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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第3章 ~革命の塔編①~
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29.天仰ぐ障壁

 フェイバルを包囲したのは、巨大な岩の数々。四方を塞がれた彼に残された抜け道はただ一つ、空であった。

 空からの脱出を図ったフェイバルは、見切り発車で飛び上がる。ただ周囲を包む岩は人間の飛躍力で越えられる高さを優に超えており、それゆえ彼は魔法陣を利用した。空中に展開した魔法陣を踏み台にすれば、彼の体はさらに高い地点へと到達する。

 そしてそこからもう一歩高い位置へ向かうべく、フェイバルはまた新たな魔法陣の展開を試みた。そんな最中(さなか)、彼の脱出劇は虚しくも幕を下ろす。彼を閉じ込める檻へ蓋をするように展開されたのは、巨大な黄土色の魔法陣。

 空中で敵の展開した魔法陣と衝突したフェイバルは、そのまま体勢を崩し地上へと落下する。残された唯一の出口は、ここで完全に封印された。

 ジェーマは事が目論見通り進んでいることを察して上機嫌に呟く。男はフェイバルが直接見えていなくとも、岩の中に閉じ込めた者の心理を完全に読み切っていた。

 「……岩の檻。私をつけ回す騎士や魔道師を幾度として葬ってきた戦術だ。さあ国選魔道師はどう脱する。教えてくれ……!」

そんな達観した独り言も束の間に、すかさずジェーマは両手を広げて新たな魔法を詠唱する。

 「岩魔法・弾丸(バレッド)……!」

 直後、フェイバルの頭上に展開された魔法陣からは、鋭い形状を成した岩の群れが降る。逃げ場の無い檻の中には、死の雨が注がれた。

 フェイバルは素直に敵を称賛する。

 「……離れた場所からこれほどの魔法を放つか。遠隔魔法陣とは厄介なもんだ」

 遠隔魔法陣、それは術者と離れた位置に魔法陣を展開するという魔法陣展開術の一種。魔法陣の展開には魔力の集約を要するために、術者は魔法陣の展開位置が遠くなればなるほど、より繊細で巧妙な魔力操作を要する。しかしながらその技術を懸命に磨き続けたジェーマは、こうして遠方からフェイバルを封じ込めることに成功したのだった。

 ただ歴戦の国選魔導師は、その技術を目にしようとも臆しない。フェイバルの選んだ魔法は、熱魔法・装甲(アーマー)。男の全身は、瞬く間にして熱に包まれてゆく。

 刹那、フェイバルは遂に降り注ぐ岩の弾丸と接触した。纏った高熱の鎧は岩の弾丸を溶解させて威力を殺すものの、それでも腕や肩に命中した弾丸が着実にフェイバルの肉体を斬りつけてゆく。それは最善の策ではあったが、完全の策には至らなかった。

 「まあ想定内だ。しゃーないよな」

 ただフェイバルは、この期に及んでも冷静を貫く。彼は次の策に出るべく、ある岩の方を向いて体勢を下げた。

 「空からも出してもらえねーなら、もうこっちしかないわな」

 そしてフェイバルは腕を顔の前で交差させ防御姿勢を保ちつつ、その壁へ躊躇わずに突進した。一筋の眩い恒星は、頑強な岩肌を持つ巨大な惑星へと衝突する。

 本来であるなら、強化魔法の無い人間は屈強な岩の前に無力。だがその男には、熱魔法がある。放たれる強烈な熱は岩の壁に高温と圧力を加え、それを徐々に溶解させた。

 「よっこいしょおぉ――!!!」

 古風な掛け声と共に、フェイバルは全体重を岩壁へ押し込む。国選魔導師の発する魔力とは恐ろしいもので、分厚い岩壁は大きな音と共に口を割った。

 勢いのままにファイバルは、岩の破片と共に檻の外へと飛び出す。そしてその勢いを殺すことなく、驚きと喜びの表情を浮かべるジェーマへとキュ急接近した。

 「素晴らしい……素晴らしい! 素晴らしい!! 魔法とはやはり偉大だ!! 世の全てを可能にしてくれる!!」

 ジェーマは防御する様子も見せぬまま、高熱を纏ったフェイバルの突進を受け入れる。まだ防御魔法陣が間に合う猶予があったかもしれない。それでも男は、魔法の偉大さを全霊で表現することを選んだのだった。

 フェイバルの突進は、遂にジェーマを穿つ。吹き飛ばされて空中を無気力に舞う男の肉体は、そこで爛れて煙を上げた。そしてその体が地面へ落ちたとき、また小さく砂埃が舞い上がる。

 フェイバルは魔法を解除すると、ゆっくりと後方を振り返る。暫しの間、地面に伏したその男の見つめた。動く素振りを見せないことを確認すると、そこで彼は通信魔法具を繋ぐ。

 「レーナ、終わりだ。戻ってこーい」




 ――時は遡り二〇年前。舞台は、ギノバス王立魔法学校。そこは現在もなお、その歴史を刻み続ける名門の魔法学校であった。

 キャンパスを一人歩くのは、眼鏡が良く似合う無垢な少年。齢は一五。魔法によって入学試験が行われるこの学校では、今期最年少の合格者であった。

 魔法に充実した日々、それは突如として崩れ去った。神童の前に並んだのは、頭を下げる彼の両親。

 「ごめんね……ジェーマ」

涙ながらに絞り出されたその謝罪は、彼の頭に深く染み付いた。ジェーマ=チューヘルの魔道に立ち塞がったのは、紛れない貧困であったのだ。そして神童はその才能が開花する未来を絶たれ、名門学校を中退した。

 時が流れようと、彼は荒んだ心は癒えない。

 「……生活も、家も。物も、出会いも、学びも。ただ貧しいというだけで、その全て奪われた」

 「……ならん。弱者を弱者たらしめるのは、政治だ。私は当事者として声を上げなければならない。同じ運命を辿る子が、この世界に生まれない為に」

そんな一抹の決意を抱いたとき、男は革命の塔なる組織を知った。




 フェイバルから一報を受けた玲奈は、生死を彷徨うジェーマのもとへ近付いた。フェイバルは全身に大火傷を負った状態で倒れ込むジェーマへ一歩歩み寄ると、冷淡に問いを投げかける。

 「お前、なんで諦めたんだ? 別に生身で受けること無かったろ」

ジェーマは掠れた声を紡ぐ。

 「感動……してしまったのだよ。良き魔導を、ありがとう」

フェイバルはその理解し難い死生観に目を背け、本質的な問いへと移った。

 「くたばる前に、知ってること全部話せ。革命の塔ってのは、一体何を企んでる?」

男は意外にも、直ぐに口を開いた。

 「貧富無き……真に平等な社会の構築。だがこれ以上は……話せない。我々にも……我々の正義があるのだから」

 「……」

フェイバルはそれ以上尋ねなかった。ジェーマは最期の力を振り絞るように、フェイバルへと尋ね返す。

 「君は……貧困を……何と心得る……?」

フェイバルは少し考え込んだ。その問いに答える義理など無かったが、彼は己の回答を餞別とした。

 「世の中の誰かが引き受けなきゃならねえ、酷く理不尽な壁だ。でも所詮、壁だ。何でも使えば乗り越えられる。そんな程度の障害だ」

 「……興味深い」

ジェーマは少しばかり口角を上げると、そのまま静かに息を引き取った。

 「……それに俺だって、ハズレくじ引いて乗り越えた側の人間だ」

フェイバルは付け足す。もう男に、そこ答えは届いていなかった。




 王国騎士団本部・第三師団棟通信室にて。通信係の騎士は、第三師団長・ロベリア=モンドハンガンの元へと駆けつける。

 「師団長! 西検問を突破した車両を追跡中の第一一部隊から、緊急信号です!」

 「ああぁもう! 何でウチの師団が検問当番のときに限ってこんな厄介事が……!」

ロベリアは一度頭を抱えるが、直ぐにすべきことを見い出して指示を飛ばす。

 「待機中の第一部隊にすぐ出動要請を! 装甲車も手配して!」

 「承知しました!」

ロベリアは愛銃を腰に携え、戦闘準備を整える。忙しなく動きながらも、ふと部下に質問した。

 「それで、車泥棒の人間の特徴は?」

 「人数は二人。一人は赤毛の男で、死んだ魚のような目をした男です。もう一人は茶髪の女で、女は傍の男を国選魔道師だと主張していました。紋章を持っていなかったようなので、きっと魔法で顔を似せた偽物が――」

ロベリアの動きが止まる。国選魔導師を装う手口は特に珍しいものでもないが、今回に限っては条件が揃い過ぎている。

 「……? あの、一応もっかい言ってみて?」

 「え? ええっとですね……人数は二人。一人は赤毛の男で――」

 「ご、ごめん。やっぱいい。それでその男は、あれ持ってなかったのよね? 国選魔道師の紋章のブローチ」

 「はい。休日だから持っていないと主張し、出鱈目を疑われた瞬間に、強行突破したそうです」

ロベリアは全てを察した。自然と溜め息が噴き出す。

 「あのフェイバカぁ……! マジで殺す!!」

No.29 ジェーマ=チューヘル


貴族のような派手な格好を好む、金髪で小太りの男。三五歳。博識な口調を常としながらも、ときにして狂気的な様相を見せ、剥き出しの感情を露わにする。革命の塔へと所属し、自身が天導師という立場にあることを自称した。幼少期は無垢かつ優秀な魔法徒であったが、貧困によってその道を絶たれた。

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