179.決戦地へ *
「――にしても旦那が助手席に座るなんて、珍しいこともあるもんだねぇ」
異様に静かな幹線道路を通り抜けながらも、ダルビーは横に腰掛けるフェイバルへと呟く。フェイバルは普段よりも薄暗い町並みの荒涼を眺めながら応じた。
「人が多いから、たまたまな」
ふとダルビーは、後部座席の人影へと言及する。
「……後ろに乗ってる見慣れない兄さん方は、やっぱサムライってやつなのか?」
「そーだな。本来は騎士団本部で軟禁されてるはずだったが、勝手に連れ出した」
「おいおい、そりゃマズいんじゃねーのかい」
「仕方ねーだろ。あいつらがサムライである為には、こうするしかなかったんだ」
その開き直った男の言葉を聞き、ダルビーは笑みを零して言葉を紡ぐ。
「……そうだよなぁ、旦那は昔から、そういう男だ」
都内東部。ムゾウ=ライジュは、イロ=シャクヤを下した。しかしその過程で負った傷は深く、ムゾウは力無くその場へと倒れ込む。胸から肩に伸びる傷は、依然として止めどなく血を噴き出し続けた。
意識は掠れゆく。しかしそれを寸前のところで繋ぎ止めたのは、ある女の声。そして束の間に訪れた、温かな魔力。
「――よく頑張ったじゃないの」
治癒魔法の主は、ツィーニア=エクスグニル。都外での任務を終えた彼女は、前哨拠点の惨事を目撃し、そこから捜索を経てムゾウの元へと辿り着いた。
ムゾウは安堵からか、穏やかな顔つきで言葉を零す。
「……師匠……すいません。お手を煩わせてしまって……」
「弟子を取った日から、そんなこと覚悟のうえよ」
ツィーニアは担いだ大剣を地面へと突き刺すと、そのままムゾウの傍へと歩み寄った。地面へ座り込めば、倒れ込んだムゾウに膝を貸す。束の間、治癒魔法の出力が強まった。
「……すいません……師匠」
「謝ることなんてないの。あんたは、私の補助魔導師としてやるべきことを成してくれた」
そしてツィーニアは、速やかに話題を変える。
「……使ったのね。幻魔法」
「……はい。勝つ為に、使いました」
「その傷を見れば分かる。あんたは私の教え通り、可能な限り敵に自らの優位を意識させ、その油断を誘った。でも、それでここまでの致命傷を負うのは本末転倒。そこだけは、あんたの至らないところ」
突然の駄目出しに、ムゾウは小さく微笑む。
「て、手厳しいですね。師匠は」
「私はあんたを死なせたくない。だから次は、もっと狡猾に戦いなさい」
さりげなくもどこか不器用な愛情に、ムゾウの表情はまた綻んだ。
「半分は魔導師でも、もう半分は武士である自分に、それを言いますか?」
「ええ。あなたはもう、魔導師の弟子なの。誉れの為に死ぬことだけは、私が許さない」
その発言は、冷酷を貫く彼女がふと吐露した、僅かばかりの本心。弟子を想う彼女だからこそ抱いていた、不安の告白。その優しさを悟れるくらいには察しの良いムゾウなので、彼は特に言葉を返さず、ただ彼女の膝を遠慮せず借りた。
「――というわけなんだ。まだオウナ=センダイの姿も見えないし、嫌な予感がする」
王国騎士団本部にて。トファイルは王都西検問を固める魔導師らとの定時通信が途絶えた旨を、タクティスへと報告した。タクティスは軍師として決断を下すべく、通信魔法具を制御する騎士へ指示する。
「……フェイバルへ通信を繋げ。彼の力を借りる」
騎士は慣れた手つきで通信を接続した。タクティスはそこへ駆け寄るや否や、直ぐに通信魔法具を取り上げ、通話を開始する。
「フェイバル、応答しろ」
「――はいはい、何ですかい」
「出撃命令だ。目的地は、王都西検問。奇襲が行なわれた可能性が高い。市街戦も想定される」
やや切羽詰まったタクティスに声に対し、フェイバルは酷く落ち着いてそこへ応じた。
「だろーな。生憎だが、俺たちはもう部屋を飛び出して、車で向かっているところだ」
そこでタクティスの脳裏に浮かんだのは、同じ部屋で軟禁状態にあった二人の侍の所在。男は若干に事の顛末を察しながら、フェイバルへと問い掛ける。
「……もしや二人の侍も、お前の傍か」
「そうだな。ちとあんたたちには悪ぃが、同行してるよ」
「また勝手な真似を」
「魔道と武士道。違う道でも、険しい道を往く人間なのは同じだ。俺はこいつらの意思を尊重する」




