34.煌めきの理想郷
煌めきの理想郷の魔導師たちは、王都東検問へと至る。そこで彼を待ち受けていたのは、五台もの魔力駆動貨物車。車格はどれも、大型に属するもの。たかが車両護衛任務とはいえども、今回の依頼は中々の規模であった。
エンティスは頭を掻く。
「こりゃーまた骨が折れそうだな、フェイバル」
「先に魔獣を見つけて接近される前に討伐する。やることはいつもと変わんねぇよ」
「とはいえ、大型の貨物車が五台も……この手の貨物車は屋根上に見張り台があるけど、流石に今回は全員でしっかり分担して索敵する必要がありそうね」
クアナの一理ある一言により、フェイバルは少し考え込んだ。その思考の末、彼はとりあえずの方針を立案する。
「エンティスは隊列の先頭車両から進行方向を警戒。クアナは最後尾。俺が中央の車両から隊列の側方を両方ともどうにかする。これで問題ないだろ」
フェイバルは二人の意見を仰ぐ。その分担はフェイバルの担当だけがかなり広範になるものの、彼を信頼する二人は迷わず親指を立てた。
「ええんじゃねーの」
「問題無し! フェイバルが寝落ちさえしなければだけど!」
フェイバルは耳が痛いところだけ都合良く聞き流して返答する。
「んよーし。じゃ、この手はずでいくぞ」
そして煌めきの理想郷の任務は始まった。
王都から遙か東に位置する街、グリモン。またの名を、魔導書の故郷。そこはかねてより印刷業が栄え、一度は大陸戦争による荒廃を経験しながらも、魔導書産業の振興によってその境遇を乗り越えた歴史を持つ。そしてその歴史は今も色濃く残り、大陸に出回る多くの魔導書は、この土地から生まれている。現役を引退した優秀な魔導師がこの街へと移り住み、魔導書の執筆に携わる例も多い。煌めきの理想郷の面々が目指す目的地は、魔導師とゆかりある都市であった。
車両は王都・ギノバスを後にする。王都東検問を抜けたとき、そこへ広がるのは広大な自然が支配する景色であった。
とはいえギルド魔導師ともなれば、車両警護の任務は切っても切り離せないものであるが為に、三人がその絶景へ新鮮さを感じることはない。また当然ながら、魔獣という悍ましいはずの存在への怯えも持ち合せない。むしろ彼らは、そののどかな景色をほんのりと楽しむような気概であった。
五台の貨物車は、ゆっくりとした速度で隊列を崩さぬように進行する。早速ながら睡魔に襲われるフェイバルは、欠伸をしながら呟いた。
「……今日はやけに静かだなぁ。魔獣の一匹も出る気がしねー」
柔らかい風の音と、貨物車の心地良い駆動音だけが耳へと差し込む。これほど穏やかな朝ともなれば、観光か何かだと錯覚しそうだ。
数時間が経とうとも、魔獣は一向に現れない。フェイバルら一行は、着々と都市グリモンへと近付いてゆく。偶然か必然か、この日はやけに順調な旅路だった。
クアナはふと空を見上げる。するとそこには、いつの間にか機嫌を損ねた空。次第に、ぽつりぽつりと雨が滴り始めた。彼女もまた眠気に誘われていたところだったので、考え方によっては都合が良かったのかもしれない。
「ぅあ、雨だ……」
クアナはすかさず小さな右手に魔法陣を展開する。その色は玲奈と同じ、水色。氷魔法であった。
「氷魔法・造形! う~んと、傘!」
クアナはその場の思いつきで氷の傘を造り出すと、それを握りしめて雫を遮る。
「はあ……この辺りは雨なのか。王都の近くは晴れてたのになー」
やはり天気が落ち込めば、自然と心情も沈んでゆくもの。クアナは少しばかり落ち込みながらも、また周囲の警戒へとあたった。
そんなときふと、道をすれ違う車両の数が増えてきたことへ気が付く。後方を索敵していたクアナは、車両の進行方向へと振り向いた。そこに立ち並ぶは、石造りの高い塀。つまるところ、グリモンを包囲するように建造された魔獣防護壁。目的地はもう傍にまで迫っていた。
「あぁ、もうこんなとこまで来てたのか……!」
五台の貨物車は無事に検問を通過すると、遂に都市・グリモンへと辿り着いた。検問前広場に立ち入れば、長きにわたった隊列は崩され、車両は手はず通りに整列されてゆく。そして最後の車両が停車したところで、ようやく護衛任務は完遂された。フェイバルらは車両団を取り仕切る運転手の男と合流する。
「――今回はありがとうございました。おかげさまで、無事に荷物が届けられそうです」
「おう。良いってことよ」
「それにしても、まさか恒帝殿に依頼を受けていただくことがあるとは」
「まー俺は国選魔導師である以前に、ギルド魔導師だからな。こういう地道な仕事も、大切にしてんだわ」
「そうなんですね。ウチの依頼はかなり大規模に貨物車を動かすので大変だとは思いますが……また機会がありました、ぜひとも」
「ああ、頼まれたぜ」
「ありがとうございます。それじゃ我々はこのまま直ぐに印刷工場へ向かいますので、ここで失礼いたします。報酬はギルドへの後払いとなっておりますので、後ほどお受け取りくださいませ」
運転手は一礼すると、また運転席へ乗り込む。五台の貨物車は各々が駆動音を唸らせた。小休憩は取り終えたらしく、再び車両は隊を成し動き始めるのだった。
「……もう出発すんのか。大変なんだな、運送業ってのも」
そうして貨物車を見届け終えると、フェイバルは二人の方へと振り返った。
「さ、任務完遂だな。ここからは好きに動けるぜ」
「私、本屋巡りたい!」
「もう昼だぜ? まずは飯だろ-」
フェイバルはエンティスに同意した。
「それもそうだな。とりあえず腹ごしらえだ」
「えぇー……でもまぁ時間はあるんだし、いっか」
三人は生憎の雨の中、昼食を求め店を探した。皆もれなく土地勘が無いが為に、闇雲にも賑やかそうな一帯を目指すほかない。
道中でふとエンティスが呟く。
「……なあクアナ。その傘もう一個作ってくんね?」
「いいけど、冷たいよ? あとちょっと重い…… フェイバルも要る?」
「いや、俺はいいや。服なら魔法で乾かせる」
「そっかー、相変わらずどこまでも便利な魔法ね」
クアナ片手間で魔法陣を展開した。そこからは、瞬く間にしてお望みの品を創造してみせる。
「はいエンティス。私のよりも、ちょっと大きめにしてみました」
「あんがとよ。ちべた……」
グリモンの、とある繁華街にて。老人と少女は、雨でも活気の絶えぬ賑やかな街を往く。
両目を覆うように包帯を巻いた少女は、老人に手を繋がれて歩を進めた。まるで執事のような装いをしたその老人は、少女を気遣うように、傘を差しながら少し前を進む。
老人は少女へ、優しく語り掛けた。
「レイシュさん。グリモンはどうですか?」
「……知らない匂いがする。それに、音がうるさい。足音も、話し声も」
「……そうですか。まだこの街へ慣れるのに時間は掛かるかもしれませんが、全ては塔主様からの使命を果たす為です。私たちにしか出来ないことなのですから」
「ええ。分かってる。塔主様もパルケードさんも、私の恩人だから。私はここで、天使としての使命を果たすの」
レイシュという少女は、年齢の割に落ち着いた声色で応答した。パルケードはその凜々しき返答に微笑むと、優しく彼女を案じる。
「目の調子は、いかがですか?」
「まだ少し違和感はあるけど、大丈夫」
煌めきの理想郷の三人は、たまたま目に留まった大衆食堂へと押し入る。テーブルの席に腰掛けて注文を済ませれば、また普段と変わらぬ団欒が始まった。
「うわ、エンティスのそれ美味しそう」
エンティスはクアナの注意を惹いたその料理について、饒舌に語り始める。
「こいつはハミル貝の酒蒸し。意外と上品な味するぜ」
「へー。あんま王都じゃ見ない食材だね」
「ちなみに大盛りだ」
「それは知ってる。だってエンティスさ、ロベリアからの招待で出席した公の宴会でも、使用人さんに大盛りを要求してたじゃん。自分で食べたい量取りに行くスタイルの宴会だったのに」
「当たり前じゃねーの。俺が食事するときは、自分からどこかへ食べ物を取りに行く暇なんて無い。その場で食わねーと、効率悪いだろ」
フェイバルもその日を思い返して呟いた。
「そういえばあの日、ロベリアも酒で潰れて散々だったな。エンティスもだが、あいつもあいつだ。というか、俺にはエンティスより迷惑掛けてたように見えたぜ」
クアナはロベリアを想う。
「ロベリア、元気かなぁ。やっぱり忙しいみたいだけど、フェイバルは最近会ってないの?」
「会ってねーな。最近は大きな国選依頼も無いし、会議で顔合わせることもないんだわ」
エンティスは口を挟んだ。
「なーに。ロベリアなら大丈夫だろ。勉強も魔法も料理も気遣いも出世も、何だって出来ちまう女だ」
「お前はまんまとロベリアに餌付けされてるんだな」
「あいつの手料理、半端ないぜ……トんじまうかと思ったよ」
「なんだそれ」
「あれはぜってー良い母親になる」
「……まーおおむね同意するが、酒さえ飲まなければ、だ」
「ふふっ」
クアナは二人のやりとりをみて微笑んだ。
「パーティ組んでもう五年になるけど、やっぱみんな変わらないね。でもそれが良いや」
フェイバルとエンティスは一瞬ばかり目を合わせる。そこには自然と笑みが零れた。
駆け出しで稼ぎに困った時期でも、彼らは笑って過ごした。どれほど過酷な依頼であろうとも、この笑顔の為に乗り越えてきた。それは大陸最強の魔導師パーティを謳われるまでに成長した今も、何一つ変わらない。
No.34 煌めきの理想郷 (ステトピア)
フェイバル=リートハイトをリーダーとする、かつて大陸最強を謳われた魔導師パーティ。構成員はフェイバル=リートハイト、エンティス=インベンソン、クアナ=ロビッツ。現・作戦騎士団第三師団長であるロベリア=モンドハンガンも一員であったが、フェイバルが国選魔導師を志すにあたって、自らがその推薦者となるべく離脱した。