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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍、天使と堕天使~
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178.黒き謎は紡がれる *

 「――すまねーな。こんなときに呼び出しちまって」

 王都・ギノバス、貴族街の外れにて。騎士団本部からかなりの距離を置くそこは、普段でも人気(ひとけ)の多くない路地。フェイバルが礼を述べた相手は、専属運転手・ダルビー=クライツだった。

 「なーに。らしくねいねえ、フェイバルの旦那」

 男は愛車の運転席からフェイバルを見下ろしたまま、気さくに返答する。戦時中でも変わらぬその男に少しの安堵を覚えてか、フェイバルは普段の腑抜けた自分を意識して応じた。

 「……よし。さっさと出ちまおうや」

そして男は、珍しくも助手席へと飛び乗る。玲奈らはそれに続き、いつもの後部座席へと押し入った。

 全員が乗車すると、ダルビーは魔力駆動車へ魔力を充填する。それは忽ち駆動部へと巡れば、微かな振動が響き、車両頭部のライトか輝いた。

 「――それじゃ、あんたら命知らずのお達し通り、西検問に近付くぜ!」

ダルビーは強くペダルを踏む。異様な静けさを纏った暗がりを貫くように、車両は急発進した。




 ギノバス王立病院は、絶え間なく運び込まれる騎士の治療へとあたる。施設内は既に収容可能な人数を超過し、床には薄い布を敷いただけの簡易的な病床が整備された。また夜間も引き続き病床を稼働させるには治癒魔導師の数が足らず、治癒魔法に心得のある騎士らもそこへ尽力するほど、現場は逼迫していた。

 運良くも、イグ=ネクディースは正規の病床へとありつく。オルパスが初期対応で行使した治癒魔法の甲斐もあり、院内における彼女の治癒も滞りなく完了した。その後彼女は病室へと運ばれ、そこで一時の安静を過ごす。

 陽が落ちて暫し経った頃、遂にイグは目を覚ました。見知らぬ天井を眺めたのも束の間、ふと意識は右手へと集う。無論、そこに感覚は無かった。

 残酷な現実を見据えるべく、イグは首を下げて視線を右腕へと差し向ける。きっとそこにはもう、己の武器であった右手は存在しない。そんな耐えがたい恐怖は、忽然と解消された。

 まだ感覚は無いものの、そこにぶら下がるのは正真正銘の右手。洗練された治癒魔法とは恐るべきもので、跡形も無く吹き飛ばされたはずの手は完全な形で復元されていた。それがゆくゆくは満足に動かせるまで回復するのかは分からないが、今の彼女の心の支えになったことは確かだった。

 それでも耳の痛みは、目を背けたいほどの現実を彼女へと想起させる。ナミアス=オペロットは死んだ。意識を失う寸前にふと目撃しただけの亡骸が、異様なほど鮮明になって何度も脳裏を巡る。

 そのとき、病室の扉はノックも無しに開かれた。無言のまま部屋へ押し入ったのは、看護師らしき女性。どこか無作法な様子は、疲弊したイグでも違和感を覚えるほどだった。

 そしてその違和感の答えは、間もなくして明かされる。ふとしてその看護師の女は、笑顔を貼り付けた男へと変化した。

 「――やあ、おはよう。待った甲斐があったよ」

現れたのは、オルパス=ディプラヴィート。男は諜報魔法・偽装(スプーフ)にて、全くの別人を装い病院へと潜伏し、イグの目覚めを待ち侘びていた。

 イグは弱々しい声で応じる。

 「……どうも、ありがとうございました」

 「いーんだよ、そんなこと。国選魔導師として当たり前の事をしたまでさ。若い芽は摘ませないとも」

妙な口数の多さは、どこか白々しさを感じさせる。事実、オルパスという男の興味は、未知なる魔法そのものにしか向けられていないのだから。

 男は建前を終えたところで、直ぐに本題を持ち出した。

 「早速で悪いんだけどさ、君の体験談を出来るだけ詳しく聞きたいんだ。私って国選魔導師なものだから、後々になると動きづらくてさ。戦争中のいざこざに紛れて、今のうち君と話しておきたいわけ」

命を救ってもらった身であるイグに、それを拒否する術は無い。彼女は従順に応じた。

 「分かりました。覚えている限りなら、何でも」

その待ち望んだ応答に、オルパスは微笑む。そして男の質問は始まった。

 「ならまずは、君の仲間がどうやって殺されたか、からだね」

それはまさしく、イグの弱り切った心を更に深く抉るようなテーマ。それでも男は配慮無く尋ね続けた。

 オルパスはまずもって自らの持ち合せた情報を示す。

 「私が見たのは、あの男が黒い(もや)の魔法を当てられて、空中から墜落していくところ。そしてその死体。間近であの男が殺されたところを見て、何か気付いたこととかある? 些細なことでも、何でもいいんだ」

 「……す、すいません。そのときはもう、かなり意識が朦朧としていて……」

 「……そっか。なら、分かるはずないか。じゃ、今の無し」

男は早々に論点を切り替えた。

 「なら次は、例の化け物について。君と化け物の会話の内容は諜報魔法で盗み聞いたから、他の情報が欲しい。化け物に最も近い距離で対話した君だから分かることを、だ。どんなに些細なものでもいい」

その問いに対しイグは頭を捻った。そこから暫しの時間を経たとき、博識な彼女は、過去に新聞で目にした情報を想起する。

 「……一つだけ、気になることがあります」

 「……というと?」

 「黒い魔法陣。あれが観測されたのは、今日が初めてではないはずです」

その言葉にオルパスは興味を示し、男は更なる詳細を促す。

 「ほう、それはいつ? どこで?」




 「――メディナル神殿遺構。一年経たないくらい前のことです」

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