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21.祝賀会

 作戦を終えてダストリンを後にしてからは、また長い時間を移動へと費やした。幸い魔獣に遭遇することもなく、順調に帰路を辿ったものの、それでも一同の車が王都ギノバスの検問へ到着したのは、既に夕方の頃。

 皆がうとうとし始めて静かな車内で、フェイバルは突然口を開く。彼もまたついさっきまで寝ていたはずなのだが、ギルドが近いことを知った男は都合良く皆を叩き起こした。

 「おめーら、起きろ」

その一言に、弟子たちは目を擦りながらも彼のほうへと向き直る。そのときフェイバルは拳を掲げると、相変わらずの脱力した声色で宣言した。

 「今晩はギルド魔導師・レーナ=ヒミノの初仕事完遂祝いだ。ぱーっとやるぞお」

そのとき二人の弟子は、まるで閃光の如き目覚めでそれに応答する。荒くれ者の巣窟たる、ギルド魔導師の(さが)だろうか。

 「ま、待ってましたぁ!!」

 「今日は潰れるまで飲むぞー!!」

玲奈はそれに出遅れた。いや、理性が彼女を止めたのだろう。避け続けてきた大学生の如き悪ノリに、若干の悪寒が走る。

 それでも主役に抜擢されたのは自分ともなれば、無視するのはいたたまれない。玲奈は仕方なく尋ねた。

 「今からですか……?」

 「当たり前じゃん。このままギルド直行だ」

 「げ……元気過ぎません……?」

 玲奈は同じ考えの者を探すように、三人の顔色を伺う。フェイバルはともかく、二人の弟子の心地良い笑顔は絶えない。それを見てか、玲奈は大事なことを思い出した。一度は心の中で彼らを大学生のノリと揶揄したが、これこそがギルド魔導師を生業とする者の価値観。それにギルド自体が酒場になっているのだから、これは相当に重んずるべき文化であり、古き良き風習なのだろう。それを無碍にするのは、きっとギルド魔導師への冒涜だ。

 それによくよく考えてみると、もう酒など長らく飲んでいない。彼女が前に酒を飲んだのは、まだ地球で社畜OLをしていたときだろうか。もうそろそろ、ひとときの安らぎにありついても良い頃だろう。

 なによりオタク心というものは、この瞬間にこそ揺さぶられる。異世界への転生。そこにまだ見ぬ美食と美酒が並ぶのは、もはやセオリー通り。異世界での食をテーマにしたラノベも幾つか聞いたことがある。ならば、そこに賭けてみようではないか。

 思考の末に、玲奈は掌を返して快く乗っかった。

 「っしゃあ! 行きましょう!!」

フェイバルは口角を上げる。

 「おし。んじゃ決まりだな」




 ついにギルド・ギノバスへと到着した。四人は車を後にすると、酒と夕食を求めギルド・ギノバスへ足を踏み入れる。

 扉を開けば、そこに広がったのは玲奈が見た中で最も賑わう、ギルド・ギノバス。夕飯時ともなれば、食堂にはやはり多くの人が集っている。

 人が多い為に、やはりフェイバルは注目の的となった。

 「――お、国選魔導師の恒帝じゃねーか!」

 「――フェイバルさん、おかえりなさい!」

視線が彼に集まろうとも、それで場が静まることはない。酒を酌み交わす魔導師たちの笑い声が響く中、フェバルはそっと呟きながらテーブル席へ向かった。

 「お前ら、今から俺らがギルドの酒樽空っぽにするから、手出すんじゃねーぞ」

顔を真っ赤にした中年のギルド魔導師はフェイバルに肩を組んで絡むと、ジョッキを口から遠ざけて笑いながら応える。

 「ったく、ギルドにどんだけ酒あるか知ってんすか? 無理無理!」

 「こちとら国選魔導師だ。なめんじゃねーよ」

 「それ関係ないでしょーが!」




 フェイバルはギルド魔導師を肩から振りほどき、速やかに席へ着く。

 三人はフェイバルに続いてギルドのテーブル席に腰掛ける。男は机の隅に置かれた品書きのうち一枚を、反対側のレーナとヴァレンへ差し出した。

 「お前ら、今日は好きなだけ飲んで食え。奢りだ奢り」

 「奢りキタァァ!!」

 ヴァレンは正直にも大喜びしてみせる。横に座った彼女が品書きを目の前に置いたので、玲奈も一緒になってそのメニューを覗いた。

 親切にもメニューには、料理名のほかイラストが掲載されている。無知な玲奈にも、なんとなく察しが付いた。

 そして気付いた頃には、料理名を読み上げての推理が始まる。

 「……コブロ鶏の丸焼き。ファンターヌ牛の厚焼き。こっちは挽き合い焼き……ハンバーグてきな感じかしら。てか、肉料理ばっかね」

ヴァレンはその奇々怪々な言葉に反応した。

 「はんばぁぐ?」

興味津々な玲奈は、それを誤魔化すこともせずに尋ねる。

 「ねぇ、裏も見てみてもいい?」

 「え、ええ。勿論」

 メニューをひっくり返してみる。するとそこに並ぶのは、望み通り膨大な数の酒の名前たち。

 玲奈があまりにじっくりとそれを見つめるので、ヴァレンはふと出来心で尋ねてみる。

 「さあレーナさんは、どんなお酒が好みなのかしーら?」

玲奈は少し返答を渋ると、ヴァレンの質問に質問で応える。

 「これってさ、きっと蒸留酒よね?」

 「うん。お酒っていったら、蒸留酒しか知らないかも」

 「なるほど西洋っぽい」

 さすがにこればかりは飲んでみるまで味も強さも分からなそうだ。玲奈はここは有識者であろうヴァレンへ任せることにした。

 「私お酒よく知らないからさ、ヴァレンさんのおすすめ適当に頼んじゃって!」

ヴァレンはその言葉を聞くと、屈託無き笑顔で応じる。

 「分かった!」

そしてあろうことか、彼女は高らかに手を掲げた。

 「給仕さーん! とりあえずお酒は、全種類一本ずつ空けちゃってください!」

 その死の宣告は、フェイバルですらも硬直させる。あまりに爛漫な笑顔なので、咎める気にもなれなかった。




 暫く待てば、注文した料理と数々の酒瓶が四人のテーブルを彩った。

 玲奈が注文したものは、ファンターヌ牛の挽き合い焼きなる一品。味は期待通りに、肉汁溢れるハンバーグそのものであった。ギルド食堂が大衆酒場なのもあってか、どこか馴染み深い味が広がる。

 口にしてみた酒は、どれも相当に強いものだった。味は深みがあり全く悪くないのだが、注文した量だけが気掛かりである。

 各々が食事を楽しみつつ、話は弾んだ。そして一通り盛り上がった後、玲奈は聞きたいことがあったことを思い出す。

 



 「――良かったですね、玲奈さん!」

 「――へ? 何が?」

 「――それは後で、フェイバルさんに聞いてくださいっ!」




 ダストリンでの作戦中に、ダイトが呟いた言葉。玲奈は酒で記憶が飛ぶ前に、そのことについてフェイバルへ尋ねる。若干顔が火照ったフェイバルは、その答えを明かした。

 「まー野暮ではあるんだが、ダイトにはお前を試すように頼んでたんだわ」

 「試す?」

フェイバルは話を転々とさせる。

 「……今更だが、ギルド魔導師には禁忌がある」

 「あれ……話変わり過ぎてません? 酔ってますよね?」

それは酔いによる迷走ではなく、意図したものだった。

 「ギルド魔導師の禁忌、それは人を殺めること。ギルド魔導師は魔法という戦力を持とうとも、人を殺める権利は無い」

 「で、でもフェイバルさんは言いましたよね。その……人を殺めるということが、ギルド魔導師として避けられない道だって……!」

 「……そうだ。ギルドに届く依頼なんてのは、せいぜい罪人の捕縛程度。殺しの依頼なんてのは、暗殺稼業の無法者の仕事だ。ギルド魔導師がそんなの受諾したら、即刻除名される」

そのときフェイバルの声色は変わった。

 「それでも例外はある。一つは、大陸魔法典に定められた正当防衛に該当する場合。そしてもう一つ、国選魔導師の国選依頼に補助魔導師という立場で動向するときだ」

玲奈はこのとき、ダストリンでの依頼が噂に聞く国選依頼であったことを理解した。改めて悪寒が体を駆け巡る。

 それでもフェイバルは構わず続けた。

 「……悪い。俺はお前を騙して、わざわざ凄惨な仕事へ動向させた。ただのギルド魔導師として生きていれば、きっと足を踏み入れないで済む現場だ」

 「でも俺は、お前を見込んでダストリンへ連れて行った。それはあの日、お前が俺へ魔法は何たるかを尋ねたとき。魔法は人を殺せると言ったお前が、魔導師としてあまりに優れた価値観を持っているように見えた。お前が初めて見せた輝かしい魔法陣に、俺は惹かれた。こうならなければ、別の簡単な車両警護依頼にでも動向させて、それで魔導師稼業に幻滅させるつもりだった。そうすれば、お前は俺の秘書業務に集中してくれるわけだし」

そのとき玲奈は、ただ純粋に結論を尋ねる。

 「それで、どうでしたか?」

 「……どうって、何がだ」

 「試したんでしょ、私を。その結果、どうでしたか!?」

フェイバルは迷いなく、ただ真っ直ぐに返答する。

 「お前はダイトのために、魔法が使えずとも敵の命を奪おうとした。己の命と仲間の命。仲間の命と敵の命。お前は命を正しく天秤に乗せて判断出来た。現状でそこに至れたのなら、俺の見立ては間違ってなかったことになる」

 玲奈はテーブルに前のめりになって語った。

 「なら、働けますか!? またフェイバルさん直属の魔導師として、国選依頼に参加出来ますか!?」

フェイバルは思いもよらぬその返答に唖然とする。玲奈は続けた。

 「い、言ったじゃないですか! 私は魔導師として誰かを守りたいんです! フェイバルさんの魔導師たる矜持に、惹かれてしまったんです――!!」

フェイバルはそのあまりに熱い心へ感化されたのか、少し笑みを浮かべて呟く。

 「俺に憧れたってのは、今初めて聞いたんだけど」

そのとき二人の弟子はつられるようにはにかむ。

 「そ、そうかもですけど! その! えっと!」

そのときフェイバルは遂に笑った。そしてあまりにも脈絡無く、話の主題を別の人物へと移す。

 「レーナ、おまえは上出来だよ。だってヴァレンなんて――」

 「ちょっと!! その話は墓場に持ってくって、約束しましたよね!? ね!?」

ヴァレンは赤面しながらフェイバルの口を押さえ込んだ。玲奈はふとダイトのほうを見る。

 (あれ? そういえばダイト君も作戦中にこの話してくれたけど、私に話して良かったのかな? いや、良いわけないよね……?)

 ダイトは玲奈がこちらを見ていることに気が付くと、悪童のような笑みを浮かべる。玲奈はそっとそれから視線を逸らした。

 (お……恐ろしい子……)




 またくだらない話に軌道が戻ると、そこからは随分と盛り上がった。そしてとうとう、皆には相当な酔いが回り始める。

 ヴァレンとダイトは机に伏した。どうやらダイトは酒が飲める年になってまだ日が浅いらしく、相当気分が悪そうである。対してヴァレンは、気持ちよさそうにすやすやと眠っていた。

 フェイバルは一人黙々と樽ジョッキに酒を注ぐ。彼はそれをン持ち上げると、涼しい顔で飲み干した。

 そのときフェイバルは、先程までの話し相手だった玲奈が静なことへ気が付く。皆が眠って一人になっては暇なので、彼は玲奈へ声を掛ける。

 「おいレーナ、大丈夫か? いや大丈夫であれ。お前が寝たら、一人寂しい晩酌になっちまう」

 「……」

 「おーい。勘弁してくれよ」

 「……うるせーなぁ」

礼儀正しいはずの彼女から思わぬ言葉が聞こえたフェイバルは、思わず耳を疑った。

 「……あれ?」

 「うるせーぞセクハラウィザード……掃除も出来ないなら、人間なんて辞めちまえよ……」

寝言のように溢れる猛毒。彼女のとてつもない酒癖は、異世界に移ろうとも健在であった。そして驚くべきことは、まだ初日の家の汚さを根に持っていたという点だろう。

 「……うーんと、俺の聞き間違いですよね? レーナ、さん??」

 フェイバルは玲奈のかつてない一面を目撃して唖然とする。聞き間違いと信じたいが、それにしては随分はっきり聞き取れてしまった。

 フェイバルは珍しく動揺する。それでもあたふたしているうちに、玲奈の寝息が聞こえ始めた。

 「寝言……だったのか? いや、でも明らかに俺に向かって言ってたよな?」

フェイバルは怖くなったので、これ以上考えるのを辞めておいた。




 ギノバス王立病院。とある病室の少女・フィーナは月を眺め耽る。ベッドで横になったまま、ただ呆然と。まるで、暗く深い闇の中から、一粒の光を探し求めるように。

 そしてその刹那、彼女の記憶に閃光がほとばしる。

 薄暗い雨の日。目の前に倒れているのは、血に染まった女性の姿。女性の周りで膝をつくのは、二人の男。一人の男は女性を抱えて涙し、もう一人は怒りを露わにした。ある男はこちらへ接近すると、凄まじい剣幕で拳を振り上げる。

 そこで記憶は途切れてしまった。悪夢から覚めた、まさにその感覚だった。気付けば呼吸が荒くなっている。なんとか自分を落ち着かせようと、彼女は顔まで布団をかぶってうずくまった。

No.21 氷見野玲奈3


あまりにも酒癖が悪い。大学生の頃は嗜む程度だったが、社会人という生き物のストレスは凄まじいもので、自然とヤケ酒が増えた。悪酔いの種類はいろいろだが、彼女の場合はとにかく口が悪くなる。みんな、優しくしてやってくれ。

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