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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍、天使と堕天使~
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198.その夜、月光は命を照らした。*

 夜。都内はまだまだ心穏やかでない雰囲気だが、ギノバス王立病院を訪れたツィーニア=エクスグニルは、普段通り冷淡に病室の扉を開いた。

 その一室に居たのは、ツィーニアの弟子であるムゾウ=ライジュ。彼は死線の末に彼女へ発見され、こうして命を救われた。

 ツィーニアの施した応急処置の治癒魔法が功を奏してか、死の淵を彷徨ったムゾウはその窮地を脱する。現在は意識も明瞭であり、外傷の治癒だけを待つのみであった。

 「――師匠。今回の件では、どうもお世話になりました」

 「いいのよ、そんなこと。それより、傷はどう?」

 「……現場に復帰するには、まだもう少し時間が必要だと。治癒魔導師にはそう言われました」

 「そ。なら、丁度良いじゃない」

ムゾウはその言葉の意図が理解出来ず、それとなく聞き返す。

 「……と、言いますと?」

 「時間が出来たんだから、好きに使いなさいってことよ。例えば……故郷へ帰ってみるとか」

思わぬ提案に、ムゾウは面喰らう。

 「故郷……ですか。きっと当面の間、あそこには近付けないですよ」

 「……まあ、旅客車の定期便は間違い無く止まるでしょうね。でも、原点回帰はしてみるものよ。少し昔の、私みたいに」 

そこでムゾウに想起されるのは、ツィーニアの育ったシラブレ村のこと。彼女は先のオペレーション・クロンスにて、実の弟を討った。そして彼女は弟を弔うべく、一度故郷へと赴いたのだった。

 そういえばその帰りの車内で、ムゾウはツィーニアの笑顔を久しく見た。めったに感情を表へ出さぬ彼女の笑顔は、やはり慎ましいものだったが、それでも彼女はどこか吹っ切れた顔をしていた。それが妙に印象深く残っていたムゾウは、ようやく彼女の言葉の意図を理解する。

 「……考えておきます。もしそのときは是非、師匠もご同行くださいね。私の故郷を、案内いたしますから」




 「……そうか、ナミアスは――」

 時を同じくして、別の病室には三人の有望な魔導師が集う。ドニーは柄にも無く、堪えた様子で言葉を零した。

 ロコは俯きながらも、イグの身を案じる。

 「……イグ、あんたは大丈夫なの?」

イグは光を失った目のまま応じた。

 「……体は大丈夫。応急処置の治癒魔法があったから、千切れた右手も戻った」

そのとき彼女の声は、突然にして震えを帯びた。

 「……でも……心は大丈夫じゃないかも……私はもう……戦場に立てない……!」

植え付けられた恐怖。絶対に抗えない生物との邂逅。そしていつからか心惹かれていた者の、凄惨な死。立て続けに起こった悲劇は、彼女の精神を打ち砕くに十分過ぎた。

 ドニーとロコに、それを慰めることは出来ない。それをするには、彼女の直面した地獄を知らな過ぎる。ゆえに二人はただ俯き、啜り泣くイグの声を聞き続けた。




 「――私のせいだ。私が安易な提案をしたばかりに」

 まだ光の灯らないギルド・ギノバスにて。カウンター席に腰掛けたトファイルは、直ぐ傍に腰を下ろすフェルマ=オペロットに詫びきれぬ詫びをした。

 ただフェルマは、特に感情を乱さない。むしろ男は、どこか達観した様子で語った。

 「――勘弁してくださいよ、トファイルさん。俺も俺の息子も、魔導師を志した日から覚悟は出来てた」

トファイルは口籠もる。彼はただテーブルの上で固く組んだ手を見つめることしか出来なかった。

 フェルマはグラスを手に取り、一杯の酒を飲み干す。グラスがまたテーブルへ戻り、氷の転がる音がしたところで、ふと彼は呟いた。

 「……嫁には怒られちまうかもな。ははは」




 「……こんなお姿に、なってしまわれて」

 「……さぞ痛かったでしょうに。苦しかったでしょうに」

 「……私は、ここに居ますよ……リオ様」

 王都中央部に位置する、とある邸宅にて。代償魔法による予後不良から、延命を目的とする治癒魔法の処置を中断されたリオ=リュウゼンは、意識の無いまま許嫁のローザの住む邸宅へと運び込まれた。

 一室で二人きりの時を過ごすが、そこで紡がれるのはローザの一方的な言葉のみ。ただそれでも、彼女は全てを伝える。愛した男に遺された時間を、明るく彩る為に。

 「……私、思うんです。きっと、こんなに幸せな政略結婚があってもいいのかしらって」

 「……あなたの、どこかあどけない笑顔が好きです」

 「……あなたが時折見せる、真剣な眼差しが好きです」

 「……あなたの、少しお茶目な性格が好きです」

 「……あなたの、優しい声が好きなんです……だからどうか、もう一度だけ……」

 その悲願を零してもなお、リオは目覚めない。代償魔法を酷使した彼は、もうそれをするだけの生命力すら失いつつあった。

 ローザは叶わぬ願いを必死に唱える己を自嘲して呟く。

 「……そう、ですよね。分かってるんです……あなたにはもう、それをするだけの力も残されていない」

 「あなたは掲げた誉れと正義の為に、これほどまで頑張ったんです。そしてこうして、また私と会ってくれた。それだけで……十分なんです」

 「立派に……生きましたね。だからもう……どうかゆっくりと……お休みください……」

 ’「私がいつかそっちに行ったときは……どうかもう一度……結ばれましょう」

 「――お休みなさい、リオ」




 翌日未明。リオ=リュウゼンは安らかに旅立った。

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