じゃーなんて言うのよ」

 「レ、レーナです……けど」

案の定聞き慣れぬ名だったようで、男は暫し黙り込む。

 「……」

 「い、いきなり何でしょうか……?」

苦し紛れの玲奈の一言から束の間、男は彼女の肩から手を離すと、ようやく口を開く。しかしそれは、あまりに突拍子も無い発言だった。 

 「ちょっとあんた、ついて来てくれ」

 「……へ?」

そして男は玲奈の腕を強引に引っ張る。魔導書を開いたまま、二人はギルド書庫を飛び出した。 




 「はあ……はあ……」

男に無理矢理連れられた場所、それは人気(ひとけ)の無い路地裏か。はたまた往来の無い廃墟か。そんな想像はお門違いだった。なぜなら連れられたそこには、もはや見覚えしかない。二人の眼前にそびえ立つのは、たった先程に飛び出してきたばかりの、フェイバルの邸宅だったのだから。

 玲奈は沈黙に耐えかね、それとなく尋ねる。勿論、そこがどこかは分かってはいるのだが。

 「あのぉ、ここって――」

 「ここはだな、とあるバケモノ魔導師が住んでる家だ」

男は玲奈が何も知らない想定の元で説明しながらも、ふと歩を進める。扉の前に立てば、特に躊躇することなく手を掛けた。

 「……あれ、珍し。あの人、玄関の扉は施錠出来るってこと知ってたのか」

 独り言を零しながら男が足下に展開したのは、茶色の魔法陣。そして次の瞬間、男はその足元に現れた沼へ引き込まれるようにして消えた。

 あまりに唐突な魔法に、玲奈は音を上げる。

 「え!? なにそれ!?」

 初めて見る魔法属性だった。彼が居たはずの場所にあるのは、丁度一人の人間が収まるくらいの、小さな沼地。玄関にこんなものを作られては最高に迷惑だという発想に至るのは、もう少し先だった。

 見とれているのも束の間、男はその沼から勢いよく飛び出して帰還する。そして彼は呟いた。

 「よし、開いたぜ、鍵」

 「え? 何の魔法なの? ピッキング魔法? いや、そんな用途が限定的すぎる属性なんて無いよね……」

 玲奈が家を出るとき閉めたはずの鍵は、いとも容易く開けられた。魔法とは末恐ろしいものであると痛感しつつも、彼女は仕方なく男へ続いた。

 男はさりげなく呟く。

 「あ、それ泥沼だから避けて通ったほうがいいぜ」

 「……でしょうね」




 そうして玲奈は、見慣れた居間へ帰る。男は随分と気安く上がり込むので、彼女はもうこの男が薄々フェイバルと親しい人間なのだろうと察していた。

 男は大きな足音を立ててソファーのほうへ歩き出す。とりあえず玲奈もそれに続いた。

 「師匠! おい師匠!? 起きろ!!!」

 「んだよ起きてるっての……」

フェイバルは顔の上においた雑誌を除けて応答した。気だるげに上体を起こしたとき、彼はその珍客に少々驚いてみせる。

 「……あれ、ドニーじゃねえか。王都に戻ってたのか」

 「そんなことよりこの女だよ! この顔に、このケツにこの乳! クアナの姉御まんまじゃん! 絶対ドッペルゲンガーだぜ!?」

フェイバルは至って真面目な声色で返答した。

 「っバカ、クアナの胸はもっと小さい。そうだな……これくらいか? ちゃんと覚えとけ」

 会話の内容が最低すぎるので、玲奈は聞こえないふりをしておいた。もはや怒る気にもツッコむ気にもなれない。

 ふとしてフェイバルは、遂にその不審者の正体を玲奈へと説明する。

 「レーナ、お前の横に居る不審者はドニー=マファドニアス。俺の一番弟子だ。ここまで引き戻されたってことは、どうやらこいつが迷惑かけたっぽいな。悪ぃ」

 「いやぁ……それよりもっと謝ったほうがいいことあると思いますけど……迷惑というより、迷惑防止条例違反ですからね」

玲奈はそれとなくデリカシー皆無の師弟を貶めるが、ドニーはそれをまるっきり無視して続けた。

 「あれ、あんた師匠のこと知ってるのか?」

 「……そりゃ私、フェイバルさんの秘書ですから」

 「なんだよ、せっかく師匠が喜びそうな女見つけたって思ったのに。もう唾付けてたのか。やることがはえーや」

フェイバルは呟く。

 「別にそんなんじゃねーよ。丁度秘書に逃げられて困ってたとき、良い秘書が居たから拾っただけだ」

 「またまたぁ」

 「んなことよりドニー、仕事の話聞かせろ。そろそろアレも近いんだ。名はしっかり売れてるんだろーな」

 「ええ、そりゃ勿論。今回の依頼は、かなり刺激的でしたぜまったく」

 ドニーは反対側のソファーに腰掛ける。長くなりそうなので、とりあえず玲奈は茶を出してやることにした。

 「――で、お前は一体どこで何の仕事してたんだ? 何も言わずに長期で王都から離れやがって」

 「盗賊団の捕縛作戦に行ってきた。結構敵が多くて、大変だったぜ」

ドニーはそう語ると、遠慮無くテーブルの菓子をつまむ。

 「……ほう。良いアピールになりそうな依頼、よく見つけたもんだな」

 「ギルド依頼は戦闘が絡む案件も多くないから、いろいろ別口で探したりもしたんだわ」

 「なるほど、意外と頑張ってんだな。んで、例に漏れずまた一人で行ったと」

 「そりゃ勿論」

 「ったく、いい加減に治癒魔導師の一人でも連れてけっての。いつか痛い目みるぞ」




 王国騎士団本部の大会議室にて。張り詰めた空気の中で行われるのは、国選魔道師共同作戦の最終調整。

 振り返ればそれは、玲奈との初仕事の日。フェイバルが出席したあの会議から、第三騎士団は長い時間をかけ緻密な作戦を練った。そして決行の時は迫る。

 ロベリアの一言は場の空気をさらに締め上げた。

 「それでも改めて、王都マフィア掃討作戦の詳細を確認することとする」

 「我々第三師団の任務は、本部へ突入する国選魔道師らの支援。加えて民間人の避難誘導、及び保護。本作戦は国選魔道師による隠密突入が主となることから、異変を悟られぬ為にも、民間人の事前避難は出来ない。故に、退避誘導は作戦当日から行うものとする」

 「作戦は困難を極める。それでも我らは、誇り高き騎士。王国騎士団の名の下に、民間人を犠牲にすることなどあってはならない!」

 部下たちは固唾を呑む。一呼吸置くと、第三師団副長のマディー=グラディオスはロベリアに代わって続けた。

 「本作戦では第三師団を包囲、誘導、通信の三つの機能へ分担させます。包囲部門は目標となる敵拠点の包囲により、敵の敗走を阻止。誘導部門は作戦開始直後から民間人の避難誘導を、通信部門はこれら実働部隊と国選魔道師の情報交換を支援する任務です。指揮系統は私が、師団長は包囲部門として、前線に立つ手はずです」

 ロベリアは檄を飛ばす。

 「今回の作戦は、歴史上類を見ない王都内での重大作戦。各々が騎士として最善を尽くすことを期待する!」

No.40 王国騎士団における師団長と副長の役割


王国騎士団において、師団長とはその師団における最高戦力を指す。それゆえ師団長は戦闘要員としての貢献を期待される傾向にあり、作戦指揮系統を掌握することは珍しい。対して副長は作戦指揮を執る場面が多く、魔法戦闘能力に比べ作戦指揮能力が重視される。

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