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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍編~
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190.道の先にいる者 *

 リオの繰り出した執念の一撃。以後の魔力残量を顧みない桁外れの一手は、遂にアズマへ有効打を与えた。ただしそこに、人肉を焼いた匂いは立ち込めない。それが致命に至る寸前で、アズマもまた起死回生の手を打ったのだった。

 砂塵魔法秘技・(ストーム)。天候魔法の一類型に該当するそれは、アズマを起点にして巨大な砂嵐を発現させる。そしてその嵐は瞬く間にして膨張すると、周囲一帯へ放たれた火炎を容易く打ち消すのだった。

 砂塵嵐は限界を知らずに高く、更には大きく成長を続ける。リオとメイは、もはや本能的な身の危険からそこを退いた。

 嵐は忽ちにして鉄の大地を引き剥がし、その破片を周囲へと撒き散らす。砂の粒子が引き起こす視界不良も相まって、飛び交う鉄の破片の回避は困難を極めた。

 嵐から幾分か離れた地点に立つヴァレンは、背後から迫るその厄災を視認する。ただそれでもなお、魔法に委ねた彼女は止まれない。彼女は逃げることもせず、淡々と忍へ照準を合わせた。

 そこへ退避するリオは合流したのは、偶然でありながら幸運だった。彼は鬼気迫る様相でヴァレンへ声を掛ける。

 「ヴァレン殿……一時退避を――」

しかしながら、ヴァレンにその声は届かない。自我を捨てた彼女は、背中から迫り来る砂嵐に見向きもせず、ただ忍の前に構え続けた。

 その戦況は、忍からすれば優勢そのもの。自らが壁となりヴァレンをそこへ留めさえすれば、いずれは砂嵐が全てを一掃してくれる。ゆえに彼らは、戦闘の継続を願った。

 忍は巻き起こった天災を憂慮することなく、再び動き出す。目に見えぬ奇襲は、早々にヴァレンへ迫った。

 ヴァレンはその奇襲に応じるべく、握った軽い引き金を引く。巨大な反動を生む大口径の銃であろうとも、今の彼女には寸分の狂いさえ生じさせない。

 ヴァレンの瞳を見たリオは、そこで遂に理解した。ただ彼はそれが何の魔法かは分からずとも、己が選んだ退避という行動を恥じるに至る。

 「……そうかい。お主も、覚悟を決めてくれたのだったな」

 リオは再び砂嵐へ向き直った。自らの魔法属性の不利を痛感しつつも、彼はその天災へと立ち向かう。




 「――よろしいの……ですか。あなたが組長と意を違えてしまえば、きっと組は足並みを乱し、組織としての影響力そのものを……」

 「――そうじゃの、メイ。わしはきっと、組から孤立してゆく。だがそれでも、やらねばならん。もしものとき組長を止めるのは、副長の仕事じゃ」

 時勢は、次第に雅鳳(がほう)組内で強硬な思想が発起しつつある頃。付き人であるメイが、リオの執務室に足を運んだときだった。

 メイはまだ納得のいかない様子で零す。

 「……どうしてあなたは、そこまでして……」

そのときリオはふと書見台を後にして、中庭の見える軒下へ向き直った。

 「不思議なもんじゃの。武士という生き物は、戦乱の世にその武力を求められて興った。ただ大陸戦争という厄災を終えてもなお、わしらはまだこうして刀をぶら下げてここにおる」

 「それはきっとわしらが人間である以上、きっと戦争から無縁の世界には生きられないからじゃ。どれだけ凄惨な争いを経験しようとも、人間はまた争う。どこかの書で読んだ。今ある平穏は、平和ではない。魔法が望んだ地獄の中で、一度発散された殺戮が収束する僅かな猶予である、と」

その引用を踏まえた上で、メイは疑問を呈した。

 「……ならば我々武士は、次なる戦争の為に存在していると?」

 「まあ歴史の証明に従うのなら、そりゃ否定出来んの」

そこからのリオの声色には、普段よりも一層の落ち着きが宿る。

 「人間は皆己の道を往き、ときにその道を外れる。そんなとき道を正してやれる存在もまた、人間しかおらんのだ」

 「わしらは戦争という名の、人間に纏わり付いた呪いを解く為に、武士であろうとしたのかもしれん。武士として強く道を踏みしめることで、その不の連鎖から逃れられると、信じたのかもしれん。ただの詭弁と言われてしまえば、それまでじゃけども」

メイは、リオの背を見たまま小さく零した。

 「……それはきっと、詭弁なんかじゃありませんよ」

 「そうか? そう言ってくれるのなら、わしも格好が付くもんよ」

リオ=リュウゼンは朗らかに微笑む。メイは組の裏方を担う副長の背中から、太陽にも思える目映(まばゆ)さを覚えた。

 「……私の道には、いつも貴方が前にいます」

ふと零した本心は、リオへ聞かれぬように囁かれた。




 「……なら次は、私が貴方へ背中を見せましょう」

 時は現在へと戻る。リオやヴァレンとは反対側へ退避し、孤立したメイは、そこで再び刀を握った。

 行使された魔法は、鉄魔法・装甲(アーマー)。それは秘技魔法への対抗策としては心もとないが、その不足分は気概だけが補った。

 「……嵐が止んだとき、鳳凰はきっと来る」

 メイ=マルトは駆け出す。一片の畏れなく飛び込んだ先は、猛烈な砂嵐の渦中。命を省みないその男の生き様は、紛れもない侍だった。

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