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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第3章 ~革命の塔編①~
33/203

31.生存者

 三人の魔道師は、ただ呆然と少女の亡骸を眺める。それが何者かによる口封じであることは、居合わせた誰の目にも明らかだった。

 沈黙の中、玲奈はふと歩み出す。向かう先は少女の亡骸。せめて目隠しを外してやろうと、少女の顔へゆっくり手を伸ばす。

 あどけない顔つきの少女は、まるで魂が抜かれたように目を開いたまま旅立っていた。玲奈はそっと優しく、その瞼を閉ざしてやる。それでも久しい光ある世界は、もう少女に届かない。

 「ごめんね……」

 聞こえていなくとも、玲奈は呟く。顔を見合わせたばかりの名も知らぬ少女であろうとも、その結末はあまりに虚しい。

 悲壮、後悔。負の感情が玲奈を巡る。そしてそこに名を連ねるように、まだ知らぬ感情がこみ上げた。

 「こんな小さな子に……こんなことするなんて。許せない……許せない……!」

復讐への渇望。彼女が抱いたのは、紛れない殺意だった。




 古びた要塞にて。暗い通路が続く中、ツィーニアは襲いくる魔道師たちを殲滅する。

 左の肩に担いだ巨大な魔法大剣・ヘルボルグは、包帯に覆われたまま眠り続ける。対して右手に握られた魔法剣・ヘブンボルグは、現れる敵を次々に両断した。周囲に散らばるのは、切断された頸。そして四肢を欠損した胴体。

 「……こんな僻地に、よくこれだけの人を詰め込んだものね」

冷徹な目をしたその女は躊躇いもせず、血溜まりと人間の部品で埋め尽くされた通路を進んだ。

 そしてツィーニアは、最高階層である三階へと辿り着く。そのフロアは劣化が著しく、欠けた壁面からは陽の光が差し込んだ。今にも崩れそうな足場や抜け落ちた天井は、もはやこの建物が雨風を凌ぐに至らない。それに伴ってか、人の気配もまた極端に減った。

 とある角を曲がったとき、ツィーニアは足を止める。彼女の視線に移ったのは、隅で座り込んだ女の姿。明るい色の赤毛を乱したその女は、振り返ってツィーニアの姿を見るなり酷く怯えた。

 「じ、刃天様……!?」 

 要塞に入ってから会話の出来る人間と遭遇したのは初めてだった。そこにある可能性を見い出したツィーニアは、女の振える声に耳を傾けることなく、ただその魔道師へ顔を近付ける。それは瞳の魔法陣の有無を確認する為の動作だったのだが、そんな事情を知らない女は取り乱した。

 「ひゃっ! な、何ですか……?」

ツィーニアはその悲鳴を気にせず呟く。

 「魔法が行使されてない……いや、解けたの?」

そこから彼女は事情を探るべく、端的な質問を始めた。

 「あんた、所属ギルドは?」

 「ギ、ギルド・ギノバスです……」

 「そう。ここに来るまでの記憶は?」

 「確か何かの依頼を一人で受けようとして……そこからは何も……」

 「そう、分かったわ。あんたは運が良いのね」

 「……え?」

 「あんたは多分、今まで何かしらの魔法を行使されていた。恐らくは、誘惑魔法と似た何か。その魔法が解けてなかったら、あんたも今頃バラバラになってた」

その話を聞いた女の顔は、みるみると青ざめた。

 ふとしてツィーニアは、一人の生き残りの腕を掴んで立ち上がらせる。

 「さ、出るわよ。あんたには、まだもう少し話を聞かなくちゃ」

 「は、はい……」

そして二人は、要塞からの帰還を目指した。




 「――着きました! ここです!」

 ロベリア率いる第三師団第一部隊は、ようやく現場へと到着した。そこでまず彼らの目に映るのは、乗り捨てられた一台の魔力駆動車。そして積み重なる大岩の数々。その異様な光景は、激しい魔法戦闘が起こった事実を刻々と示した。

 「こりゃまた、派手にやったみたいね……」

現地に居合わせた騎士から連絡が途絶えたあたりから、もうこの平野が凄惨な事件現場へと豹変したことは覚悟出来ている。ロベリアは怯むことなく指示を飛ばした。

 「とにかく、まずはあの車両を確認。それから生存者の捜索よ」

騎士たちは威勢の良い返事と共に散開した。




 「――こちらです、師団長」

 まもなくして現場では、あらゆる痕跡が確認され始める。騎士の知らせを受けたロベリアが最初に目にしたものは、第三天導師・ジェーマ=チューヘルの亡骸だった。

 「……この火傷、絶対にフェイバルの魔法だわ。それにこいつの顔、確か指名手配中だったはず」

傍の騎士は呟く。

 「確か名は、ジェーマ=チューヘル。ある反政府組織との繋がりが噂されていた男です」

 「反政府組織……そんなのがどうして都外に一人で……」

限られた情報で現状が把握出来ない中、僅かながらの吉報もまた伝えられた。

 「――師団長! こっちに二名の生存者が!!」

 「え? ほ、ほんとに!?」




 騎士たちはその生存者を車両の傍へ運び、応急処置へと当たる。治癒魔法に覚えのある騎士が応対する最中(さなか)、丁度ロベリアはジェーマの元からそこへ帰還した。

 彼女は居合わせる騎士数名へ問い掛ける。

 「みんなご苦労様。生存者の方は、お話出来る元気くらいあるかしら?」

 「……はい。二人とも外傷については命に関わらないのですが……」

その騎士の言葉は、何か濁すような言い回しだった。ロベリアはそれを直接確かめるべく、(くだん)の生存者の傍に立つ。

 座り込む生存者の男に合わせて姿勢を低くしたロベリアは、その彼へ声を掛けた。

 「……端的に聞きます。ここへ来た経緯は?」

 「――俺は確か一人で依頼を受けようとして……それで……駄目だ。思い出せねぇ……」

 意識を取り戻したゼストルは、自身がギルド依頼でここへ来たことも、フェイバルと事を構えたことまでもを忘却していた。洗脳魔法なるものが解除されていたことは唯一の救いだったが、その解除が術者である少女の死をもって為されたということは、まだ誰も知らない。

 「……なるほど、記憶が混濁していると。困ったわね……」

 頭を抱えたロベリアは、もう一人の生存者に望みを託す。それは貨物車の運転を任されていた、例の男。その男もまた、ジェーマが二度目に行使した岩魔法・流星(メテオ)を運良く逃れ生きながらえたのだった。

 ロベリアはその男にも同じ質問を試す。

 「あなたは? ここに来るまでの記憶はある?」

 「俺はギルドに入りたてで……それで経験を積もうと、初めて一人で依頼を受けたんです。でもそこから先のことは……何も……」

 「そう。うーん……イマイチ状況が掴めないわね」

謎は深まり続ける。二名の生存者と、ジェーマ=チューヘル。そしてそこへ関与した、フェイバル=リートハイトたち。状況はまさに、複雑怪奇であった。

 そんなときロベリアの元へ近付いた騎士は、新たな情報を伝える。その男は、岩の山で生存者の捜索に当たっていた騎士の一人だった。

 「……西検問を担当していた第一一部隊、全員の殉職を確認いたしました。皆、大岩の下敷きになっており、遺体の回収は難しそうです……」

 「……そう」

ロベリアは一瞬苦い表情を浮かべる。やはり叶わなかった。

 「……総員をここに集めて。この場の騎士全員をもって、彼らの価値ある死を讃えます」




 同刻。フェイバルとジェーマの戦闘現場から遠ざかる、一台の魔力駆動車。後部座席に座る男は、通信魔法具で言葉を交わした。

 「塔主様や、命令通り天罰を執行しましたぜ。これで天使が情報を漏らすことはありませんとも」

 「ああ、ありがとう。洗脳魔法に関する情報をこれ以上漏洩することは、まだ好ましくない。王国騎士団や国選魔道師を相手取るには、まだ時間が必要だ」

 「ああそれと、やっぱジェーマさんは駄目だった。三年前のパルケードさんの次は、ジェーマさんが……」

 「ジェーマが担当したギノバス付近での天使作戦は、最も危険な任務だった。何せ王都には王国騎士団に国選魔道師、二つの最高戦力があるのだから。彼の尽力は、実に素晴らしかったよ」

 「正直俺は結構悲しいよ。あの人は確かに、俺たちの理解者だった」

 「私も残念だよ。でも、これ以上の無駄話は後だ。目立たぬように孤児院へ戻ってくれ。勿論、その物騒な銃は誰の目にも触れぬようにね」

 「わかってる。それじゃあ」

狙撃手の男は通信魔法具の魔法陣を閉じた。束の間、運転手の女性が狙撃手へと話し掛ける。

 「なんだか、思ったより寂しそうですね」

 「なんだよ。お前は寂しくないのかよ」

 「寂しいですよ。ただ私は、あまり彼と話したことが無かったので」

No.31 魔法剣


魔力を纏わすことの出来る刃を持った刀剣の総称。魔力を纏った刀身を振るえば、魔力の斬撃を飛ばすことが出来る。通常の剣のほか大剣型や槍型、短剣型まで様々な種類が市場へと出回っている。

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