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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第2章 ~堕天の雫編~
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18.偶発する魔導

 フェイバルとヴァレンはバリケードを見渡す。そこには幾つもの死体が連なるものの、フェイバルは直感的に生きながらえている者の存在を悟っていた。

 「マフィアの人間ともなれば、そこそこの魔法の使い手だ。こんなことで死んじゃくれねーだろうな」

 「……ですね」

そうして二人は慢心することなく、バリケードの隅から反対側へと踏み入った。

 そこに広がるのは、バリケードにあらゆる備品を投入したせいで、更に殺風景へと化した大空間。床にはあらゆる薬品や粉末、年季の入った木箱が散らばる。それでも、やはり目的の人影だけは依然として見当たらない。

 「誰も……居ねーな」

 二人の視線は、自然と吹き抜けの上層へと移る。それはもし敵がこの地下で息を潜めているのなら、きっと高所からこちら側を見下ろせる位置が適切であろうという、経験から培われた堪による結論であった。

 そしてその堪こそが、逆手に取られる。二人の背後に佇むバリケードからは、微かに何かの軋む音が響いた。

 フェイバルは反射的に体を後方へ捻りながら声を荒げる。

 「――ヴァレン! 後ろだ!!」

束の間、バリケードの根元へ立て掛けられたデスクの天板が吹き飛ぶ。そこで息を潜めていた巨漢は拳を振りかざし、真っ直ぐにヴァレンの元へと飛び掛かった。

 ヴァレンは身を捻りながらも、間一髪で防御魔法陣を展開する。しかながらら、その奇襲はあまりに完璧だった。体勢の悪い状態で展開した防御魔法陣は、男の振り下ろした拳によって忽ち粉砕される。相殺しきれなかった衝撃は、ヴァレンを空間の更に奥へと吹き飛ばした。その後やや遅れて、衝撃音が地下へと響く。

 フェイバルは男の照準をこちらへ引き付けるべく、光熱魔法・烈線(レーザー)で反撃した。一筋の熱線は、高速で敵の胸元へと伸びる。しかしその巨漢は、見てくれに反した軽い身のこなしでそれを難なく回避した。それはすなわち、ヴァレンと同じ強化魔法に拠るもの。

 高水準の強化魔法。巨躯ながらも、その気配を消し去る技術。その男こそが、マフィアと繋がる人物。フェイバルはここで確信を抱いた。

 巨漢は懐に忍ばせていた木片を咄嗟にフェイバルへと投擲した。男は容易くそれを見切り、防御魔法陣をもって防いだ。

 そのとき巨漢は不敵な笑みを浮かべ、突然フェイバルに語り掛ける。先の攻撃はどうやら、ただの挑発だったらしい。

 「まさか国選魔導師がお出ましとはなあ。俺がお前を壊せば、首領(ドン)も認めてくれるだろうよ……!」

フェイバルは凜としてそれへ応じる。

 「なんだ、俺の事知ってんのか」

 「当たり前だ。裏の世界の人間ってのは案外、ギルド魔導師に詳しいもんだぜ」

 「なるほど、一方的に知られてるってのは不利だなぁ。俺がお前について知ってることは、お前が王都マフィアの人間だってことぐらいだわ」

 「そうかい。なら、その記憶だけ抱えて逝けや――!」

 そして男は外見に似合わぬ素早い動きで、フェイバルとの距離を一気に詰める。それでも彼は至って冷静に、敵の魔法を的確に分析した。

 「強化魔法・剛力(ストロングス)俊敏(アクセル)。典型的な肉弾戦の型だな」

 分析を経て、フェイバルは臆せず魔法陣を展開する。深紅の魔法陣と大きな拳が激突すればその刹那、空間には肉の焼けた匂いが充満した。

 巨漢は後方へと一時退避する。フェイバルは魔法陣を閉じると、鋭い視線を突き刺して呟いた。

 「……ただの防御魔法陣じゃねーから、拳使うなら気を付けてくれや」

気付けば巨漢は拳は高熱に晒されて(ただ)れ、その原形を失っていた。肉は束の間にして焼け落ち、歪んだ骨が露出する。

 熱魔法・帯陣(ウェア)とは、魔法陣本体へ高温の熱を宿す術。一見すれば、本来は無属性である防御魔法陣と違わないものの、安易に触れれば熱傷は免れない。防御と同時に反撃を引き起こすこの魔法は、肉弾戦を得意とする者へ絶大な効果を誇った。

 巨漢は失われた拳に耐えかねて思わず狼狽(うろた)える。それを好機と見たフェイバルは、直ぐに追撃へと転じた。

 すかさず展開される魔法陣はフェイバルの脚を包む。熱魔法・装甲(アーマー)を纏った右脚は、巨漢の腹へと突き刺さった。

 為す術無く一撃を受けた巨漢は軽々と吹き飛ばされ、ついにバリケードへと激突する。バリケードは男の体と共に吹き飛ばされ、そのまま溶解した扉の方へと弾き出された。

 そして空間は静まり返る。フェイバルは敵の気絶を悟り、そのままヴァレンの元へと向かった。

 空間の奥まで進めば、フェイバルは体勢を低くして潜むヴァレンと邂逅する。彼はふと彼女を気遣った。

 「ヴァレン。無事か?」

 「はい。ご心配お掛けしました」

 その間にもヴァレンは、治癒魔法を行使する。先の攻撃で頭部からは血が滴るが、外傷を癒やすことの出来る魔法は、そんな怪我さえも克服した。




 「……こんな無様じゃあ……死に切れねーんだわ……」

 巨漢は薄れゆく意識の中、たまたま手の届く場所にあった木箱を漁る。そしてそんな偶然が、最悪の戦況をもたらした。

 「……首領(ドン)……俺ァ……あんたのガキだ……だから……あんたの為なら……!」




 廃工場の地上にて。玲奈とダイトは、暗闇の中を歩き続けた。右手には大きなコンテナ群。左手には工場建屋。二人は引き続き残り三人の見張り番を探すが、一向にそれらしき人影は現れない。

 玲奈は妙な疲労感を覚えつつも、小さな声で零す。

 「あと三人……いないね……」

 「そうですね。こればかりは闇雲に探すしかないです。根気強くいきましょう」

 「……そうね」

そのときダイトは、息切れが続く玲奈を気に掛けた。

 「レーナさん、少し休憩しますか? 軽度ですけど、魔法負荷の症状が出てます。きっと倦怠感もあるでしょう?」

 「……大丈夫……行こう」

 その返答は、決してダイトの不安を取り除くことの出来るものではない。それでも彼は、彼女の意思を尊重することにした。

 「……なら、行きましょう。もっと多くの敵を前にしているであろうフェイバルさんが、もう先に全部片付けちゃった、なんて事になったら、俺たちのメンツが立たないですからね」

 そうしてふと威勢付いたその刹那、まるで狙い澄ましたかのように、探し人らは現れる。工場建屋の屋根から音も立てずに奇襲を仕掛けたのは、二人の見張り番。その手には、分厚い刃を備えた魔法剣が握られていた。

 魔法剣とはすなわち、魔力を宿すことでその威力を爆発的に上昇させる剣型の魔法具。大陸では魔法銃に並ぶ、代表的な武器である。

ダイトは己の防御以前に、玲奈をコンテナの隙間へと投げ飛ばした。更にはこの短い猶予の中で、鉄魔法・装甲(アーマー)をも行使する。

 束の間、二本の魔法剣がダイトを狙った。それでも彼は鋼鉄の両腕を挟み込んで、その刃を受け止める。激しい火花が散り、耳を刺すような金属音が響いた。

 直後、見張り番の男たちは直ぐにダイトから距離を取る。それは劣勢故の退避ではなく、着実に敵を狩る為の戦略。

 ダイトは腕の灼熱感を覚えた。刃を防いだ腕の鉄装甲は完全な防御に至っておらず、むしろ深い傷が刻まれる。血の滴りからも、相当な損傷が窺えた。

 ここでダイトは自らの窮地を理解する。それは今までの見張り番とは全く異なる、眼前の敵の圧倒的な魔力。

 見張り番の男らは、ダイトがそれを理解したことを察して醜悪に笑う。

 「――こりゃすげぇ。俺の魔法じゃねーみたいだ」

 「――地に堕ちた天使の涙とはよく言ったもんだな」

 男らは興奮したまま再び剣を構えると、また息を合わせてダイトへと接近する。思わず怯んだ彼はまたも防御魔法陣の機会を失い、また鉄魔法・装甲(アーマー)を頼った。

 男たちが繰り出す激しい連撃は、その物量も威力も先程の比ではなに。それでもダイトはただ、鉄を纏った肉体をもって耐え抜くことを強いられた。

 無情にも、彼は完全に窮地へと追い込まれる。攻撃を受けるたび、鉄装甲は着実に消耗した。

 そしてそのとき玲奈は、体勢を立て直してコンテナの陰から様子を伺う。脳裏を巡るのは、交錯して絡み合った思考たち。

 (私は……何をすれば……)

 (決まってる……ダイト君を助けなきゃ……)

 (でも……どうやって? 私に何ができるの??)

 この有事にして、様々な思案が頭を巡る。しかし彼女は、あまりに無力だ。魔力負荷なるものを発症しているうえに、下手な魔法を撃てばそれでダイトを攻撃しかねない。そもそも、まだ満足に魔法を繰り出せたことすら無いのだ。

 そんな中でも、ダイトの鉄装甲はみるみると消耗してゆく。男の切り傷は次第に増え始め、あらゆる箇所から出血を伴い始めた。

 (何か……何か私にできることを……!) 

No.18 魔力負荷


急激な魔力の放出によって魔器に負担が掛かることで起こる症状。軽度では倦怠感や息切れ、中度では出血や目眩、重度では意識障害などが確認されている。死亡例も存在する。

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