27.革命の塔
貴族風の装いを纏う男は、不敵な笑みを浮かべた。束の間ゼストルは、運転手の男は共にフェイバルの元へと急接近する。それはまるで、紐に繋がった傀儡のように。
ゼストルは腰の剣を鋭く振りかざした。快速の剣戟は、彼が扱う強化魔法の恩恵。しかしながら、フェイバルはそれを冷静に回避した。彼は続けざまに襲い来る太刀筋をも容易に見切り、確実に凶刃から逃れてゆく。
玲奈の元には運転手の男が立ちはだかった。その両手には、二丁の拳銃型魔法銃。何の躊躇いもなく向けられた銃口は、瞬く間にして弾丸は吐き出した。
玲奈は咄嗟ながらも、それを防御魔法陣で弾き返す。まだまだ新米の魔導師といえど、魔法陣の展開くらいはもう容易いものだった。
同刻。戦火の上がる更に後方にて。フェイバルを追った検問の騎士たちは、前方で発生した戦闘に困惑しつつも装甲車を停車させた。
部隊長の男は、すぐさま陣形を構築を試みる。
「奴らがなぜ戦闘状態にあるのかは分からんが、とにかく制止するぞ! 一班及び二班は制圧! 三班は援護と機銃の準備にあたれ! 即刻作戦を開始する!」
男の指示を皮切りに、騎士らは一斉行動を開始した。数名の騎士は、忽ちにしてフェイバルと玲奈の背後を目指し進行する。装甲車に残った数名は、車両の上に備え付けられた魔法機銃の準備に動いた。
荷台の上に立つ貴族の装いの男は直ぐ傍で起こる戦闘に目もくれず、まだ遠くからこちらへ接近を試みる騎士の様子を眺めた。次第に男の表情は曇り始める。気付けば少しの震えを帯びて、男は感情的に吠えた。
「王国騎士団……悪しき政治へ従順なままに実力行使を繰り返す、暴力の温床。騎士などという古臭い名を冠した、野蛮な獣……」
「……目障りだ。目障りだ目障りだ……目障りだ!!! 肉塊に成り果て償うべきだろう――!!」
そして男はけたたましい大声と共に両手を広げ、魔法陣を展開した。黄土色の魔法陣、それはすなわち岩魔法の発現。
「岩魔法・流星……!」
その魔法は、玲奈とフェイバルの視線を奪った。二人よりもやや後方の遙か上空に展開されたのは、黄土色の巨大な魔法陣。
「な、何アレ!?」
「……ありゃだいぶマズいな」
そしてその巨大な魔法陣は、突如として無数の巨大な岩塊を吐き出し始めた。次第にそれらは重力へと従い、次々と天から降り注ぐ。
標的とされたのはフェイバルと玲奈よりも後方、散開を始めた騎士たちであった。白昼に呼び起こされた隕石は、あらゆるものを容赦なく押し潰してゆく。人間はおろか、装甲車もその例外ではなかった。
凄まじい轟音の後、少し遅れて砂埃が周囲を包む。玲奈は思わず顔を覆った。
そこから数分、砂埃がようやく収まったとき、開けた視界の先は無惨な光景へと豹変していた。騎士の姿などは、もはやもうどこにも見当らない。そこに広がるのは、幾つもの大岩が異様に積み重なる大荒れの大地。所々に芝を生やしていたはずの平穏な大地は、跡形も無くその姿を消していた。
突然の大魔法に、玲奈は気を取られた。それでも目の前で二丁の銃を握った男は、その天変地異を見向きもせずに彼女への攻撃を再開する。すぐさま放たれた弾丸は、玲奈の魔法陣展開に要する速度では間に合わなかった。
しかしながら国選魔導師たるフェイバルには、他人を守ることも容易い。男が咄嗟に放った熱魔法・烈線は、高速で飛ぶ魔法弾を側方から貫いた。
玲奈はやや遅れて青ざめた。
「ひ、ひぃぃ……私死ぬとこだった……?」
「あんま気ぃ抜くなよ」
二人がそんなふとした会話をしたとき、貴族の装いをした男は、それを遮るように指で音を鳴らす。乾いた音は突如して静寂を呼び起こし、二人の視線は自然とその男の元を向いた。同時にゼストルと運転手の男は、電源を落とされた機械のようにその場で立ち尽くし停止する。
束の間、貴族の装いをした男は笑顔で語り出した。
「やあやあ、国選魔道師が一人、恒帝ことフェイバル=リートハイト殿。私は貴殿にお会いできて嬉しいよ」
騎士に向けた怒号と、フェイバルへ向ける友好的な顔。男の感情の起伏は、もはや狂気的だった。それでもフェイバルは臆せずに対話を試みる。
「お前は何者だ? 何故騎士を殺した?」
「恒帝殿、質問が多いですな。まあよいよい、せっかく国選魔道師などという有名人と言葉を交わせるのだ。その全てに答えようじゃないか」
男は少しばかり間を開けると、また言葉を続けた。
「私は反政府同盟・革命の塔に所属し、第三天導師を拝命する者だ。名は、ジェーマ=チューヘル。騎士を殺した理由は単純明瞭、至極簡単。嫌いだからだ」
そのときフェイバルの表情は淀んだ。普段はあまり感情の起伏を見せない性分であるぶん、玲奈にはそれが余計に感じ取れる。
ただそれでも、フェイバルは落ち着いた声色で簡潔に尋ねた。
「……誘惑魔法とは違う、人間を操る魔法。お前はどこでそれを知った?」
ジェーマは暫しの沈黙の後に、また口角を上げて返答する。
「君たちと対峙する使徒たちに行使された魔法は、まだ名も無き赤子の魔法。我が塔主様は、洗脳魔法と呼んでおられる」
フェイバルがその男の発言に返答することはなかった。玲奈はふとフェイバルの顔を伺うが、彼女はそれを後悔した。悪寒がするほどに鋭い眼光は、もう彼が味方であることを忘れてしまいそうである。
「……やっぱりそうか。忘れもしねーよ」
ジェーマはその剣幕を目の当たりにしようとも、特に臆せず言葉を続ける。
「ああ! そうかそうか! そういえば第四天導師を殺ったのは君だったね。そしてそのとき、君もまた仲間を失った。お互いが敵討ちを名目に戦うわけだ!」
そのとき玲奈は理解した。フェイバルをこうも感情的にさせる事情はこれだ。
男は醜悪に笑って続ける。
「まさかこれほどにも完璧な舞台が整うとは、とんだ幸運だ! 感じるとも、怒りに満ちた国選魔道師の覇気! 素晴らしい素晴らしい! 私には分かるよ。もうどうあがいても避けられない己の死がっ!」 「最高だ! 私の死に場所には相応しい! 相応しすぎる!!」
男は奇妙にも、自身の死を悟った上でそれを楽観視した。底知れぬ不気味さを覚えた玲奈は、思わず身震いする。
「さあ恒帝殿! 始めようじゃないか、いや始めてくれたまえ! 私の魔道の花道。私だけの最終楽章だ!!!」
ジェーマはもう一度指を鳴らすと、男たちへ合図を送る。そのとき彼らは電源を取り戻した機械の如く、また顔を上げた。
No.27 作戦騎士団(王国騎士団)と駐在騎士団
騎士団は作戦騎士団(王国騎士団)と駐在騎士団に大別される。このうち作戦騎士団はロベリアらが所属するギノバスに集結した精鋭の騎士団であり、駐在騎士団はギノバスでの訓練を修了した騎士が各都市へと配属され編成された騎士団を指す。例外としてギノバスには両方の騎士団が存在するが、作戦騎士団は主に国選魔導師との共同作戦に関する職務に専属し、駐在騎士団は主に警察活動を行う。なお検問警備は本来駐在騎士団の業務であるが、大陸の中枢機能の集まる王都の検問は治安維持の最前線であるとの判断から、作戦騎士団の職務となっている。