201.出会いに溢れた世界の中で *
翌朝。レントの魔獣の背に乗り、娼館の傍に位置する寮へと戻ったレティアは、嗅ぎ慣れた木の匂いが立ち込める一室で目を覚ました。
簡素な寝床が殆どを占めるその一室は、あまりに窮屈。ただ個室を賜っているだけ、彼女の待遇は恵まれている。この街の娼婦は、それほどに劣悪な環境にあった。
そういえばもう昨晩から、食べ物を何も口にしていない。それでも妙な気だるさが、彼女に食欲を忘れさせる。
気分は優れないが、また夕刻になれば、自分を目当てにした客がき娼館へと訪れる。レティアは体へ鞭打つように、ゆっくりと上体を起こした。
同刻。レントは地下街にひっそりと佇むカフェテリアで、怠惰のひとときを過ごす。人々のささやかな会話が積み重なり、テラス席は賑わった。対してその男は、一人孤独に腰掛ける。自暴自棄の一夜を終えた彼は、玲奈の世界で言うところのコーヒーを少しずつ減らしながら、漫然と時の流れへ身を任せた。
これから、どこへ向かおうか。いっそこのまま、この地下街に流れ着こうか。それともまた故郷・ジュテムへと戻り、慎ましく魔導師稼業を続けようか。もしくは全てを忘れるべく、この命に終止符を打とうか。
思考を路頭に迷わせながらも、レントはまた飲み物を口へ運ぶ。味蕾に感じる苦みよりも周囲の喧騒が気に障るのは、きっと彼が孤独だったからだろう。
ただしそんな孤独は、思いも寄らぬ者の登場が塗り替える。レントの前に突如現れたのは、歳の離れぬ二人の男たち。お揃いの腕輪は、彼らが籍を置くギルド・ジュテムの紋章であった。
色黒の好青年はレントへ近付くや否や、彼へ強烈な平手打ちをお見舞いする。そして怒りと悲しみを両面に貼り付けた混沌の顔色を晒け出し、その青年は吠える。
「レントさん……もう俺たちのことは、どうだっていいのかよ――!?」
もう一方の長身で穏やかな男は、色黒の青年を制止した。
「エクア君、落ち着いて落ち着いて……」
羽交い締めにされたエクアは、それでも抵抗を続ける。しかし体躯に恵まれない彼が、以降レントへ手出しすることは叶わなかった。
レントは痛む右頬を抑えながらも、思わず驚いた声色を零す。
「……エクア……コムレス」
目前に立つ二人は、レントが率いる魔導師パーティ・獣道の構成員。二人は突如として街から失踪したレントを探し、この地下街・オラトリアまで辿り着いたのだった。
コムレスはエクアを羽交い締めにしたままで、落ち着いてレントへ尋ねる。
「レント君、これが僕たちの答えです。あなたが何を思ってこの街に来たのか。これからどうしようとしているのか、そんなことは分かりません。でも僕たちの答えは、こうです」
「……俺に、魔導師を続けろと?」
そのときエクアは声を荒げる。
「当たり前だ! そもそもお前が俺たちのことをスカウトしたんだろ! なら最後まで、責任取れや!!」
強引に迫るエクアに対し、コムレスはどこか楽観的に示した。
「きっと今は、何が正解か分からないのでしょう。でもいいじゃないですか。立ち止まっているくらいなら、正しいかどうかも分からない道を闇雲に歩んでみても」
そして彼は、レントがギルドへ置き去りにしてきた紋章を差し出す。
「また小さな仕事から、やってみましょうよ。一緒に」
孤独な男を救ったのは、男を慕う友人だった。泣き虫なレントは、また震える声で零す。
「……面目ない……面目ない」
そうして束の間に、レントとレティアは日常へと回帰してゆく。一人の娼婦と、一人の客。数多くの出会いと巡り会う一生の中の、それと何ら変わりない平凡の邂逅。二人は言葉にせずとも、互いにそう解釈した。まだ、このときは。




