26.愛銃デビューは突然に
検問に並ぶ車は少しずつ前進してゆく。玲奈は不安そうにフェイバルへと話しかけた。
「あのー私たち、絶対に検問で止められると思うんです。だってこれ、盗難車ですよね……?」
フェイバルは空を仰ぎ、何故か人事のように零す。
「国選魔導師のブローチ、持っとくべきだったな……」
彼は普段、国選魔道師の証たるそのブローチを身に付けない。その理由は単に、鬱陶しいから。そんな些細な怠慢が故に、今のフェイバルは自身が国選魔道師・恒帝であることを証明出来ないのだ。つまるところ現状、男はただの車泥棒おじさんに過ぎない。
これほど厳重に身分証が重視されるのは、国選魔道師という存在が、検問の自由な行き来を始めとした様々な特権を持つ為。国は国選魔道師を偽って特権を濫用する者の発生を憂慮し、その防止策としてブローチでの証明を義務付けたのも、至極真っ当な措置であった。例え顔を見知った騎士に対してでも、当然にこの原則が適用されることとなる。
そのとき前方の貨物車は、ようやく検問を通り始めた。検問に勤務する騎士は、その運転手に許可書の提示を求める。運転席からは、許可書を差し出す手が伸びた。
そんな一連のやり取りを、二人は後方から眺めていた。玲奈は数分前の記憶を頼りに情報を明かす。
「フェイバルさん。ゼストルって奴と貴族っぽい人は、さっき後ろの荷台に乗ったんです。だから運転手は、あの車両に乗る人間のうち三人目になります」
「……なるほどね。ならやっぱ敵は複数犯なわけだ」
そのとき前方の貨物車は、遂に検問を抜け始める。どうやら検問を通行する許可が下ろされてしまったらしい。
都外の道幅は王都内よりも幾分か広い。正式な手順を踏んで検問を抜けたその貨物車は徐々に速度を上げ、快速での走行を開始した。距離は急速に離れてゆく。玲奈たちにはもう、検問で足止めを喰らう暇など無かった。
それでもフェイバルは大人しく検問で車を止める。目立つ車両であるが為に、騎士たちは直ぐ異変を察知した。
ある強面の騎士は運転席を覗き込むと、かなりの圧をもって呟く。
「……おい貴様ら、そりゃ騎士団の車だろーよ。どうしてそれをお前らが運転しているんだ?」
そこから二人の車は、騎士らによって一斉に包囲される。フェイバルは面倒臭そうに応じた。
「んなこと、どうでもいいだろ。いろいろあってだな、俺らは前の車を追ってんだ。どいてくれ」
玲奈もダメ元で加勢してみることした。
「こ、この人はフェイバル=リートハイトです。ちゃんとした国選魔道師です! 無職のおじさんとかじゃないんです!! 信じてください!! この人意外と顔広いから、あんたたちも知ってるでしょ!!」
国選魔道師が車両泥棒の免罪符になるかは分からないが、とりあえず必死にアピールしてみる。それでも騎士の言い分は変わらなかった。
「ああ、顔は国選魔道師・恒帝殿のものだ。だが外見なんていうのは、魔法でいくらでも誤魔化せる。それになにより国選魔導師ともあろう者が、車両泥棒など犯すはずもないな」
断言されてしまった。玲奈は気圧されて、ふとフェイバルの顔を伺う。彼もまた、頭を掻いてお手上げしている様子だった。
強面の騎士は、最も手っ取り早い手段へと出る。
「もし本当の国選魔導師だと言うのなら、例の紋章を提示するんだ。さあ早く」
騎士から飛び出した提案は、やはりブローチによる身分証明。そのときフェイバルは即答する。
「今日は休日だから持ってねーよ。あんなギラギラした趣味悪いモン、毎日持ち歩けるかってんだ」
「そうか。なら貴様らはただの罪人だ。ここで拘束する。今すぐ車を降りろ!」
車両を取り囲む騎士らは、一斉に武器を握り直す。それでもなおフェイバルは、まだ悪あがきを続けた。
「おいおい。お前らさ、第一師団の連中だろ? ならいい加減に俺の顔くらい覚えてくれっての」
「いかにも我らは、第一師団第十一部隊の騎士だ。だからこそ我々は、貴様のような特権濫用を目論もう罪人を捕縛せねばならない」
この間にも、前方の貨物車はだんだんと小さくなってゆく。場の好転しない中、フェイバルは少し考え込むと、玲奈に小声で呟いた。
「レーナ、しっかり掴まっとけ」
「え……?」
嫌な予感がしたが、もう手遅れだった。そのときフェイバルは、思い切りにアクセルを踏む込む。魔力駆動車が唸ると、それは凄まじいスピードで検問を強引に飛び出した。車の前方を包囲していた騎士は、為す術無く車体に吹っ飛ばされる。
玲奈は叫んだ。
「ちょっとお!! たぶん今、罪状増えましたああ!!!」
「困ったときは、強行突破だ! 覚えとけレーナ。大抵のことは、パワーが解決してくれる!!」
二人の車は、猛スピードで貨物車を追う。しかし騎士らは、それを見過ごすほど優しくない。
「奴らを追え! 本部への連絡も怠るなよ!」
騎士たちは検問の近くに駐車してある団所有の魔力駆動車へ一斉に乗り込む。装甲と施された三台の魔力駆動車は、すかさず二人の車を追った。
「ちょっとぉおお! どうするんですかフェイバルさん!! また何年か懲役伸びましたよ!?」
「んなもん、後から考えんだよ。とにかく問題は、どうやってあいつらの本拠地を暴くかだ。こんだけ目立っちまえば、さすがに貨物車の連中も俺らに気付いちまう」
「そ、それはそうですけど……」
そのとき何かの気配を感じた気がした玲奈は、ふと後ろへ振り返る。するとその視界の先には、こちらへと真っ直ぐ向かい、瞬く間にして距離を詰める騎士団の車両たち。車両は全て装甲車。殺意剥き出しの重装備である。
「フェイバルさんヤバいです! 車が三台追い掛けてきてます! なんかエグい機銃もついてます!!」
その瞬間、玲奈の頬を何かが掠めた。束の間、じわじわと熱さと痛みを感じる。
「へ……!?」
玲奈は窓からすぐ顔を引っ込める。フェイバルは頬から血が垂れた彼女を一瞥すると、いつもの腑抜けた声で呟いた。
「おいおい、顔出したら撃たれるに決まってんだろ。大人しくしとけ」
「ひえぇ……」
玲奈は怯えた声を零す。対してフェイバルは顔色一つ変えずに車両後方へ防御魔法陣を展開し、機銃の掃射へ対応しながら車両を進めた。
騎士とのカーチェイスは続く。そんな白熱の最中、幸か不幸か二人の車両の前方には例の貨物車が映り始める。大型の貨物車は鈍重であった為に、フェイバルたちは何とかそれの後方に辿り着けたのだった。
王都からそこそこの距離を駆け抜けた為に、そこ周辺に居合わせるのは貨物車とフェイバルの車、そして後方の騎士団の装甲車のみ。貨物車の人間も、きっと異常な事態に気付いている頃だろう。
騎士の装甲車から放たれる魔法弾の雨は、必然と貨物車にも着弾する。そんな中突如として、貨物車後方の荷台の扉は少しばかり開かれた。その隙間から一つの銃口が顔を出したのも束の間、すぐに引き金は引かれた。
すかさずフェイバルは車の正面にも防御魔法陣を巡らせる。前後双方からの魔法弾攻撃は激しさを極め、車両は大きく揺れ動いた。
流石のフェイバルも、現状を憂いて作戦を立て直す。
「本当ならもっと奴らを泳がせたいところだが、作戦変更だ。レーナ、あの貨物車をここで足止めするぞ。この車を貨物車に出来る限り寄せるから、タイヤを撃て」
「えっ……!? は、はい!」
突然の指示に玲奈は戸惑った。しかし間違いない、これこそ彼女の魔法銃が真価を発揮する局面。彼女は腰に掛けた黒光りする小さな拳銃を引き抜くと、引き金に指を掛けた。
フェイバルは玲奈の準備が整ったところを視認すると、直ぐに合図した。
「よし、行くぞ!」
フェイバルは更にスピードを上げる。彼の爆発的な魔力あってか、貨物車との距離はじわじわと詰まり始めた。
銃の扱いなどいまだ素人な玲奈は、対象をじっくりと狙いたいところ。しかし後方には、騎士団の装甲車が迫っている。身を乗り出してのんびり狙いを定めていては、先程のように後ろから撃たれてしまうだろう。運が悪ければ、脳味噌を撒き散らしてそこでお陀仏だ。初めての狙撃にしては、随分と酷なシチュエーションだった。
ただそれでも、やる以外に選択肢は無い。玲奈は銃身だけを窓から出すと直ぐに引き金を引いた。一発目は、無情にも貨物車の硬いボディに弾かれる。
直ぐに二発目、続けて三発目を撃った。するとヴァレンの指導が少しは生きただろうか、放った二発の弾丸は、貨物車のタイヤに何とか穴を開けることが出来た。そしてそれを皮切りに、貨物車は徐々に速度を落としてゆく。
「や、やりました! どうです!?」
玲奈は嬉しそうに話すが、対するフェイバルはどこかドライだった。
「いやぁ、そりゃこんだけ距離詰めたからな。次は一発で決めろよ」
「……いやいや、そもそもこんな死のカーチェイスはもう勘弁願います」
ふとした気の抜ける会話も束の間、フェイバルは次の行動へ移った。男は更なる加速で距離を詰め、貨物車に接触する寸前まで車体を寄せる。その目的は、側方からの体当たりだった。
ただし車両が横へ並び始めるその寸前、貨物車の荷台の扉は再び開かれる。そこから大きな影が飛び出したかと思うと、それは次の瞬間、フェイバルたちの車へ果敢に飛び移った。
車に張り付くのは紛れもない、魔導師・ゼストル=ドレイクニル。その男がこちらへ牙を剥く理由など、あるはずもないのに。
そのときフェイバルはゼストルの瞳に異変を覚える。妙に虚ろなその目は、どこか不気味で悍ましい。
「瞳の中に魔法陣……? こいつ、何かの魔法に――!」
フェイバルの気付きも束の間、ゼストルは体勢を整えると、腰に差していた剣を抜き躊躇なくフロントガラスへそれを突き刺した。男の魔法はそこそこの腕前のようで、騎士の車両に標準装備されている頑丈な装甲を容易く破ってみせる。それでも手元が狂ったのが幸いし、突き刺さった剣の先は、二人の席のちょうど間を貫いた。
フェイバルは道を逸れて急ブレーキを踏むと、ゼストルはそのまま吹き飛ばされる。追跡は一時中断となったが、タイヤを失った貨物車もまた走行不良へと陥り、二人の車両に続いてその場に停止した。
すかさず貨物車の運転席からは、若い男がゆっくりと路面へ降り立つ。彼もまた妙に虚ろな目をしているのは、ゼストルと同じ魔法を行使されている証だった。
そして更に続けて荷台から姿を現すのは、実行犯と思しき貴族風の男。小太りのその男は決して観念した様相は見せず、むしろ眼鏡の奥の眼を鋭く尖らせて醜悪に笑った。
男は呟く。
「……革命の塔の使徒たちよ、粛正を始めよう」
No.26 検問
大陸のあらゆる都市には、都内と都外を隔てる高い塀が存在する。これは都外に出没する魔獣から街を守る為に発達した魔獣防御壁であり、その都内と都外を結ぶ唯一の場所として、検問が存在する。検問には騎士が守衛として交代制で駐留し、全ての車両の行き来に際し許可証の提示を求める。なお国選魔導師は、紋章の提示によって許可証の提示を免除することが出来る。