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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第3章 ~革命の塔編①~
32/203

30.天罰

 玲奈は恐る恐るフェイバルへと尋ねる。

 「この人……死んだんです?」

 「ご覧の通りだ」

たとえそれが悪人であろうと、同じ人間の死には変わりない。玲奈が抱いたのは、ただただ複雑な心境だった。

 そんなときフェイバルはふと口を開く。人の死に慣れた彼は、もう事の先を見据えていた。

 「こいつの言ったことが確かなら、洗脳魔法とかいうものの使い手はこいつ自身じゃなくて、また別の人間だ」

玲奈は事態を整理すべく現状を確認する。

 「ゼストルって人がその魔法を行使されて、それで多分、運転手の人も同じ魔法を行使されていたんですよね?」

 「そうだな。人間にしちゃあ、随分と従順過ぎる」

 「でもゼストルさんは、さっきギルドを出たばかり。そこから今に至るまでの間で洗脳魔法が行使されたとしたら……」

 「ああ。時系列的に考えれば、あいつが貨物車に乗りこんでから降りるまで。その間だけだ」

結論を導き出した二人の視線は、自然と一箇所へ集う。

 「……洗脳魔導師は、あそこに居るはずだ」




 そこから二人は、迷うことなく貨物車の荷台まで足を運んだ。フェイバルは躊躇わず荷台の扉に手を掛けるが、そのとき彼はふとして呟く。

 「俺が知ってる中で洗脳魔法に最も近い魔法、それは誘惑魔法だ」

 「誘惑魔法……ヴァレンちゃんの使う魔法ですね」

 「……ちゃん? いつの間にそんな仲良くなったんだ、お前ら」

 「それは今関係ないですから、あとで!」

妙に空気が緩みかけたが、玲奈の一喝で男はまた話の本筋へと復帰する。

 「誘惑魔法ってのはちと特殊で、術者の目を介して効果が発動する。それも知ってるな」

 「はい。存じ上げていますとも」

 「これは仮説だが、洗脳魔法の発動条件もそれに近しい方法である可能性が高い。つまりこの中に術者が居たとして、ふとそいつと目が合えばゲームオーバー……なんてことも考えられなくはねえってことだ」

 「な……なるほど」

 「いいかレーナ、中に居る奴の目を見るな。たとえ魔法で攻撃されてもだ」

 「わ、分かりました……!」

 そんな忠告も束の間、フェイバルは荷台の扉を開ける。二人はその中で待つ者が奇襲に出ることを想定し、警戒を怠らずに戦闘へ備えた。たとえ視界は無くとも、漂う魔力だけを頼りに攻撃を回避する。リスクは高くとも、それが最善策であった。

 しかしながらその張り詰めた空気は、荷台の奥からの一声で払拭される。

 「だ……誰ですか……」

二人の耳へ差し込んだのは、弱々しい少女の声。若干の震えを帯びている様子からは、相当な怯えが窺える。

 それでもフェイバルは油断することなく、強い語気で尋ねた。

 「動くな。少しでも足音が聞こえたら、即刻攻撃する」

 「……え……ええっと……」

 慌てた少女は、物音を上げた。フェイバルは咄嗟に腕を伸ばすが、魔法陣を展開する直前でその手は止まる。彼の耳に届いた音は、少女の足音とまるで異なる、鈍重な金属の擦れる音。

 「……私はその……拘束されてるので動けなくて」

フェイバルは少し考え込むと、やや語気を鎮めて尋ねる。

 「まあ嘘つかれてたら意味ないんだけど……目は覆われてるか?」

 「……はい。魔法を使うとき意外はずっと……目隠しをされています」

予想通りの回答だった。そしてフェイバルは悩んだ挙句、玲奈にある指示を下す。

 「レーナ、ちょっと見てきてくんね?」

 「は!?!? 私が操られたらどうするんですか!! わ、私は捨て駒ですか!?!?」

 「ちげーって! 俺が操られるよりはマシだって――」

 「捨て駒じゃないですか!! それを捨て駒というんです!!」

二人は己の足元に視界を落としたまま言い争う。はたから見ればどれほど滑稽な様子だろうか。

 「そういうんじゃねーよ! 考えてみろ! 俺が操られたらどーなるよ!?」

 「それは、えーと……」

 「最悪の場合、お前は操られて俺に敵対する。それでも俺は最小限の措置で、お前を制止できる。でも逆は無理。だろ!?」

 「ええと、それはその、すいませんでした」

二人は一息ついて少しばかり気を休めた。とはいえ玲奈が頼まれたことは、ある種の賭け。気が休まる余裕など、どこにもありはしない。

 それでも玲奈が一歩道を開かなければ、もう何も進展しないことは確か。ここは勝負所だろうと、玲奈は一歩前へ出た。

 「……ああもう、やります。やりますよ。やるしかないですもんね……!」

 「わりーな。これが最善の策なんだ」

玲奈は荷台に右膝を突くと、そこをゆっくりとよじ登る。立ち上がって膝を軽く払えば、意を決して暗い荷台を進んだ。

 先が暗いせいで相当な奥行きがあるものと錯覚していたが、足を止めるタイミングは直ぐに訪れた。玲奈の見たもの、それは太い鎖と金属の椅子で厳重に拘束された少女の姿。少女の返答は真実であったようで、言葉どおりに目隠しがされていた。

 「うぅ、嘘じゃなかったあ……! ああもう怖かったよぉ……」

 玲奈は思わず心の声が漏れる。少女はその砕けた空気感へ流されるようにして呟いた。

 「あ、あなたたちに……嘘をつく義理なんてないです」




 フェイバルが合流すると、男はまずその少女へ事の経緯を明かした。

 「俺らは魔道師なんだが、まーいろいろあってだな……とにかく偽の依頼を追ってここに辿り着いた。さっきは脅しちまったが、敵じゃねーから安心してくれ」

 「そ、そんなこと……あるわけ……」

怯える少女へ、玲奈は優しく声を掛ける。

 「もう悪い人はもう居ないから。大丈夫だよ」

そして彼女はそのまま少女へと近付こうとするが、フェイバルは肩を掴んでそれを制止した。

 「だがすまねぇな、嬢ちゃん。俺たちの手でその拘束を解いてやることは、まだ出来ない」

フェイバルの徹底的な危険排除に、玲奈が口出しできる余地は無い。心苦しくはあるが、玲奈は彼の判断に従った。

 フェイバルはふと玲奈の肩から手を外す。すると彼は、ふらりと明るい方へ引き返した。少女との会話を突然切り上げる意図が分からず、玲奈は振り返って尋ねる。

 「……フェイバルさん、どちらへ?」

 「この車で本拠地まで乗り込む。その嬢ちゃんからいろいろ聞き出すのは、それからだ」

 「本拠地? そんなのどこに……?」

 「ジェーマ=チューヘルは同じ手口を使い、相当な数の操り人形を溜め込んでると見た。この辺りは近辺都市からも距離があって目立たねーし、人形を詰めとくには絶好の立地なんだわ」

フェイバルは続ける。

 「それに幸い、道に逸れたところ随分と分かりやすい(わだち)がある。こいつを辿れば直ぐだろうよ。さ、お前も早く運転席来い」

こういうときのフェイバルは鋭い。それを知る玲奈だからこそ、その突拍子も無い発言に身を任せた。

 「……分かりました」

そして荷台を後にするとき、ふと玲奈は少女へ声を掛ける。

 「もう少しだけ我慢してね。安心して。私たちが守るから……」




 フェイバルは運転席へ、玲奈はその横の助手席へと乗り込む。ここで彼女には、とある疑問が浮かんだ。

 「……そういえばフェイバルさんって、こういう大きい車とか運転できるんです? 何か別の、特殊な免許とか要りそうですけど……?」

 「それ、今更聞くか?」

これ以上聞くのはもはや無粋だと思った玲奈は、言及するのをやめておいた。

 そしてフェイバルは傷だらけの腕でハンドルを握り、車両へ魔力を充填し始める。轟音が鳴ってから暫し経てば、車は音を立てながら前進した。

 「クソ! パンクしてやがる!!」

 「フェイバルさん、それはあなたの指示です」




 整備の行き届かぬ悪路ゆえ、車は酷く揺れた。ただそれでも道無き道を進めば、見立てどおり直ぐに疑惑の建造物が現れる。

 頑丈そうな石造りの構造ながらも、そこは蔦や草木が壁面を豪快に包み込む。見たところ、相当の年期が入っていらしい。

 フェイバルは少し離れた場所に車を停めた。玲奈は都外に残された建物を初めて目撃し、そこでふと尋ねる。

 「フェイバルさん、これってどういう建物でしょうか?」

 「恐らくは、大陸戦争の遺物ってところだろーな。これだけ堅牢そうなら、どっかの国の前哨基地だろうか」

 「へえ……風化せず綺麗に残ってるものなんですね」

 「誰も使わねーから、消耗しねーんだろうな」

雑談はさておき、二人は車を降りた。その瞬間、若干緩みつつあった空気が一気に引き締まる。二人の鼻を襲ったのは、血生臭い匂い。さほど実戦経験の無い玲奈でさえ、ここで悍ましい出来事があったことを察知出来る。

 「ううっ……何ですかこの匂い……」

 そして玲奈は、ふと古びた要塞の入り口付近に視線を向けた。すると運悪く、彼女はそこで随分と刺激的なものを目撃する。要塞前の高い塀のすぐ傍、力無く横たわるのは二つの死体。そのどちらも、首から上にあるべきものが付いていない。死体の頭部は、寸分の波打ちも無い断面で完全に切断されていた。

 玲奈は反射的に視線を逸らし、吐き気を抑え込む。フェイバルは頭を掻いて呟いた。

 「……こんな真似できんのはあいつだけだ。んだよ、国選依頼出てたのか」

 そのとき要塞を囲う塀からは、ある青年が姿を現す。腰に日本刀のような剣を差す青年はこちらに気付くと、駆け足で接近した。

 「……恒帝殿とお見受けします。どうしてこちらへ?」

 「どうしてって、ギルドに妙な依頼が来てだな。それを追ってたら、こんなとこに来ちまった。そんで、お前の師匠サマはお仕事中か?」

青年は要塞を指さす。

 「師匠はあの中です。突入してからもう三分経ちましたが、まだ戻ってきません。どうやらこの建物は歴史的に価値があるらしく、ギノバス政府が保護対象に指定しているようでして、師匠も下手に大剣が振るえないのです。建物ごと両断するとまた大事(おおごと)ですし……」

 「なるほど。まったく律儀な奴だな」




 同刻。そこはつい先程フェイバルとジェーマの魔法戦闘を行われた、都外のある道外れ。人為的に造り出された岩山の少し離れには、一台の魔力駆動車が停車した。

 「――ホーブル、ここでいい?」

 「――ああばっちりだ、カルノ。さあ、さっさとお仕事済ませましょーや」

 後部座席に座る黒眼鏡の男は呑気な声を零しながらも、巨大な銃を取り出し、それを慣れた様子で構える。スコープを覗き込むと、そこに魔法陣が展開された。遠くの対象を狙う際に重宝される照準魔法具は、拡大鏡の役割のみならず生物のシルエットを透視する。

 男は呟いた。

 「……塔主からの命を預かっている」

照準魔法具の先に映るのは遙か遠く。そして視界が絞られ辿り着いたのは、ある魔力駆動貨物車。荷台を透視したその先、拘束された少女のシルエット。遮蔽のない平坦な土地に、男の銃口を邪魔するものは無い。

 「……天使・カシアちゃんよ、天罰の時間だ」

男の銃からは、凶弾が放たれた。




 そこからそう時を経たずして、貨物車からは乾いた破裂音が鳴り響く。フェイバルらは音の方向へと振り返るが、そのときにはもう手遅れだった。

 「クソ――!!」

 フェイバルは若干取り乱しつつも走り出す。玲奈と青年もそれに続いた。

 荷台後方の扉に刻まれたのは、そこに弾丸が通過したであろう一つの風穴。すかさず扉を開けたが、広がるのはやはり最悪な光景だった。残されていたもの、それは心臓を真っ直ぐに撃ち抜かれた、少女の小さな亡骸。

 「……即死してます。この威力は、魔法狙撃銃ですね」

 「そうか。ならお前ら、一応警戒しとけ。まだ狙撃手はこっちを狙ってるかもだ」

フェイバルの警告も束の間に、青年の分析は続く。

 「ここは道路から外れた場所ですが、整備された道路からここまでには、特に遮蔽となる物もありません。大型の魔法狙撃銃であれば、十分に射程内でしょう」

 玲奈はただ唖然とする。幼い命が一切の慈悲無く、目の前で失われた。その残酷な事実は、あまりに受け入れ難い。

No.30 岩魔法


岩を発現させる魔法。魔法陣の色は黄土色。

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