181.傍に居るから *
ヴァレンは二人の侍と共に駆け出す。向かう先は、左側方に伸びた路地。やや迂回することで忍の包囲網を越え、西検問へと接近することが狙いだった。
しかし忍は、それを易々と見逃すほどに甘くない。頭領たるハッタが左手を小さく掲げれば、それを合図に忍は行動を開始した。
動き出したのは、路地の左側に並ぶ建築物に潜んだ忍たち。屋根上に控えていた者はそこを伝って三人を追跡し、屋内から窓越しに様子を窺っていた者は、窓を突き破って地上から三人の背中を追った。
しかし地上の忍に訪れたのは、恒帝の一撃。フェイバルの光熱魔法・恒球は、防御魔法陣を展開する隙すら与えることなく、三人の忍を葬った。
「……国選魔導師に背を向けるとは、随分と甘ったれたシノビだなあ。頭領さんよ」
ハッタはその挑発に乗らず、粛々と右手を小さく前方へかざす。その合図に従って、右側方の屋根上に展開していた忍は、フェイバルと玲奈の退路を断つように幹線道路へと移動した。
玲奈は魔法銃を抜き、フェイバルに背中を預ける。慣れとは不思議なもので、数多の経験を踏んだ彼女に怯えは存在しなかった。
「結局、夢で見た通りになっちゃいましたね。フェイバルさん……!」
「だな。回避出来るものじゃねーのかも」
ただ言わずもがな、数的不利の逆境は紛れない事実。それでも二人に、尻込みする弱さは無い。むしろ二人は、初めての共闘にどこか奮起していたのかもしれない。
ハッタは腰に差した魔法剣を抜いた。やや刀身の短いそれは、玲奈の生きた地球における忍者刀とよく似た代物。
そしてそんなふとした動作こそが、隠密部隊たる忍の合図だった。退路を断つように立ちはだかった三人の忍は、そこで一斉に攻撃を開始する。
手にしたものは苦無。魔装加工の為されたその刃物は、魔法戦闘でも有効な投擲武器として機能した。
しかしそれを投げる際に生じる予備動作は、玲奈の視界によって捉えられる。彼女はすかさず魔法銃を構えると、直ぐに引き金を引いた。
フェイバルはいつの間にか逞しくなった秘書に感心しつつも、彼女の放った弾丸が一発であることを認知し、残る二人の忍に対する攻撃策を打つ。敵の方向へ振り返りもせずに無動作で展開した魔法陣から放たれたのは、光熱魔法・烈線。熱線は真っ直ぐに残る二人の忍へ伸びた。
一発の弾丸と二本の熱線は、正確に敵を穿とうとする。ただ忍もまた、魔法戦闘の鍛錬を積んだ精鋭。彼らは防御魔法陣をもって防御へと挑む。
例に漏れず代償魔法を宿したその防御魔法陣は、言うなれば堅牢な盾。優れた魔導師の攻撃であろうとも、理不尽にそれを打ち破る。国選魔導師に至る実力を誇るフェイバルの魔法であればまだしも、まだ魔法の手ほどきをうけて一年も経たない玲奈の魔法など、もはや恐れるに足らなかった。
無論それを理解しているフェイバルは、次の一手へ万全に備える。しかしながら、男の計らいは無碍に潰えた。それは彼にとって間違い無く好都合な事象ながらも、同時に得体の知れぬ驚きを覚えさせる。
玲奈の魔法銃による一撃は、代償魔法を帯びた防御魔法陣を突破し、忍の心臓を真っ直ぐに捉えた。玲奈の魔法は僅か一年足らずの醸成のみをもって、未知の魔法を穿ったのだった。
これにはもはや、ハッタすらも驚愕を隠せない。男は語気を強めて問いただした。
「……恒帝……その女は何者だ……?」
言うまでも無く、フェイバルに解答するだけの理解は無い。男はその相対する敵と、同じ感情を抱いていた。
「レーナ……お前は一体……?」
しかし束の間にして、フェイバルは一度抱いた畏敬の念を許容する。男は我を取り戻し、玲奈へ掛ける言葉を訂正した。
「……いーや、細かいことは後だ。とりあえずお前の魔法で、こいつらぶっ飛ばすぞ」
「――へい!」
玲奈は気前良く応答する。二人はまた、ハッタへと向き直った。
ハッタは国選魔導師を敵にしながらも、その傍に立つ異様な魔導師を警戒して直ちに魔法を行使する。選ばれたのは、諜報魔法・不可視。その魔法は術者たる男のみならず、周囲の忍全員へと行使された。
瞳には映らずとも、フェイバルは熱魔法・感熱により、忍らの体温を検知する。抜かりなく敵を見据えたその男は、若干の焦燥を見せる玲奈へ声を掛けた。
「レーナ、俺はもうお前を一人前の魔導師として見ている」
「は、はい?」
「要するに、守るだけの厄介者じゃねーってことだ」
「え、えっと……はい!」
「目で見えなくても、焦るな。俺が奴を消耗させれば、奴も広範囲な諜報魔法を維持出来なくなる。そこまでの辛抱だ」
「……分かりました。あいつらのこと、ちゃんと目で見えるようにしてくださいよ!」
「ああ。任せとけや」
そして男は、一つばかりのヒントを託す。
「……魔力ってのは、体感でうっすらと感知出来る。俺以外の魔力だと思ったら、もう思いきってそいつを撃っちまえ」
その言葉を残した束の間、フェイバルは駆け出した。幹線道路を真っ直ぐに進んだ先にある体温は、先程の位置関係から考慮してハッタのもの。ただ男の推測によるなら、きっとこれはハッタではない。最も腕の立つハッタは既に別の場所へと潜伏し、攻撃の好機を待っている。それこそが、忍ぶということなのだから。
フェイバルは熱魔法・装甲を行使する。高温を宿した熱は、凄まじい踏み込みから放たれた。
その体温は身軽にも、上空へ飛び上がることで攻撃を回避する。一対一の戦闘であったなら、それは適切な判断だっただろう。
それでも国選魔導師・恒帝の傍には、頼れる秘書が居る。玲奈は自らの感覚を信じて、引き金を放った。正確無比な弾丸は、飛び跳ねた忍の心臓を真っ直ぐに貫く。