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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍編~
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188.魔に堕ちた者と、魔に委ねた者。 *

 リオ=リュウゼンは、禁忌の刀を抜く。束の間男には、禍々しい魔力が宿った。

 「アズマ=サカフジ――!!」

激昂のままに、リオはアズマへと接近する。砂漠と化した幹線道路は立ち入った者から機動力を奪うが、ヴァレンの強化魔法を宿したリオに、その障害を乗り越えることは容易い。

 「……そうだ。だからお前は、局長になれない」

対照的にもアズマは、落ち着き払って呟いた。そして男は刀を抜きもせず、ふと右腕を前方へとかざす。

 「……砂塵魔法・放射(ラディエート)

聞き慣れぬ名の魔法から放たれたのは、猛烈な砂嵐。既に正面からの進撃を開始していたリオは、その渦にあえなく弾き返された。

 強烈な風と、その風に乗る鋭利な砂の粒子たち。それはすなわち、風魔法と砂魔法を掛け合わせた混合魔法。

 混合魔法という創作性の高い魔法の強みは、それを師に持つヴァレンが最も理解するところ。ゆえに彼女は、直ぐに共闘の準備をした。ただそれを止めるのは、彼女の傍にいたメイ=マルト。

 「……ヴァレンさん。恐れ入りますが、辺りに潜む忍をお任せしてもよろしいですか?」

 「……で、でも」

 「ミヤビの生んだあの怪物を止めるべきは、同じミヤビに生きた我々の仕事だと思うのです。誉れを捨ててでも、我々はあれを止めなければならない。我々があれと同じ、怪物と成り果てようとも」

その言葉こそ、決意の表れ。メイもまた、構わずにその愛剣を抜いた。

 そのときヴァレンは、もう何も語らずに砂漠から背を向ける。彼女は混沌とした自らの感情に蓋をして、ただその願いを請け負った。

 そしてメイは駆け出す。一切の躊躇いもなく砂漠へ飛び込んだのは、彼の宿した魔法属性がゆえ。その属性は、鉄魔法。

 「鉄魔法・独壇場(フィールド)……!」

 詠唱したその魔法は、砂漠と化した一帯を鉄の膜で覆い始める。不安定な足元が作り出した逆境は、瞬く間にして解消された。

 そしてメイは、その勢いのままにアズマへと迫る。鬼を宿した表情は、決死の表れであった。

 しかしながらそのとき、リオは叫ぶ。なぜなら彼はつい先程、敵へ一騎打ちを申し出たのだ。ここでメイに出張られてしまったなら、男が侍の矜持に従って成した表明は無為へ帰すことになる。

 「メイ……止めろ――!」

ただしその文句は、メイによって遮られた。

 「……副長。もう我々は、侍ではありません。敵と同じくして、堕天へ魂を売った化け物です……!」

 誉れからの脱却。侍としての矜持を貫こうと自ら戦場へ出向いた彼は、その矜持を容易く手放した。ただそれは、自らの矜持を捨ててでも討たねばならない、悪しき敵の存在があったから。

 そしてリオは、そのメイの覚悟を享受した。男は太刀を強く握り直すと、メイに続いて鉄の大地を踏む。

 アズマは一騎打ちの提案が破綻したことを知った。そんなとき男は恥を問うこともせず、むしろそれが喜ばしいことであるかの如く叫ぶ。

 「そうだ。そうだよなぁ! 俺たちはもう、侍じゃあない!!」

 侍であり続ける為に戦争を選んだ男と、侍であり続ける為にかつての同胞を討たんとした男たち。戦争の渦中で、その双方ともが侍であることを放棄した。そして双方ともが、それを許容して太刀を取る。堕天使が導いた世界は、人から人たらしめるものを奪い去る地獄そのものであった。

 ヴァレンにはその光景が、ひどく惨めに思えた。しかし彼女は自らの感情を押し殺し、自らのすべきことを見据える。周囲に残るのは、数一〇人もの忍の影。諜報魔法・不可視(インヴィジブル)を纏った忍たちは、依然として大きな脅威であった。

 「……まだ私だけは、魔道を歩いているの」

 かつて侍であった者たちは、もはやその歩み続けた道を逸れた。そんな光景の対比からか、彼女は自らの目で釈然と魔道を見据える。

 そしてヴァレンは、またその道の偉大な一歩を歩んだ。それは戦場という土壇場が生んだ奇跡ではなく、彼女自身が着々と鍛錬に励んだ成果から。

 誘惑魔法秘技・自律(コントロルフ)。魔法で自らを誘惑し、魔法で自らを操作する。通常の誘惑魔法と共通する点はただ一つ。ある一つの命令に従い、それが達成されるまで行動する。彼女は自身へと命じた。可及的速やかに、全ての忍を討て。

 意思を失ったヴァレンは、飛躍的な集中力を手にする。一端の乱れすら無い情緒は、彼女を冷酷たらしめた。

 束の間、ヴァレンの仕掛けた早撃ちが一人の忍を穿つ。弾道は正確無比。魔法のみに思考を明け渡した彼女の一撃は、従来の威力を遙かに凌駕した。それはたとえ代償魔法と衝突しようとも、十分に勝算が見出せるほどに。

 しかし瞳に映らぬ忍たちは、狡猾に立ち回る。暗器を握った二人は陣形を飛び出し、ヴァレンを挟み撃ちにして猛威を振るった。

 微かな魔力の揺らぎを肌に感じようとも、その機敏な動きを正確に見切ることは至難。連撃の最中(さなか)で、ヴァレンは遂に斬撃を浴び始める。

 ただそれでも彼女は懸命に身を捻り、致命傷を回避した。多少の傷を顧みずに行動するその様は、目的達成の為に合理性のみを追及する、誘惑魔法秘技・自律(コントロルフ)の導いた答えであった。

 

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