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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第2章 ~堕天の雫編~
20/203

19.人間を辞めるということ

 ダイトは窮地に晒された。それでも堕天の雫の恩恵を受けた見張り番の男たちは、依然として一方的な猛攻を押し付ける。

 ダイトは為す術無く、両手を顔の前で交差させて防御姿勢を取った。しかしながら、魔力の増強された縦横無尽の斬撃はの絶大な威力を生み、ダイトの鉄装甲はみるみると剥がれ落ち始める。この戦況のままで最後に立つ者はどちらか、もはや誰の目にも明らかだった。

 そのとき玲奈は、ついに最善の策を閃く。それはダイトの安全を担保しつつ、敵を制止することが出来るであろう革新的な方策。

 ただそれを思いついてもなお、玲奈の表情は晴れない。なにせ彼女はまだ、やっと魔法陣を出すことが出来る程度の腕前なのであって、魔法それ自体を行使したことは一度たりとも無いから。まだ彼女は、魔導師と呼ぶに足らない実力しか持ち合せていないのだ。

 「……ああもう、知るか! やってやるわよ――!!」

ただ、彼女に迷っている時間は無い。一筋の可能性と、火事場の馬鹿力へ懸けてみる以外に、選択肢は存在しなかった。

 「……大切なのは、イメージ――)

 不意に脳裏へ浮かぶのは。あの日のフェイバルからの金言。自然に心臓の鼓動が早まる。そのとき微かに体内の魔力の流れを感じたのは、初めての経験だった。そしてその流れが最も心地よくなったその瞬間、彼女は覚悟を決める。

 見張り番の男たちが助走のままに剣を振り上げ、今まさに渾身の斬撃がダイトへと襲い掛かる。その寸前、玲奈は右手を地面に押し当てた。

 「お願いっ――!」

 時に情動は、魔法へと強く作用する。玲奈の右手からは、眩い魔法陣が展開された。そしてその美しき水色の魔法陣は次の瞬間、周辺の地面を滑らかな氷で覆い尽くす。

 凍て付いた地面は、剣を振りかざす男たちの足を(すく)い上げた。勝利を確信した男らにささやかながら油断が生じていたのも功を奏してか、彼らは忽ちにして体勢を崩す。そしてそれこそ、ダイトに残された最後の好機だった。

 「鉄魔法・造形(クラフト)……!」

生み出されたのは、鉄の刀剣。ダイトはそれを両手で強く握ると、躊躇うこと無く男たちを薙ぎ払う。手製の剣は魔装加工など為されていなくとも、防御の遅れた男たちを殺めるには十分だった。

 そのとき玲奈は、己の魔法に唖然とした。無理を承知での一発だったのだが、そういえばかつて読んだ本では、魔法と感情の深い関連性について言及されていたことを思い出す。

 「……ご都合主義ってやつ?」

 そんな不抜けた言葉を呟いたとき、また玲奈はこの世界がそうも甘くないことを知らされる。気付けば彼女の背後には、またしても新手の見張り番。その男は今まさに彼女の命を刈り取るべく、魔法剣を振り上げた。

 それでもその隙は、仲間が埋めてくれる。ダイトはは握った鉄剣を玲奈の頭上へと投擲した。

 突然こちらに向かって飛んでくる刃物に怯え、玲奈は悲鳴と共に頭を抱え込む。そしてその直後、彼女が耳にしたのは存在すら気付くことの出来かった男が、鉄剣に頸を裂かれてのたうち回る(うめ)き声だった。

 玲奈はようやく振り返る。そこで首から血を噴き出し力なく地に伏してゆく男を見たとき、玲奈は自分の命が狙われていたことを実感した。

 魔法は感情に救われたが、こうも感情に流され続けていてはならない。玲奈は平静を取り戻すと、抜けたままの腰を持ち上げる。そのまま凍った地面に足を(すく)われぬように、慎重にダイトのも元へ向かった。

 「ダイト君、大丈夫……?」

 「え、ええ……ありがとうございます、レーナさんのおかげで、なんとかなりましたよ」

言葉では無事を主張しながらも、ダイトの呼吸は少々荒い。傷の量を見れば、素人でもそれが軽傷でないことくらい分かる。

 「ご、ごめんね……もっと早く何か出来てれば……」

 「大丈夫ですよ。こんな切り傷くらい」

頬の切り傷から滴った血液を拭うと、そのままダイトは続けた。

 「玲奈さんの後ろから現れたあいつで、遂に八人目。作戦完遂ですね。工場を出ましょう。フェイバルさんたちが先に待ってないことを願ってね」

そしてダイトは、まるで少年のような笑みを浮かべる。玲奈はそれを見て少しだけ安心すると、座り込んだままの彼に手を伸ばした。




 廃工場地下にて。フェイバルはヴァレンの身を案じる。

 「治癒は終わったか?」

 「はい。少し痛みますけどもう大丈夫です。動けます」

そしてフェイバルはヴァレンに手を差し伸べる。ヴァレンはそれを掴んで立ち上がった。

 命を脅かすような負傷もなく、任務は完遂を迎える。何となくそれを確信した、まさにその時。その広間を後にすべく、崩れたバリケードへ振り向いた二人は、その中から血塗れの巨漢が立ち上がる光景を目撃した。

 フェイバルは反射的に戦闘態勢を取る。

 「こいつ……まだ立てるのか?」

そして彼は、その巨漢の呼吸が荒さに勘付く。巨漢は呂律もままならないまま、執念で言葉を綴った。

 「恒帝ェ……。俺は人間ヲ……パド=アントオルスを……やメル……ゼ……」

 その瞬間パドの体は、黒い(もや)に包まれる。束の間、左手からは大量の錠剤が零れ落ちた。二人は直ぐにそれが魔力供給促進剤・堕天の雫であると察する。

 「クソっ……こいつ薬を……!」

 フェイバルは側方へ手を伸ばし、ヴァレンを一歩下がらせる。相対(あいたい)するパドは頸に手を当ててもがき苦しみ始める。ついに耐えかねて地面へ膝を突けば、そこからパドの肉体は人間の様相を何かから奪われるように、異形への変貌を始めた。

 体は黒い毛で覆われ、巨躯は更なる大きさへ。顔面には、視力を補う三つ目の大きな眼球が吹き出る。その悍ましい姿に、ヴァレンは戦慄した。

 「ヴァレン、お前は援護に徹しろ。前には出るな。こいつは正真正銘、人間由来の魔獣だ。相当ヤバい」

 そしてフェイバルは、その化け物に立ち塞がる。ヴァレンは指示に従うべく、また広間の奥へと退いた。ただ知能など持ち合わせない魔獣は猶予を与えず、すぐさまフェイバルへと突撃する。

 フェイバルは取り乱すことなく、ただ冷静に防御魔法陣を展開した。それでも人間由来の魔獣は、彼の想定を上回る凄まじい能力を発揮する。魔獣の拳はフェイバルの防御魔法陣を粉砕すると、なんとそのまま彼を弾き飛ばした。

 フェイバルは広間の奥まで吹き飛ぶと、そこで体勢を崩すことなく壁を蹴り返し、再び魔獣へと距離を詰める。そしてその空中を舞う最中(さなか)に、熱魔法・装甲(アーマー)を行使した。

 忽ちフェイバルは、その魔獣と互いの拳が届く圏内へと至る。全身に高熱を纏ったその男は、閃光の如き拳撃を繰り出した。地下には激しい打撃音が鳴り響き、肉の焦げた匂いが充満し始める。

 「バケモンが――!」

 最後の殴打は、魔獣を再びバリケードへと吹き飛ばした。積み上げられたガラクタは崩れ去り、埃が舞う。しかしそれでもなお、魔獣はまたゆっくりと立ち上がった。

 「……おいおい、結構マジで殴ったんだがな」




 舞台は王都・ギノバスへと舞い戻る。繁華街の少し外れに位置するのは、ギノバス王立病院。ここでは数人の治癒魔導師が勤務し、患者の治療に当たっている。

 病院内のとある一室。美しい白髪を流した少女は、呆然と夜空の月を眺めた。取憑かれたように窓の外に吸い込まれるその少女は、ふとしてベッドからおもむろに体を起こす。

 そのとき、部屋の扉はそっと開かられた。少女の病室へと入ったのは、病院に勤務する看護師の女性。彼女は少女のベッドの傍に置かれた椅子に腰掛けると、近くのランプを灯した。

 「フィーナちゃん。眠れないの?」

 「……思い出せそうなの……お月さま見てると」

 「思い出すって、ここに来る前のことを?」

 「たぶん……そう……なのかな」

 看護師の女性は夜空に浮かぶ月を、少女と共に暫し見つめる。あまり私情を挟むべきではないのかもしれないが、彼女は少女へただ純粋に尋ねた。

 「フィーナちゃんはさ、昔の事、知りたいの?」

 「……知りたい。良い事も、悪い事も。全部知りたい」

看護師の女性は俯くと、フィーナに見られぬよう少しだけ悲しげな顔をする。

 「……思い出せると……いいね」

フィーナは依然と月を見つめた。看護師の女性は、その健気ながらも悲哀を帯びた横顔に耐えられない。

 「……もう遅いから、寝ましょうか」

そうして看護師の女性はフィーナを横にした。カーテンを閉めると、そのまま彼女の病室を後にする。

No.19 熱魔法


放熱をもたらす魔法。術者は自身の発した熱に耐性を持つが、他者の熱魔法や炎には耐性を持たない。魔法陣の色は紅色。

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