191.そして刃は紡がれる *
メイ=マルトは嵐へと挑む。強烈な鎌鼬と、それに巻き上げられて猛威を振るう、砂の粒子。身に纏った鉄の装甲は、みるみるうちに剥がされた。
それでもメイは、丸腰のままその嵐の渦中を駆ける。風が皮膚を裂き、砂が肉を削ぐ。砂漠と化した足場は不安定ながらも、その足を止めることはしなかった。
次第に体力は奪われ、無数の傷口からは血が滴る。そんな逆境の中でも、メイの闘志は挫けない。そして彼の決死ともいえる選択が、遂に彼を敵へと引き合わせる。
メイは見たのは、嵐の中を悠々自適に闊歩する影。そんな芸当が可能なのは、術者本人たるアズマ=サカフジのみ。
束の間にしてアズマもまた、嵐を堪えるメイを目撃した。そのとき男は、嘲るように笑う。
「そうかそうか。お前がここまで来るか。てっきりリオの方だと思ってたんだがなぁ!」
嵐の中で、その挑発はメイに届かない。それでも彼は、敵の挑発めいた表情だけを頼りに応じた。
「私が相手では、不服でしょうか――!」
そして彼は、握った太刀を振るう。アズマは既に太刀を失ったが、男はその斬撃に対抗すべくして、次なる一手を繰り出した。
天候魔法とはすなわち、環境系魔法の一類型。魔法戦闘においての主たる立ち位置は、あくまで以後の戦闘を効果的に進める為の、補助的な魔法。砂塵魔法秘技・嵐はそれ単体で相応の破壊力を持つが、その恐るべきは、以後の戦闘を有利に運ぶ為の布石としての効能であった。
嵐はアズマの意に従い、柔軟にその風向を変える。あくまで既に行使し終えた魔法を再度操作するだけの手順に、新たな魔法陣の展開は要しない。故にその攻撃は、速攻魔法陣すらも凌ぐ速度で仕掛けられる。
加えて閉塞的な嵐の中に居てしまったメイに、突然の風向きの変化に気付くことは困難。向かい風に抗って太刀を振り下ろさんとする彼に、アズマの攻撃を感知する術など無かった。
気付いたときにメイの顔へ飛散したのは、赤く染った雫たち。そこで彼はようやく知った。太刀を握った両手は砂塵の一撃を浴び、その手首から上を纏めて吹き飛ばされたことを。
両手を失ったメイに、もはや次なる攻撃の術は無い。彼は無情にも、その場で力無く立ち尽くした。
アズマはそこへ微塵の感情を抱かず、そのままとどめの一撃を目論む。ゆっくりと手をかざせば、男は再び風の流れを操作した。
「……これでいいんです。私が嵐の内側に、入り込めさえすれば」
轟音の中、メイの呟きはアズマへ届かない。そしてアズマが振り下ろした一撃は、メイの胸部を抉り抜いた。
上半身が吹き飛んだメイは、そのまま砂漠へと沈んでゆく。無惨な亡骸には、徐々に砂の堆積が始まった。
「……私がこの魔法を止められたなら、きっと副長の刃が届く」
メイ=マルトの亡骸は、そのまま砂の海へ沈みゆく。少なくともアズマには、そのように思われた。ただ事実、無駄とさえ思えた死は、まさに誉れある死であった。
呪法の発動。それはいわば、メイの挑んだ一つ目の賭け。その賭けは、栄えある勝利へと傾く。名も無き鉄魔法は、メイの肉体を鉄の粉塵へと変質させた。
鉄の塵は風に巻き上げられ、砂塵と邂逅する。淡い黄土色に色付いていた竜巻は、徐々に漆黒へと染まり始めた。
鉄塵という異物を含有した砂塵魔法は、必然とその制御を困難にする。更には鉄塵が呪法に由来する強力な制御力を持っていたなら、それはなおのことであった。
アズマは異変を察知する。再び完全な制御を取り戻すべくして魔力出力量を高めようとも、その操作性は回復しない。
「……くだらん」
制御の危うい魔法を強引に行使し続けることは、魔力消費効率の観点からも賢明ではない。ゆえにアズマは、必然的にその魔法の解除を迫られた。
都内に現れた悍ましき嵐は、次第にその勢力を弱め始める。そして数分と経たぬうちに風の乱れは鎮まり、畏怖を覚える轟音もまた消え失せた。
遅れて空からちらちらと降り注ぐのは、砂の粒と鉄の粉。淡い黄土色と漆黒の雨は、空へ異様な色彩に染め上げた。
同刻。ハッタ=クラトリの身柄を騎士へ引き渡したフェイバルと玲奈は、西の方角へ駆ける最中であった。
巨大な砂嵐は突如として崩れ落ち、そこは暗く色付いた静謐な空へ。それでも形容し難い不穏は、その空にべったりと残り続ける。
「……あれ……一体何なんです?」
玲奈は息を切らしながらも、少し前を駆けるフェイバルへ問い掛けた。フェイバルは憶測ながら回答する。
「黒いのは、何かの粉塵だろうな。あの砂嵐の制御力を奪う為に、嵐の中へ混入させたんだ」
「……そ、そんなこと……出来るんですか!?」
「普通は無理だろう。敵は十中八九、代償魔法の行使者。制御力へ介入するには、相応の魔力が必要だ」
「な……なら……どうやって……」
「そうだな……同じ代償魔法か、秘技魔法か。あるいは……呪法か」