表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第1章 ~秘書の激務編~
4/203

4.古写真

 「私を雇うって、本気ですか!? だって、だってだって、私なんてついさっき会ったばかりの人間ですよ!? あのですね、人を雇うときはしっかりと書類選考して面接して、慎重に判断するものなんですよ!?」

 混乱する玲奈は前世の物差しで語った。しかしそんな常識が通用するはずもなく、当然フェイバルは首を傾げる。

 「よく分からんが、俺は家柄なんて気にしねぇよ」

 「いや、そういうことではなくてですね……雇用する人間の能力や本質を判断しなきゃ!」

就活の過酷さを身に染みて理解している、というか就活戦争に敗北している玲奈は、どうもこの男の適当さに納得がいかなかった。男の提案が彼女にとって悪い話ではないことは確かだが、それでも頭の中に自然と反論が押し寄せる。

 そんなときフェイバルはもう一押しすべく、あえてそっと囁いた。

 「考えてみろ。お前はギルド魔導師だ。順当に行くなら、これからいろんな依頼をこなして生計を立ててくことになる。だがな、それって簡単じゃねえんだぜ?」

 「そ、そうなの……?」

 「ほら、さっき言ったじゃねえか。ギルド魔導師は楽な仕事じゃねえ。対して魔導師秘書ってのはどうだ? 安全安心の長期雇用。逃すには惜しいはずだろ。果たして、本当にギルド魔導師を選んでいいのかねぇ……?」

小声でもただならぬ熱意。どうも彼は本気らしい。あまりの好待遇に玲奈は揺らいだ。

 「うっ……それは……魅力的……ですけど! 私は魔導師に興味があるんです!!」

期待通りでない答えに、フェイバルはまた少し考え込む。そこで一歩ばかり譲歩すべく、また一つ提案した。

 「……ならさ、じゃあ今度俺の現場に連れてってやる」

 「え、まじ?? いいんですか!?」

 「折衷案だ。お前はギルド魔導師でありながら、俺の魔導師秘書。お前は俺のスケジュール管理をサポートし、俺はお前のギルド魔導師として生きる道を支える。これでどうだ?」

その申し分ない案に玲奈はすぐ親指を立てた。

 「ええ、そうしましょう! ぜひそうしましょう!!」

フェイバルは打って変わって満面の笑みを浮かべる玲奈を見ると、思わず釣られる。交渉成立。二人は握手を交わした。

 「決まりだな。よろしく頼むぜ、秘書ちゃん」

新人ギルド魔導師兼魔導師秘書。玲奈は思わぬ形で二足の草鞋(わらじ)を履くこととなった。




 幸運にも仕事を手にした玲奈は、フェイバルに連れられて家の階段を上る。ありがたいことに住み込みらしい。

 異世界に降りたって一日目、ついには寝床まで手に入れてしまった。野宿すら覚悟していた玲奈は、フェイバルの背後で小さく拳を突き上げる。見知らぬ男の家に泊められることへの不安など、忘却の彼方の更にその先だった。

 「この部屋空いてるからここ使え。あとその妙な服は目立つから、ここの服でも着といてくれ。前の秘書の置き土産だ」

 「いやぁ、ほんといろいろ頂いて有り難いんですけども……」

 これから自室になる部屋へ案内されたとき、玲奈の勝ち誇った表情は跡形も無く消えていた。部屋には椅子に机、ベッド、ランプ。生活するための備品は揃っているように思われる。しかしそれらの備品には尋常で無い量の埃が積もり、床には書類や本が酷く散乱していた。どうやら就職後の初仕事は、大掃除にりそうだ。

 「――んじゃ、俺はこの後用事あるから。また明日なー」

フェイバルは平然とした態度でそこを立ち去ろうとする。玲奈は咄嗟に後ろ襟を掴み彼を引き留めた。

 「フェイバルさん。二二時から二三時は掃除がスケジュールに入っています。時間が押していますので、さっさと始めましょうか……」

 「……」

フェイバルは暫し硬直した。そして彼はすぐに、彼女の狡猾さに気が付く。

 (――まずい。この女、秘書という立場を逆手に……)

玲奈は笑みを浮かべたまま述べた。

 「私はこの部屋を掃除しますので、とりあえずあなたは一階の居間をどうにかしてください。あそこ、今後は私の居間でもあるんですから!」

こうして深夜の大掃除大会が、幕を開けるのだった。




 一人自室の掃除をしていた玲奈は、隅に横たわったある写真へと気が付く。なんとなく興味を惹かれ、ふとそれを拾い上げた。

 「ん? 誰だろ、これ?」

 場所はどうやら、先程のギルド・ギノバスで間違いなさそうだ。見覚えのある依頼掲示板の前で肩を組む男二人と女二人。男のうちの一方が持つ無気力な眼には、どうも既視感しかない。

 「……これ、フェイバルさんだよね。ちょっと若いけど。あれ、ちゃんと髭剃ってるし」

 もう一方の男は眼鏡を掛けた小太りのシルエット。女は茶髪のボブヘアー。フェイバルの隣で幸せそうに笑っている。どことなく玲奈自身と似た雰囲気であるのは、自分でも直ぐに分かった。

 そしてもう一人、美しい長髪の女性は、仲間たちを見守るように微笑む。きっと誰もが美人と評するであろう、憧れを抱くような佇まいだった。

 玲奈はその写真をふと裏返す。ただの白紙を想定していたが、そこには書き殴られた手書きの文字。

 "煌めきの理想郷(ステトピア)"

 「……気になる。けどこういう写真って、大抵過去の伏線だったりするんよな。私のオタク遍歴が、今はまだ詮索するなと言っている……」

 達観した表情でメタ発言をかましていれば、それを見計らったかのようにフェイバルが現れた。

 「おーい。一階は終わったぞー」

玲奈が振り返れば、自ずとそこでフェイバルと目が合う。彼女は咄嗟にその写真を背に隠した。

 「お、お、お疲れ様ですう!」

その明らかな挙動不審は、いくら鈍感なフェイバルであろうとも勘付く。

 「おい。今何か隠したろ? 雇用者命令だ、見せな」

 「うっ」

呆気なくばれてしまったので、玲奈は大人しく写真をフェイバルに手渡した。フェイバルが写真と睨み合うと、そこからが暫しの沈黙が流れる。

 そして男は、ようやく言葉を発した。その写真を見て何かを思い出したというよりかは、玲奈に写真をどう説明しようか考えているような間だった。

 「……ここに落ちてたのか。こいつは、俺の昔の仕事仲間の写真だな」

 「そ、そうなんですね」

 (いや、そんだけかい……)

フェイバルはたったそれだけを告げると、写真を預かって玲奈の自室を後にする。

 「さ、二階も早く終わらせろよー。俺はピカピカの居間で少しばかりくつろいでるから」

そして彼は、手にした写真と共に階段を降りた。




 自室の掃除を終えると、玲奈は一階の居間へと降りる。掛け時計は二三時を示していた。

 「――さ、掃除はこれで終わりですね。これからは出来るだけ汚さないようにしてくださいよ! ゴミはゴミ箱へ!」

 「ったく、分かったよ」

 不貞腐れた男の返答も束の間、玲奈はふとメモ帳を開く。男の杜撰さが不安になり、彼女は就寝前に明日のスケジュールを読み上げておこくことにした。

 「明日は一三時から王国騎士団幹部との共同作戦会議があります。てことで、さっさと寝てくださいね」

しかしあまりにも奔放なこの男は、一筋縄ではいかない。フェイバルは悪びれもせず呟いた。

 「あ、俺今からちょっと一杯……いや一〇杯くらいいく用事があんだわ。先に寝といてくれ」

そして男は平然と玄関へ向かい始める。玲奈はコートを羽織ろうとするその男を急いで止めた。

 「ねえってば! いまからそんなに飲んだら、明日までお酒抜けなくなっちゃいますよ!」

 「ああもう、分かった分かった。んーと……六杯にしとくから!」

絶妙なラインの譲歩を見せるフェイバルは、玲奈の手を振りほどく。そして彼は、そのまま足早に家を後にした。

 (――まずい。私の雇用者自由すぎる……)

成す術も無い玲奈は、仕方なく自室に戻り眠ることにした。




 バーの扉が慌ただしく開く。フェイバルは入るや否や、直ぐにとある男の隣へ腰を下ろした。

 「――おいおい。まったくお前の遅刻は不治の病なのか?」

 「いやあ、すまねぇすまねぇ」

 「その平謝り、人生であと何回聞くんだか」

愚痴を零しながらも不機嫌でないその男は、眼鏡に小太りのシルエット。写真でフェイバルと肩を並べた、その一人だった。

 その男は店の掛け時計を見て呟く。

 「あと四十三分で、三年だな」

 「早えもんだ。あ、マスター。その酒とグラス四つ」

酒瓶と四つのグラスが届けば、フェイバルはそれぞれに注ぎ始める。テーブルに四つのグラスが並んだとき、彼はふと男に尋ねた。

 「最近どうよ、お前が運営する研究所ってのは。何か成果挙げたのか?」

 「最近だと科学誌の隅に載ったが、まあ科学なんてのは魔法の二の次だから、微妙なとこだわな。相変わらず金には困ってる。国選魔導師様や、寄付してくれてもいいんだぜ?」

 「バカ言え、お前も相当蓄えがあんだろ」

 「国選魔導師様ほどじゃねーよ」

 「その呼び方やめろ」




 そして時計の長針と短針が出会ったそのとき、男たちの談話は途切れる。

 「……時間だ。煌めきの理想郷(ステトピア)に乾杯」

男たちはテーブルに置かれたグラスへ、自分の持ったグラスを順々に優しくぶつけてゆく。四つのグラスは数回乾いた音を奏でた。そこでようやく二人は、グラスの中身をぐっと飲み干す。

 グラス一つを飲みきって一息吐いた小太りの男は、ふとしんみりとなって呟いた。

 「全員とはいかねぇが、またこうやって集まれたな。良かったぜ」

するとフェイバルは懐からある写真を取り出し、集結を喜ぶその男へ見せてやる。それはまさに、つい先程玲奈が発見した一枚。

 「懐かしいのが家に転がっててよ。覚えてるか? コレ」

 「こいつは、西の陸路付近で山賊討伐に行ったときのだな。俺の武器がちょうどそんときの世代だ。にしても、またよくこんな古いモン見つけたな」

 「うちの秘書がたまたま見つけてな」

 「どうせお前のことだから、秘書に掃除させられたんだろ? アイツにもよく同じようなこと言われてたし」

 「……うるせえ」

 男たちは写真の全員がその場に居なくとも、密かに再会を喜んだ。彼らにとって掛け替えの無い時間がそこへ流れる。

No.4 フェイバル=リートハイト


ギルド・ギノバスに在籍する魔導師の男。二八歳。身長は一八二センチ。三白眼と伸びきった赤毛の髪が特徴的。いつも気だるげで適当な性格だが……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] オリジナル言語、カッコいい…!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ