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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍編~
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185.そのOLは、魔道を進んだ。 *

 氷魔法・偶像(スケープゴート)で窮地を脱した玲奈が着地したのは、右側方に連なる民家の屋根上。同じ屋根に居合わせる忍の後方で姿を顕現すると、彼女はそこで銃を抜いた。

 屋根上に居た二人の忍は微細な魔力の動きを感じ取り、直ぐに後方へと振り返る。しかしそのとき既に二人へ襲い来るのは、二発の聖なる魔法弾。恐るべき魔力を帯びた凶弾は、もはや防ぎ切ることの出来る代物ではない。そんなことは、魔法を知る誰の想像にも容易かった。

 一方の忍は、判断を誤る。この戦場に至るまで代償魔法の力により優位へ立ち続けた癖からか、男は防御魔法陣を展開する。ただ玲奈の放つ弾丸はやはりそれを穿ち、そのまま真っ直ぐに男の顔面を吹き飛ばす。男は惨い肉塊と化して沈んだ。

 対してもう一方の忍は、賢明にも弾丸を回避する。そしてその忍は即座に懐から手裏剣を取り出すと、洗練された動作でそれを鋭く放った。

 凡庸な反射神経しか持ち合せない玲奈は、当然そに攻撃に反応出来ない。ただし知識に貪欲な彼女だからこそ、魔法戦闘の座学には明るかった。距離が開いた状態で窮地に追い込まれた敵は、まず時間を稼ぐべくして、狙撃や投擲の手段を講じるのが常套手段。そのどこかで見た本の知識だけが、僅かながらに彼女を突き動かす。

 もはや運頼みするかのように、玲奈は僅か側方へ体を傾けた。その小さな動作が、彼女の命を繋ぐ。彼女の心臓目がけて投げられた凶器は、肩を裂くに留まった。

 少量の血が噴き出し、激烈な痛みが体を巡る。ただし肩へ斬撃を受けたのが初めてではなかったことだけが幸運だった。思い返せばオペレーション・バベルの日。フィロル=バンドリアテと対峙した彼女は、同じ肩を負傷した。きっとそのときの記憶が無ければ、彼女は自分から流れ出る血を見て動揺し、慌てふためいて硬直していただろう。

 かつての記憶に救済されていたことへ気が付く間もなく、玲奈はまた引き金を引いた。ただし負傷が故に、照準は不安定。弾道は狙いよりも、やや下を向いた。

 それでも執念の一撃は意味を成す。弾丸は忍の右足を撃ち抜くことで、その厄介な機動力を奪い去った。

 忍は体勢を崩して倒れ込む。そしてその隙こそ、玲奈の勝機。彼女の放った追撃の一発は精密な照準を取り戻したうえで、狙い通りに敵の心臓を貫いた。

 こうして屋根上の攻防は決する。ただそれでも、当初からここを包囲していた忍の頭数からは、まだいくつか余りが残った。玲奈は残る忍を捜索すべく、急いで地上の幹線道路を見下ろすが、もうそのときそこに敵の姿は無い。

 忽ちにしてこみ上げる焦燥。敵を見失うことの危険性は、重々承知していた。それでも対多数の魔法戦闘を捌くのに、彼女はまだまだ経験不足。特異な魔力を持とうとも、実戦からしか培えない能力はまだ醸成されるに至れないでいた。

 ただそこで彼女が想起したのは、数分前に授かったフェイバルの助言。視界だけを頼ってはならない。ましてや、敵に諜報魔法の使い手がいるのだから、それは尚のこと。その思考に至れた彼女は、直ぐに魔力を頼った。

 ふとして背後から香ったのは、魔力の揺らぐ淡い感覚。その感覚だけで、彼女は賢くも臆病になれた。身体能力では敵に敵わないことを理解している彼女は、闇雲にも再び氷魔法・偶像(スケープゴート)を行使する。

 束の間、その氷像は不可視の斬撃によって粉砕された。言うまでもなくその攻撃の仕掛人は、残る二人の忍。彼らは再び諜報魔法・不可視(インヴィジブル)の恩恵を受け、その一撃に至った。

 忍の頭数が減れば、諜報魔法を集団的に行使するハッタ=クラトリの負担も必然と軽減される。いくらその男がフェイバルを相手取ろうとも、自身からそう遠くない距離の二人へ諜報魔法を行使することは容易い。持ち合せた魔法の知識から、玲奈はこの結論に辿り着くことが出来た。

 些細であろうとも、こうした理解の一つ一つが精神的な余裕を生む。玲奈は目に見えぬ暗殺者を前にしようとも、もう怯えることはなかった。

 そして玲奈は再び屋根上の中央部へと立つ。そこで続けて行使したのは、氷魔法・独壇場(フィールド)。頑丈な瓦に覆われた屋根上は、瞬く間に氷の床へ様変わりした。

 ひっそりと鍛錬を続けた成果は、ここで花開く。玲奈が更に連続して繰り出した魔法は、氷魔法・(スピア)。凍てついた屋根上の一帯からは、氷の槍が次々に空を目指した。

 平たい屋根の上は、氷の森へと姿を変えた。それはやや強引で魔力消費が大きい選択だが、目に見えない敵を討つのには合理的。氷の床が敵から機動力を奪ったうえで、そこで足踏みしか出来ぬ敵を一挙に串刺しにするという、見事な戦術だった。

 「……魔力が……静まった」

 まだ目には見えないが、玲奈は敵の掃討を察する。そのとき訪れた安堵は、彼女の下半身から力を奪った。

 玲奈は氷の森の深部で座り込む。自らの秘めた、未知なる魔力への不安。確かに成長した魔法の腕前から覚える達成感。まだ決して黙殺は出来ない、人の命を奪ったという事実が誘う罪悪感。あらゆる感情の渦中に落ちた彼女が陥ったのは、ただ無心にその美しい森の眺めることだけだった。

No.185 変質魔法中における魔装加工品の取扱い


変質魔法は既存の物質を属性に伴った物質へ置き換える魔法であるが、魔装加工の施された魔法具などにその効果を作用させることは容易に出来ない。故に魔法具等を所有する魔導師が変質魔法を行使する際は一般的に、自らが発現させたものでそれらを包み込んで移動し、魔法の解除と同時に再び装備するというプロセスを踏んでいる。なお衣類やその他装飾品は魔装加工が為されていないものも多いが、それらについても同様の過程で保護することが一般的である。ここで察しが良い方はお気付きだろうが、誤って衣類を変質させてしまうと、顕現後に醜態を晒すことになる。

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