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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第2章 ~堕天の雫編~
21/203

20.秘技魔法

 作戦を完遂したダイトと玲奈は、無事に廃工場から脱出した。

 「危ないところはありましたが、何とかなりましたね」

 「そ、そうね……」

玲奈は疲労を覚えつつダイトへ応答する。傷だらけになりながらも明るく振る舞う彼のタフさには心底驚いたが、それを言葉にする余裕は無かった。

 束の間、二人の元へ騎士が駆け寄る。

 「魔導師殿! 中の様子は如何でしょうか!?」

ダイトは咄嗟にそこへ応じた。

 「見張りの制圧は完了しました。残り二名の魔道師が、本拠地を制圧しています」

そのとき玲奈は、もはや反射的に騎士へ要請した。

 「か、彼の手当をお願いします!」

 「レーナさん、自分はこれくらい大丈夫ですよ」

ダイトは愛想良く断ろうとする。それでも玲奈にはその傷が見るに堪えないので、彼女はやや強引に事を進めることにした。

 「駄目! 手当てしてもらって!」




 フェイバルの猛攻を受けてなお、その魔獣は立ち上がる。人間由来の魔獣とは、それほどの化け物であった。

 魔獣の生態とはすなわち、ただ眼前の生物を壊すこと。人間由来の魔獣もその例に漏れず、本能のままに生命へと襲い掛かる。そして人間が魔獣へと変異するとき、人間は人間たる知能から理性までありとあらゆる尊厳を失うものの、その変異を経てもなお、彼らは人間の頃に行使した魔法の数々を継承する。故に人間由来の魔獣は超越的な身体能力のみならず、独自の属性魔法を行使して戦闘を行なうことが出来た。

 フェイバルへ真っ直ぐ接近するその魔獣の足元には、白き魔法陣が展開される。強化魔法は、魔獣へ更なる筋力をもたらした。

 フェイバルは先程と同様に、防御魔法陣を展開する。魔獣はそれに挑むかの如く、真正面から男へ狙いを定めて拳を振り下ろした。

 「……やっぱ馬鹿だから、戦闘パターンは一つみてーだな」

 一度はフェイバルの魔法陣を破壊した拳。それでも彼は臆することなく、むしろ堂々と策に打って出る。国選魔道師は、その名を冠するにふさわしい本領を発揮した。

 展開されたのは、洗練された技術を持つ魔導師のみが成せる技。すなわち、多重魔法陣の展開術。

 多重魔法陣はその名の通り、魔法陣を重ねて展開する術を指す。重なり合った魔法陣はそれそのものの強度を向上させるだけでなく、そこから放たれる魔法の威力を何倍にも高める。そしてそれは強化魔法・剛力(ストロングス)を宿した魔獣の重い拳でさえ、打ち破ることが叶わない。

 そのときフェイバルは、後方へ合図を送る。彼は小細工なしの決闘をしているわけではないのだから。

 「ヴァレン――!!」

 刹那、床に伏していたヴァレンの愛銃は、魔獣の両脚を捕捉した。続けて繰り広げられるのは、精密な射撃の数々。大口径の魔法拳銃は、不意を突いた魔獣の脚を容易く吹き飛ばした。

 両脚を失った魔獣は(うめ)き声を上げて倒れ込む。しかしその凄まじい殺気はいまだ衰えず、魔獣は残された両腕を駆使することで、フェイバルへと飛び掛かった。言うなればそれは、執念の一撃。ただ国選魔道師に対する陳腐な攻撃は、もはや意味を成さない。灼熱の右手は、飛び掛かる魔獣の頸を捕えた。

 「熱魔法・融解(メルト)

 束の間、男の右手に展開された魔法陣は、瞬く間に魔獣へ熱を伝える。対象へ瞬間的に高熱を伝導させる魔法・融解(メルト)は、魔獣の頸を軽く焼き千切った。遂に頸と胴体が切り離された魔獣は、無力にも床へと散らばる。

 それでも魔獣の生命力というのはとてつもないもので、それは頸と胴体が離れようともどうにか暴走を続けようともがく。眼球はいまだに真っ直ぐにフェイバルを補足し、胴体は切り離されてもなお、腕で床を這った。

 フェイバルは魔獣の残骸から少し距離を取ると、若干の疎ましさを漂わせてヴァレンに伝えた。

 「こいつを今から焼却する。眩しくなるから、こっち直視すんなよ」

 「……は、はい」

そして男は右手を魔獣に向けて佇む。まるで普段と違う真剣な顔は、極限まで集中力を高めつつある証であった。

 そして展開されたのは、深紅の重複魔法陣。円形をした通常の魔法陣に対し、やや角張った形状を持つそれは、より複雑で精密な紋様を発現し、比にならぬほど赫々(かくかく)と輝く。

 「光熱魔法秘技・爍光(レザイン)――!」

 刹那、魔法陣の中心には眩い閃光が集約した。その光球は徐々に膨らむと、次の瞬間、まるで恒星の如く輝く。そして光球が飽和したとき、それは周囲へ無数の熱線を照射した。

 魔獣へ伸びる無数の熱線は、容易く魔獣の体を焼き払う。その威力は、大気までもを振動させた。天井からは、ぽろぽろと塵が降り始める。


 


 同刻。玲奈は手当を受けたダイトと共に、廃工場の外で待機していた。そしてふとしたとき、彼女は夜闇に煌めく淡い光を観測する。

 「あれ? 今工場のあの辺が、一瞬光ったような……」

 「きっとフェイバルさんの魔法ですよ」

 「ええ? こんなところから魔法が見えるなんてことあるの……? 相当距離あるけど。てか、あの人地下に居るんでしょ」

 「もしかしたら、秘技魔法を使われたのかもしれませんね」

 「秘技魔法?」

 「秘技魔法は、重複魔法陣という高等技術を使った強力な魔法です。言うなれば、国選魔導師だからこそ至ることのできる魔道の極地、ですかね」

ダイトは少し得意気に話す。

 「きっと……と、とんでもないのね」

 「フェイバルさん行使する魔法の多くはその性質上、非常に眩い光が発生します。夜空を照らす恒星のようなその魔法から、恒帝という異名がついたんだそうですよ」




 光の球が消失したとき、ようやくそこで熱線は終息した。無数の熱線に晒された魔獣の肉体は、完全に無へと帰す。バリケードとして積み上げられていたガラクタや死体は。引火して炎を上げた。焼けた匂いが地下に充満し、至る所で煙が噴き出す。

 フェイバルは思わず咳き込んだ。

 「……やっべ、火が回っちまう! ヴァレン、すぐに出るぞ!」

ヴァレンは怒りながらも、彼に続く。

 「もう! 地下でこんな魔法使わないでくださいよ!」

そして彼らは、作戦を完遂した。




 翌日。何とか作戦を終えた四人は、再び廃工場の前でダストリン駐在騎士団と行動を共にする。ダストリン駐在騎士団長の男は、廃工場を背景に作戦後の処理について話を始めた。

 「昨晩で死体の処理と消火作業は一段落つきました。地下に保管されていた薬物は焼き払われているものもありましたが、どうやら地下に別の保管庫があったようで、そこから堕天の雫のサンプルを確保することも出来ました」

 「わりぃな、燃やしちまって」

 「いえいえ、問題ありません」

大団円とはいかないのが現状であった。駐在騎士団長の男は眉をひそめ、少しばかり深刻そうに話を続ける。

 「戦闘員の男に尋問しましたところ、この施設を管理していた男の名は、パド=アントオルス。王都マフィアとして知られるガルドシリアン・ファミリーの幹部の名です」

それは事前に推測されていたことだったが、決して望んだ結末ではない。フェイバルは厄介そうに零した。

 「王都マフィアねぇ……」

ダイトはふと新聞のことを思い出して呟く。

 「それじゃ、やはり王都で出現した人間由来の魔獣は……」

 「ああ。王都マフィアがここで生産された薬をギノバスへ持ち込んだことが原因だと考えるのが、一番妥当だろーな」

駐在騎士団長の男は進言する。

 「薬は量産されていたと推測されます。奴らの手元には、まだこの薬が無数に残されていると考えるべきでしょう。勝手ながら、一刻も早く王都マフィアを打倒するべきであると考えます」

 続けざまに憂うべき事案が立て込み、場の空気は重たいものへ変貌する。そこでフェイバルは、あえて楽観的に振る舞った。

 「まあとにかく、今回俺が国から受けた仕事はここまでだ。後の処理は任せたぜ、騎士サン」

 「え、ええ。お任せください」

続けてフェイバルは三人の方へと振り返る。

 「よし、お前ら、さっさとギノバスへ帰るぞー」

突拍子も無く騎士との話を切り上げた彼に少し驚きつつも、ダイトは最初にそれへ応答した。

 「ですね!」

続けてヴァレンも声を上げる。

 「早くレーナさんの銃を選ばなきゃー!」

場に流されてか、玲奈も彼らに頷く。そして四人はまた、長い帰路へと就いた。

No.20 秘技魔法


重複魔法陣という高度な技術によって発現する、極めて強力な魔法の総称。重複魔法陣とは名の通り、魔法陣を数枚重ねて展開する技法であり、より繊細な魔力の操作を要する。重複した魔法陣は通常の円状の魔法陣より繊細で複雑な紋様を描き出し、神秘的な様相を見せる。


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