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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第2章 ~堕天の雫編~
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17.闘いの決意を

 廃工場敷地内の一角。状況を立て直すべく大型機械の陰へ身を潜めていた玲奈とダイトは、またしてもこちらへ接近する足音に気が付く。そして続け様に、その足音の主の声が耳へと差し込んだ。

 「――こっちへ逃げたはずだ! 探せ!」

ダイトが感じた足音は三つ。音の方向とその切迫した声色から考えれば、先程接触した見張り番の男たちで間違いないだろう。

 ただ状況を正確に把握出来ようとも、数で劣った現状は芳しくない。それでもダイトは玲奈へ打開策を告げた。

 「敵は三人。僕が注意を惹きます。その隙にレーナさんは、魔法銃で奴らを始末してください」

彼が言うのだから、きっとそれが最も成功率の高い策なのだろう。それでも玲奈は、直ぐにその案を承諾することが出来なかった。なぜならそれは、殺人を促す指示で違いないのだから。

 玲奈は困惑する。それでもダイトは、ことさら真剣な顔で彼女を奮い立たせた。

 「レーナさんが咄嗟に銃を拾ったのは、今まさにこのときの為でしょう?」

 「それは……」

 「レーナさんは魔導師です。やれます。いや、やらなくちゃなりません。なぜならそれが出来なければ、俺が死ぬからです」

 その言葉を聞いた玲奈は、無意識にも苦い表情を浮かべた。仲間の命を天秤にかけられては、作戦を了承せざるを得ない。

 人を傷付けることの罪深さなど、もう何度教わったことだろう。もはやそんな教えは、理解という領域を越え、根源的な価値観として染み付いていると言っても差し支えない。

 それでも彼女は、この魔法に溢れる世界を選んだ。自分の汚れた手と仲間の命の、どちらが重たいのか。そんな究極の選択を迫られるところこそ、この世界なのだ。

 そしてダイトは玲奈の返答を待つことなく、軽い身のこなしで陰から飛び出した。言うまでも無く、見張り番の男たちはそれを視認することとなる。

 「――あそこだ!」

 束の間、三丁の魔法機関銃がダイトを捉えた。対して彼は敵の照準を攪乱すべく、縦横無尽に走り回る。一見無造作に見えるその動きでも、それは弾道を着実に揺さぶった。魔法ですらない、ただ純粋なる身体能力をもって、ダイトは場を制する。

 その超越した動きに感心して見入ってしまいそうだが、玲奈にそんな暇と余裕は無い。今ここで己の使命を果たさねければ、彼女は魔導師を名乗れないのだから。

 魔法に溢れた世界の厳しさを痛感した玲奈に訪れたのは、紛れもない仲間の命が懸かった極限の事態。仲間の為に人を殺すということ。止めどなく生まれる罪悪感から、玲奈は必死に眼を逸らした。

 見張り番の男たちもついに目が慣れて、ダイトへ照準が合いつつあるその刹那、時間稼ぎの限界を感じた彼は、大型機械の反対側に位置する廃棄されたタンクの陰へと潜んだ。無論見張り番の男たちは、ダイトの潜むそのタンクへじりじりと近付く。そのタンクの陰から逃げ場が無いのは、一目瞭然であった。

 そしてその危機こそ、玲奈にとっての好機。彼女は意を決し、ついに大型機械の陰から姿を現した。握った銃は、無防備にこちらへ背中を晒す男たちへと差し向ける。

 玲奈は高まる心音を押し殺してそこに立つ。それでも雑草が音が立てれば、見張り番の男は直ぐに玲奈の存在へ勘付いた。最も早く反応した男の一人は、反射的に玲奈の方角へ銃口を向ける。

 生と死の境界線。銃口を向けられる経験など、当然にして初めてだ。それでもなぜか、玲奈は冷静でいられた。いやむしろ、命が懸かっているからこそ、冷静でいられたのだろうか。彼女は瞬時にその場に伏せると、背の高い雑草へ紛れる。体勢を低くすることで敵の射角から外れることが狙いだった。

 一般人の玲奈に、何故こんなことが出来たのか。それは彼女が極限状態で発揮した冷静さと、彼女が愛して止まないオタク趣味が引き起こした奇跡だろう。

 大学一年生の頃。バイトに勤しみパソコンを組み立てたのは、良い環境で銃ゲーの腕を磨く為。オンライン大会にも出場した。決して華々しい趣味ではなくとも、そんな経験が彼女とその仲間の命を繋ぐこととなる。

 ゲームの見よう見まねで掴んだ好機。彼女はそのまま躊躇うこと無く、引き金を引くことが出来た。

 反応の遅れた二人の戦闘員は、そのときようやく背後の異変へと気付く。それでも彼らより一足先、玲奈の銃口からは無数の魔法弾が放たれた。束の間、激しい銃声が場を支配する。

 三人の戦闘員は一網打尽。為す術無く地に伏してゆく、はずだった。敵はゲームに登場するような、撃たれ死ぬ宿命を抱いただけのそれとは違う。名の通り鍛えられた戦闘員。彼らは咄嗟に魔法陣を展開すると、玲奈の銃弾を容易く防ぎ切る。

 素人である玲奈が、銃をまともに扱えるはずもなかった。弾の物量には引けを取らぬものの、そのほとんどは敵の魔法陣に接触することすらなく、ただ地面や壁を打ち抜く。銃の強い反動を必死に受け止めることで精一杯の玲奈は、目を瞑って祈ることしか出来なかった。

 闇雲に銃を撃ち続ける最中(さなか)、ダイトの機転は光り輝く。彼は音を殺してまた駆け出すと、自分に背を向けた三人の見張り番へ忍び寄った。

 そしてそのとき彼の手に握られたのは、銀色に輝く眩き剣。鉄魔法・造形(クラフト)によって造りだした武具である。

 被弾を避けるべく、ダイトは低い態勢のまま敵を間合いへと陥れた。そしてすかさず振り下ろされたのは、豪快な銀色の一閃。その音の無い襲撃は、三人の戦闘員をいとも容易く刈り取る。




 気付いたとき、玲奈の持った魔法銃から弾丸が放たれることはなくなっていた。銃の故障かと焦りを感じていると、丁度そこへ一仕事を終えたダイトが歩み寄る。

 「まったくレーナさん、無茶苦茶し過ぎですよ。魔力切れしてるじゃないですか」

 「魔力切れ……?」

 「慣れないうちはよくあります。酷い魔力切れだと、体に負荷が掛かるので、気を付けてくださいよ」

そのときの玲奈はダイトの気遣いに反応する余裕すら無く、ただ率直に敵の所在を尋ねた。

 「あの人たちは……死んだの?」

 「……はい。レーナさんの撃った弾が気を引いてくれたので、俺が背後から仕掛けました」

玲奈は黙り込む。それは思うように貢献できなかったことへの口惜しさか、手を汚さずに済んだ安堵か。

 そのときダイトは少し笑うと、伏せたままの玲奈へ手を差し伸べた。

 「俺には分かりましたよ。レーナさんが、()()で撃っていたってこと」

 彼は励ますつもりだったのかもしれないが、それを言語化されたことで、玲奈は先程までの自分により一層畏怖した。確かに自分は、明確な殺意をもって引き金を引いた。彼女は、地球に生きた二〇数年で培った倫理観を、こうも容易く放棄したのだ。

 「……あの、よく分からないの。どうして私がこんなに簡単に人を殺そうと出来たのか。今までこんなこと考えられなかったのに……いや、仲間を守るっていう名目があるのは分かってるんだけどね。でも……だとしても……」

玲奈は抱いた負の感情を素直に吐き出した。それに対してダイトは、まるで彼女の不安に満ちた声色を払拭するかの如く、突拍子も無く明るい口調で語る。

 「良かったですね、玲奈さん!」

唐突な一言に、玲奈はもはや混乱した。

 「へ? 何が?」

 「それは後で、フェイバルさんから聞いてください!」

あまりにも脈絡の無い応答。それでもこんな意味不明な会話が、今の玲奈の不安定な心境を回復するのには、適していたのかもしれない。

 そしてダイトは話を作戦の本筋へと戻した。

 「レーナさん、見張り番は残りまだ三人いるはずです。気を緩めずに行きましょう」

ダイトは差し出したままの手を、更にもう一歩前へと突き出す。玲奈はようやくその手を取って立ち上がると、そこで握っていた魔法機関銃を捨てた。

 「魔力切れなら……これは持ってても意味ないか」




 フェイバルとヴァレンは、地下へ続く薄暗い階段を下った。段を降り切ってようやく通路に繋がると、そこに待ち受けるは重厚な鉄の扉。内側から施錠されているあたり、敵の本陣は直ぐそこだろう。

 フェイバルは迷うこと無くヴァレンに指示を出す。

 「こじ開けるぞ。奇襲に警戒な」

 ヴァレンは一歩引いて頷いた。フェイバルはそれを確認すると、右腕を側方へと突き出す。束の間展開されるのは、腕に巻きつくような紅の魔法陣。行使した魔法は、熱魔法・装甲(アーマー)。自身の肉体に高熱を宿す魔法である。

 フェイバルはその高温の右腕で鍵穴へと触れた。すると鍵穴があった場所は容易く溶解し、鉄の扉には風穴が開かれる。錠が意味を成さなくなったところで、男はそれを押し開けた。

 そして扉が開いた先こそ、堕天の雫の生産施設。二人の視界は、地下の殺風景に大空間を映し出す、はずであった。二人は目にしたものは、ガラクタの積み上げられたバリケード。そこはもう、戦場に違いない。

 「――撃て!!」

 その合図を皮切りに、バリケードの高所を陣取った者は、魔法銃による掃射を仕掛けた。すかさずフェイバルは自身とヴァレンの射線を絶つべく、両手を広げて四つの大きな防御魔法陣を展開する。弾幕はいくら物量に勝ろうとも、その防御魔法陣は全ての凶弾を絶った。

 ヴァレンはすかさず強化魔法・俊敏(アクセル)剛力(ストロングス)を自身へ付与する。向上した身体能力をもってフェイバルの防御魔法陣の前へ飛び出すと、彼女はそのまま流れるような動きで敵の戦闘員へ魔法弾を撃ち込む。その精密な射撃こそ、ギルド魔導師としての彼女の強さたる所以である。

 弾幕が収まったのは、バリケードを防衛していた者全員が射殺された後だった。無彩色のガラクタが積み重なったバリケードは、途端に血の海と化す。そこへ転がった死体の数が、先程聞き出した戦闘員の数よりも幾分か多いことに気が付いたのは、全てが終わったこのときだった。

 「戦闘員じゃねー奴まで銃を握らされてたか……すまねぇな」




 同刻。廃工場の外では、おぼつかない足取りの男たちが姿を現した。それはヴァレンによって廃人と化した、見張り番の男たち。虚ろな目をした彼らは疑いもせず、騎士の元へ歩み寄る。

 「――ご苦労だったな。この不良めが」

 騎士の一声を聞いたとき、男たちはようやく正気を取り戻した。術者であるヴァレンとの距離が離れた為に、魔法が解除したのである。

 「お、俺たちは何を……?」

 「やべえ、ここ敷地外だ! ってあれ、騎士……サマ……?」

途端に焦り出そうとも、もう遅い。ダストリン駐在騎士団の団長を務める男は、張り付いたような笑顔で語り掛けた。

 「お前たちの身柄は我々が確保した。後でゆっくり事情を伺おう」

No.17 氷見野玲奈2


東京の五・五畳ワンルームには、学生時代にバイト代をはたいて購入した、ゲーミングPCが据え置かれている。。そんな思い出の品で磨いたFPSゲームの腕は相当なもの。台パンは日常茶飯事。下の階の住人に怒られないかだけが不安だった。

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