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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍、天使と堕天使~
202/204

197.その朝、太陽は屍を照らした。 *

 心地良い朝日が照らす頃。ハッタ=クラトリの身柄を騎士に託した玲奈とフェイバルは、荒廃した幹線道路を駆け抜ける。向かう先は、王都中央部より遙か西。二人の侍と、一人の魔導師の元へ。

 二人に強化魔法の覚えはない。加えて激しい魔法戦闘を乗り越えた彼らは、息を切らしてそこを駆ける。もはや言葉を交わす余裕すらも無かった。

 次第に、二人の視界は霞み始める。それは自らが気を失う前兆かと思われたが、実態は異なった。二人の眼前に広がっていたのは、舞い上がった砂の粒子の数々。都内では決して観測されることのないその情景は、天変地異すら疑ってしまうほどであった。

 一度は面喰らいながらも、二人はそこへ突入する。若干の視界不良と砂臭さに苦しみながらも、待ち人の為に荒土を往く。ただ残党の潜伏している可能性が拭えない以上、彼らはそこを慎重に走らざるを得なかった。

 そこでフェイバルは、熱魔法・感熱(サーマル)を行使する。しかしながら、そこで捉えることの出来た人影は皆無。静まり返った一帯に居るのは、たった二人の魔導師のみであった。

 道を進むにつれて、建造物の崩壊は激しさを増す。屈強な煉瓦造りの家屋でさえも、無力に瓦礫となって横たわり、広々とした道路は酷く荒れて、一台の車両も通れぬ畦道と化した。

 ただ道無き道を前にしても、玲奈はうろたえない。彼女は軽々と先を往くフェイバルに、遅れず続いた。




 「――俺たちが正義の元に戦うとき、同時に敵は奴らなりの正義を元に戦う。そこに譲り合いは生じない。互いに何かを失うことは必然だ。だから正義を貫くってのは難しいし、何より苦しい」




 いつの日かフェイバルは、玲奈へ語った。そして玲奈は、その真意をようやく理解する。瓦礫を越え始めて暫しが経過したとき、彼女は薄く砂の被った地面に膝を突いて崩れ落ちた。




 少し低くなった視界に映るのは、やや前方で足を止めたフェイバルの背中。そしてその奥で横たわる、一人の妖艶な女性の姿。

 痛々しい無数の切り傷と、血に染まった金髪。切断された片足と、抉れた腹部。開いたままの瞳には、砂の粒が積もった。

 そしてそんな彼女の傍には、侍たちの亡骸が幾重にも重なる。頭部の吹き飛んだもの。腹部を両断されたもの。折れた太刀。変色した肉片の数々と、地面に染み付いた血の痕。その光景は、地獄以外に形容し難い。

 事実、そこに眠った一人の魔導師は、全ての侍を討って地へ伏した。彼女は、自らに下した命令を忠実に遂行して逝った。そしてその命令は、数奇にも仲間たちへと紡がれる。

 フェイバルが感知したのは、弱り切った人間の体温。場所はとある家屋の二階部分。フェイバルはまだ救える命の為に、その建物へ駆け込んだ。

 崩壊寸前の階段を忙しなく駆け上がり、二階の一室の扉を叩き開ける。するとそこには、まだ息のある男の姿。フェイバルは一言の言葉を発する間も無く、その男を担ぎ上げた。




 同日、王国騎士団総督・タクティス=リートハイトは声明を発表。敵勢力・雅鳳(がほう)組の掃討と、王都戒厳令の解除。すなわちは、実質的な戦争終結宣言であった。

 時を同じくして、ギルドマスター・トファイル=プラズマンによる魔導師緊急召集令も効力を喪失。変わり果てた街は、強引に日常へと回帰させられた。

 損壊の激しい王都東部及び西部全域には、その日のうちから立ち入り制限が敷かれる。帰る家を失った民衆は、都内に点在する広場で寝床を確保する他なかった。ギノバス駐在騎士団は民衆の混乱を沈静化すべく、総員をもって現場に赴く。しかしながら、その道のりは険しいものであった。

 都外の魔獣防護壁近辺では、死体の処理が急がれる。騎士や有志の魔導師が集い、敵と味方に関わりなく、遺された死体を埋葬した。

 都内に特設された安置所では、ギノバス人に限った死体の身元確認が続々と進行する。泣き崩れる母と、その前に眠る子供。その逆も、また然り。

 リベリア宮殿では、今後の自治区・ミヤビに対する制裁措置が議論された。議論は特に白熱することもなく、自治権限の剥奪を大筋の方針としたうえ、詳しい対応策を決定していく旨で合意。雅鳳(がほう)組の無き今、ミヤビ駐在騎士団の設置は確約されたも同然であった。

 王国騎士団本部・露台にて。冬にしては過ごしやすい陽気は、かえって鬱陶しい。第三師団長・ロベリアは、傍の第一師団長・ライズへ呟く。

 「……もう当面の間は、都内の復興で大忙しね。国選依頼なんで、首が回らないわ」

 「だろうな。ただ、これからの慌ただしい時世は、まだ見ぬ敵に都合が良い。きっと復興計画は、思い通りにもいかないのだろうな」

 「……そうよね。あなたが言うなら、きっとそう」

 「むしろ私は、復興よりも気掛かりなことがあるのだがな」

 「と言うと?」

 「代償魔法のことだ。今年で二つ目の、未知なる魔法。新種の魔法属性が発見されたのは数一〇〇年ぶりだというのに、それが二度も起こったのだ」

そのときロベリアは神妙に言葉を零した。

 「……そうね。魔法と共に繁栄した大陸が、魔法によって崩壊しようとしている。この世界で何が起こっているのかしら」

 「……いいや、我々は魔法で繁栄などしていないのかもしれない。魔法は大陸戦争を終結へ導いたが、それはきっと、ただの平和の前借りだった。こうして今我々は、魔法を発端とする恐慌の前に立っているのだから」

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