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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第3章 ~革命の塔編①~
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33.提言制度

 激動の一日から、早くも数日が経過した。時の流れとは不思議なもので、あれほど陰鬱だった玲奈の心境も、少しずつではあるが和らいでいく。また前を向きつつある彼女は、久しぶりにギルド書庫へ向かおうとベッドから起き上がった。ふと窓の奥を眺めれば、あの日と同じ雲一つ無い快晴が広がる。これほどご機嫌な空であれば、自然と外出する意欲も湧いてくるものだ。

 そのとき玲奈は、ふとあることを思い出した。

 「そういえば……あの日みた夢って……予知夢……だったのかな……」

 その後の出来事が衝撃的過ぎたからだろう、あの日見た妙に現実感のある夢のことを、すっかりと忘れてしまっていた。それでも今頃になって考え込んだところで、それを解消する手段など見当たるはずもない。深く考えるのはやめておいた。




 玲奈は毎晩恒例の魔法練習に使う桶を持つと、一階へ降りた。寝起きの姿をフェイバルに見られることに対して抵抗が無くなりつつある彼女は、目を擦って欠伸をしながら居間の扉を開く。

 ただその日の玲奈は不運だった。そこにあったのは、ある客人の姿。

 「あらレーナちゃん、おはよう~」

 朗らかな挨拶を送ったのは、ロベリア=モンドハンガン。王国騎士団第三師団の長を務める逞しき女性である。

 玲奈はその珍客に肝を冷やした。睡魔は一瞬にして吹き飛び、自身がお堅い秘書という立場にあることを思い出す。

 「おぉ、おはようございます! すいません! い、今着替えてきますから! あとお茶もお出ししますのでぇ!」

慌てた様子で支度を始める玲奈を嘲笑いながらフェイバルは呟いた。

 「おーい、早くしろよぉ。秘書なら客人くらいもてなせもてなせー」

ロベリアがソファーで寝そべるフェイバルの額に手刀を打ち込む。

 「あんたも私が来るまでそこで寝てたでしょうが」




 僅か数分後。玲奈は凄まじい速さで着替えを済まし諸々の準備を終えると、茶を出して二人の元へ戻った。

 「ロベリアさん、ほんとごめんなさい……お待たせしてしまいましてっ……」

 「大丈夫よレーナちゃん。どうせフェイバルが教えてなかったんでしょう? 今日私がここに来るってこと」

ロベリアには、全てお見通しだった。玲奈はそれに安堵する。

 「そーですそーなのそーなんです。酷いですよねまったく!?」

 「それがフェイバルだからね。どーしようもないのよ」

そしてロベリアは本題へ移るべく、玲奈へある文書を差し出した。

 「とにかく今日私がここへ来たのは……というかフェイバルに呼ばれたのは、個人的にこの話をする為。公務じゃないから、そう畏まらずにね」

 「そ、そう言いましても……」

玲奈はまだ謙遜を引きずりながらも、その書類へ視線を落とす。

 「えぇと、提言書?」

 「そう、提言書。これね、あなたのボスが送ってきたのよ」

 「え!? フェイバルさんが!? こんな難しそうなものを!?」

 「そう。私も目を疑ったわよ。こんなの初めてなんだから」

フェイバルは頭を掻いた。

 「あのさぁ。お前ら俺のこと獣かなんかだと思ってんの?」

ロベリアはその問いにノーコメントのまま、玲奈に提言書なるものの説明を始める。

 「国選魔導師というのは言い換えれば、国からの重要任務を請け負う受託人。だけど国選魔道師は、推薦者の騎士に作戦の提言をする権利を持っているの」

 「例えば国選魔導師が単独では解決不可能な問題だったり、そこまでいかなくとも相応の危険が生じる可能性があると判断したときには、国選魔道師本人がこういった文書で騎士団へその旨を提言することが出来る。結局現場に立つのは魔導師だし、良からぬ事を企む輩を発見することについては、騎士よりも得意だったりするのよね」

 「なるほど。確かにそうかも、です」

 「まあ今回に関しては、私もある程度何の話か予想はついてるの。とにかく、フェイバルの話を聞きましょうか」

ロベリアがフェイバルへと視線を送ると、フェイバルは口を開いた。

 「俺が提言するのは、反政府組織・革命の塔の殲滅作戦。ロベリア、お前も洗脳魔法の件は聞いてんだろ?」

 「ええ。報告書からは、誘惑魔法の完全上位種に位置する危険な魔法が観測されたと聞いているわ」

 「きっとお前ら騎士のことだから、いずれは革命の塔についての作戦も準備するんだろうが、俺は早急の対応が必要だと考える。だからわざわざ公文書作ってまでお前らを急かした」

 「ええ。きっとそれは、意味のある行動だったわね。今騎士団は一つ大きな国選依頼を抱えているから、正直なところ革命の塔を危惧する者は少ないように思うわ」

 「そうか。なら良かった」

そのときロベリアは含みのある笑みを浮かべる。

 「それで私を呼んだってことは、まだ何かあるのよね?」

玲奈は彼女の言葉の意図が分からず、視線を行き来させた。フェイバルは一呼吸置くと、その重たい口を開く。

 「悪い、ロベリア。お前が長らく俺に聞いてこなかったのは……配慮だったんだよな」

 「と、言いますと?」

 「話すには良い機会だと思った。いや、俺が話さなきゃならねぇ。ギルド魔導師として真っ当に生きた俺が、一度死んだその日のことを」

玲奈にはまだ分からなかったが、ロベリアは理解したようだった。朗らかだった彼女の顔は、少しだけ強ばる。




「――魔導師パーティ・煌めきの理想郷(ステトピア)が終わった日。クアナ=ロビッツが死んだ日のことだ」




ロベリアは少しばかり動揺しながらも尋ねた。

 「……良い機会って、言ったわよね」

 「ああ、言った。先に脱退したお前は、まだ詳しいこと知らなかっただろう。あの日の出来事は、確実に革命の塔と関係している」

フェイバルは俯くとそのまま語り始める。それは全てを失った日の真相について。




 時は三年前に遡る。ギルド・ギノバスには、王都中の魔導師が目標とするほどの注目を浴びる、一つの魔導師パーティが存在した。名は、煌めきの理想郷(ステトピア)

 ある朝、ギルドの扉は勢いよく開かれる。現れたのは、三人の才能触れる魔導師たちだった。

 短い栗毛を尖らせた小太りの男の名は、エンティス=インベンソン。背中に担いだ二丁の巨大な魔法銃は、彼のトレードマーク。

 どことなく玲奈に似た容姿を持つ小柄な女性魔導師の名は、クアナ=ロビッツ。華奢な姿からは想像もつかぬ強大な魔法から、世は彼女を極冠の巫女と呼んだ。

 そしてその二人を従える者こそ、若き日の恒帝・フェイバル=リートハイト。当時既に国選魔導師へ就任していた彼は粒ぞろいの面々を従え、通常のギルド依頼にも精を出していた。

 「――おい、あれ煌めき理想郷(ステトピア)じゃねーか」

 「――すげ。本物じゃん」

 「――国選魔導師がリーダーだとよ。もうあのパーティにこなせない依頼なんて無えだろーなぁ」

 比較的人が少ない朝でも、ギルドは騒々しくなる。そんな喧騒にも慣れた彼らは、特にそれを気に留めずギルド食堂のテーブル席へ腰を下ろした。各々がお気に入りのメニューを選ぶと、そこからはゆるりと雑談が始まる。最強を謳われる魔導師パーティであろうと、そこに厳かな雰囲気は微塵も無い。

 「さ、今日もサクッと依頼こなしてこうぜ」

 三年前のフェイバルは、今よりも少し声色が明るい。

 「……えぇっと、今日は確か王都(ここ)からグリモンまでの貨物車護送だったな。うお……王都からこんなに離れてんのか」

エンティスはただ一人、膨大な量の朝食を前にして呟く。他の二人にとってそれはもう見慣れたものなので、いまさら言及することはなかった。

 クアナはフェイバルに迫る。

 「ねえねえフェイバル! 護送が終わったらさ、グリモンを少し散策していい? グリモンは魔導書の出版が有名でさ、王都じゃ見かけない魔導書があるかもなの! だからお願いっ!!」

 「いいんじゃねーの。せっかくの遠出だし、少しくらい遊んでもバチは当たらねーよ。それに今日は国からの依頼じゃねーから、予定に融通も利かせられるしな」

 「やったぜ!」

クアナは拳を握る。その傍でエンティスもまた、現地に着いてからの予定を直ぐに決めた様子だった。

 「そんじゃあ俺は、グリモンのレストランを空っぽにしてやることにしよう」

 「あらあら。そりゃー災難なこった」

 「グリモンの料理人が可哀想だね……」




 そして賑やかな朝食も束の間、彼らは遂に依頼へと向き合う。ふとクアナは時計を確認した。

 「さ、そろそろ時間ね。依頼人のとこへ行こーか」

三人は立ち上がる。煌めきの理想郷(ステトピア)の一日が始まった。

No.33 提言制度


国選魔導師と作戦騎士団は、重大事件の解決に向けて共同作戦を行う契約関係にある。通常、作戦の発令は国選依頼書によって騎士から国選魔導師へ一方的に通達されるが、その例外として提言制度が設けられている。国選魔導師はこの制度に則り、大陸へ危機をもたらす可能性が予見される事案を騎士へ提言することで、国選依頼を前提とした調査の請求を行うことが出来る。

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