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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍編~
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192.執念の灯火 *

 嵐は止んだ。それでもアズマは焦燥すら感じさせずに、砂漠の中に一人佇む。

 「……鉄の粉塵、か」

すかさず男は衣服を千切り、自らの口と鼻を覆う。吸い込むことで心肺機能に支障をきたす可能性を考慮しての、賢明な判断だった。

 ただその合間に、アズマの前へはもう一人の男が立ちはだかる。

 「……すまんのぉメイ。お前にはもう何度も、この頼りない背中を見せつけてしまったわい」

言葉に訛りを含もうとも、そこに一切の明朗さは存在しない。重たく地を這うような男の声は、確かな怒りを滾らせた。

 見慣れた男の聞き慣れぬ声を前にして、アズマは嘲るように応答する。

 「……よお、順番守って死にに来るとは、出来た野郎じゃねーか」

リオは言葉を返さない。ゆえにそこで、会話は途絶えた。

 そして次の瞬間、一手を差したのはリオ=リュウゼン。彼の魔法は感情の高ぶりと共に、秘技魔法を呼び起こす。

 炎魔法秘技・強装(フルアム)装甲(アーマー)の完全上位互換にあたるその魔法は、侍の全身を雄大な炎で包んだ。

 ふと右腕を側方へ伸ばせば、炎もまた大きく側方へと広がる。それはまさに、鳳凰の翼の如く。

 そしてその右翼は、勢い良く前方へと振り放たれた。炎はその動作へ従うようにして、真っ直ぐにアズマへと突き進む。

 突風で砂は巻き上がり、熱気に乗って周囲へと飛散した。アズマはその熱気を感じながらも、また同じ手で対応する。

 繰り出したのは、砂塵魔法・放射(ラディエート)。それが炎を掻き消すのにもっとも効果的な術であることは、自然の摂理からも明らかであった。

 砂塵の渦は、鳳凰の一薙ぎと激突する。破裂音が轟き、また砂埃が一帯へと巻き上がった。

 その威力は互角。拮抗した魔力同士の衝突は、双いの痛み分けで終焉を迎える。砂塵の渦は勢力を失って消え去り、炎の翼には風穴が開いた。

 それでも聖なる炎は鎮まらない。立ち込める砂埃を貫いてアズマの寸前へ現れたのは、燃え盛る火炎に包まれたリオ=リュウゼン。右翼が朽ち果てようとも、鳳凰は舞う。伸ばした左手は業火を纏い、アズマへと迫った。

 アズマが行使したのは、砂魔法・偶像(スケープゴート)。男は冷静にも、変質魔法をもって退避を試みる。

 そしてその魔法は派生した。既に砂漠と化した大地は、砂魔法・潜伏(ダイヴ)の機動力を最大限に引き上げる。

 「……わしゃあもう、貴様を止められればそれでいい」

 魔法戦闘において敵を視界から喪失したとき、やはり索敵こそが最も合理的な手段。それでも予後を顧みないリオは、強引な手法を畏れることなく選択する。それはすなわち、攻撃の継続。大規模攻撃による、徹底的な攻勢。

 「……炎魔法秘技・獄火(ヘルフリア)

 リオは着地と同時に片膝と片腕を地面へ突き、その魔法を詠唱する。束の間、右手に宿った炎は地面へと流れ出た。

 その炎は雄大に、そして細やかな砂の境目へ浸透するように広がる。次第にフェイバルの魔法を彷彿とさせるほどの熱気が、一帯へと伝播した。それは名の通り、閻魔の治める地の獄のように。

 想定外の巨大魔法に、アズマもまた行動を迫られる。砂中に埋もれて絶対的な機動力を誇ろうとも、そこに居座れば訪れるのは、命にも届く熱傷のみ。砂魔法・独壇場(フィールド)という名の土俵は、もはや塗り替えられたのだ。

 アズマは砂魔法・潜伏(ダイヴ)を解除すべく、地上を目指した。灼熱の砂中を潜り抜け、ただ上へ。その間に肉体を砂へ変質していようとも、熱は確かに男を焼き焦がす。それでも激烈な痛みを堪え、男は遂に地上付近へと到達した。

 そしてその場所はなんと、リオの直下。それはすなわち最も危険な熱源となるが、アズマもまた覚悟の上でそこへと至った。

 砂の隆起を感じ取り、リオは直上へと飛び上がる。ただ直後、彼を襲ったのは風の斬撃。目に見えぬ風魔法・斬撃(ブレード)は、速攻魔法陣によって仕掛けられた。

 リオは咄嗟に右腕を引っ込める。それでも鎌鼬は一歩早く、生身の右腕を切断した。

 分断した右手首と共に、血液が舞い上がる。激痛がリオを襲うが、彼は依然として平静を保った。

 着地と同時、リオは衣服の切れ端で止血を試みる。そしてその(いとま)に、アズマはまた彼と向かい合うように対峙した。

 アズマは全身に熱傷を帯びながらも、まだそこへ佇む。男は息を切らしながら言葉を紡いだ。

 「お前がそんなに無茶をする野郎だとは……思ってもなかった」

リオは返答する。それは先に零した独り言と同じ内容だった。

 「わしゃあもう、貴様を止められればそれでいいんだ」

 「……そうか。そんなにこの街が愛おしいか」

 「違うな……人が愛おしいんじゃ。どの街でも同じように……!」

その言葉に、アズマは笑う。そして男は、会話に終止符を打つように言い放った。

 「そうだな……お前はいつでも理想論者だった」

同時、アズマは駆ける。目指すべきは、同じ組織を支えた副長の命。戦場は奇しくも、最初と逆の構図となった。

 砂塵魔法・装甲(アーマー)を纏ったアズマは、さながら小さな砂嵐と化す。間合いが極限まで詰まったとき、その男の拳はリオの顔面を狙った。

 リオは防御魔法陣で拳を受け止める。それは無動作魔法陣の展開術をもって顕現させたが為に、彼の左手はまだ自由。そして言うまでも無く、その拳は攻撃へと用いられる。

 依然として行使された炎魔法秘技・強装(フルアム)は、拳に炎を宿す。その一撃は、アズマの腹部へと突き刺さった。

 それでもアズマが咄嗟に行使した防御魔法陣は、その致命の一撃を緩和する。血を撒き散らしながらも生きながらえた男は、直ぐに次の攻撃へと転じた。

 体勢を低くしたアズマは、リオの左足を薙ぎ払う。その一撃は、装甲魔法を穿って有効打を与えた。

 重心が揺らぎ、リオは転倒する。ただ体が砂漠へと堕ちるその直前、彼は最後の一撃を企てた。炎魔法・放射(ラディエート)。その炎は、再びアズマの全身を焼き払う。

 そしてリオが地へ伏してから僅か、炎魔法・放射(ラディエート)を引き金に、アズマもまた地へと伏す。

 アズマを殺めたのは、炎魔法秘技・獄火(ヘルフリア)。それはすなわち、浴びれば二度と消えずに内燃を続ける蝕甚の炎。執念の灯火は既に、その敵を死の寸前へと陥れていた。

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