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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍編~
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174.生と死の舞踊 *

 「――急に逃げるだなんて、どうしようも無く失礼な奴だな」

 人間を模した何かは、二人の魔導師が墜落した場所へと至る。

 イグの下敷きとなって地面へ衝突したナミアスは、そこで血濡れて息絶えた。対して彼女は男の体から弾かれ、少し離れた所で地面へと伏す。

 ただその衝撃が幸いしてか、イグは意識を取り戻した。不意に瞼を開けば、そこに広がるのは都外にありふれた荒れ地の景観。そしてそのありふれた光景の中ではあまりにも異質な、灰色の肌と白の髪をした男の姿。ナミアスの亡骸を目撃しなかったのは、幸運だったかもしれない。

 人間を模した何かは、イグの傍の男を殺したことへ触れず、ただ純粋に彼女へ交流を図った。

 「ねえ、どう? ミヤビの奴らは、結構頑張ってる?」

 まだ意識が朦朧としてないイグであれば、この瞬時で禍々しき化け物の魔力を感知し、咄嗟に距離を取っていただろう。ただその行動の末にあるのは、ナミアスと同じ結末。彼女は意図せずとも、男の質問に応じることで命を繋いだ。

 「――あなたは……ミヤビの人間……なの……?」

そのとき人間を模した何かは、また魔法を行使する。束の間、イグの右手は風船のように弾け飛んだ。

 断末魔が響く中、人間を模した何かは平然と続ける。

 「あのさ、こっちが質問してるわけよ。ちゃんと質問に答えてもらわないと、こっちも困っちゃうんだよね」

 たった一度の会話から、右手首へ灼熱感を覚えるまで。そのたった数秒の間で、イグは理解した。目の前の化け物に逆らってはならない。もしも逆らったならば、己の肉体はきっと先の右手の如く破裂し、原形を留めぬまま醜く死に絶えることとなる。

 認めたくはないが、それは確かに畏怖であった。イグは過呼吸のまま質問に答える。

 「……ミ……ミヤビは……魔器魔法を行使する……」

人間を模した何かはイグの元へと歩み寄りながら、満足そうに会話を続けた。

 「あー、違う違う。それ、魔器魔法なんて名前じゃない。本当の名前は、代償魔法」

その意表を突くような言葉も相まって、イグはついに間近で化け物を見上げる。そこでようやく、彼女はそれの放つ禍々しき魔力へ気付いた。ただ今直ぐに、この場所から逃げ出したい。本能は危険を訴えるが、それを実行するだけの余力は無かった。

 対して男は、依然としてお構いなしに話を続ける。

 「確かにあの魔法は、魔器を強化する魔法だよ。でも魔器を強化したところで、人間の肉体はその発達に耐えきれない。だから人間がこの魔法を使ったとき、その肉体は加速度的に老衰していき、結果として寿命が大きく短縮される。だから、代償魔法」

イグにとって、その魔法の詳細を信じる道理は無い。ただその異質な生き物を前にして、彼女は心のどこかでその話の信憑性を感じ取った。

 そして人間を模した何かは、おもむろに右手をイグへとかざす。

 「……冥土の土産……とかいったけ。殺す前にしょーもない慈悲を与えるやつのこと」

束の間、顕現したのは漆黒の魔法陣。魔導師として経験を積んだ彼女でも、その魔法属性を知る由は無い。

 そしてイグは、為す術無く肉体が破裂して飛沫と化してゆく。そんな受け入れがたい運命は、また一つの運命によって揺らいだ。

 「――おい」

差し込んだのは、また見知らぬ男の声。その男は禍々しき魔力に怯えることもなく、ただ大胆不敵に言葉を続けた。

 「――それ、なんの魔法だ?」

人間を模した何かは、声の方へ振り返ると、ただ傲慢に話を切り替える。

 「……そうだ……たしか君は、オルパス=ディプラヴィート。この大陸でも有数の、魔法に長けた人類だったね」

 突如として戦場に降り立ったのは、国選魔導師・魔天楼。その地位にありながら自由奔放な男は、王都・ギノバスの戦争状態にただ興味を抱き、ふらりとそこを訪れた。そしてその最中(さなか)に、こうして特異点へと至ったのである。

 オルパスは少し前から様子を窺っていたらしく、少しばかり時を遡って語り出した。

 「お前、さっきその娘に話を逸らされて怒ってたろ? 自分はお構いなしかい? 私はお前の魔法について尋ねてるんだ」

 「……そうか。君も興味があるのか。僕の魔法に」

そのとき人間を模した何かは少し俯いて考え込み、また言葉を紡ぐ。

 「ならまずは、この戦争をどうにかすることだね。なぜなら、この戦争の引き金を引いたのもまた、僕の作った魔法だから」

 「……それはさっきお前が言った、代償魔法、とかいうやつのことか?」

 「ああ、そうだとも」

人間を模した何かは、補足するように付け足した。

 「別に僕は、この戦争へ肩入れする為にここへ来たんじゃない。ただ、魔法を手にした人類の営みを観測しに来ただけ。彼女には、そのインタビューをしてたとこ。そしてその用も、もう済んだ。僕は帰るよ」

 そうして人間を模した何かは、忽ちにして黒き(もや)に包まれる。そこからそれが姿を消すのは、僅か先の出来事だった。

 一帯はまた戦場へと回帰する。取り残されたのは、不服そうに佇むオルパスと、重傷に倒れるロコ。

 オルパスは、ふとロコの元へ歩んだ。彼女の傍へと至れば、男は忽ち彼女の右手に注目する。

 「……手首から抉られたように千切れている……切断する魔法ではなく、破裂する魔法か」

 「……いやでも、炸裂魔法とは異なるのか。近くに指の肉片は転がっていないから、爆発で吹き飛ばされたわけでもない。となると、視認出来ない程まで粉砕する魔法か、はたまた物理の限界を越え、対象そのものを消滅させる魔法か」

 独り言を並べる中、男はふとしてロコに手をかざす。行使したのは、治癒魔法。

 「まあいいや。君には後から体験談を聞きたいし、もうちょい生きてもらうよ」

男の治癒魔法の効果は凄まじく、ロコの負った傷は忽ちにして回復した。失われた右手は、指の根元あたりまで復元される。

 そのときロコは、掠れた声で呟いた。

 「……ナミアス……は?」

オルパスは当然その名を知らないが、周囲の状況から直ぐに察しが付けて問いに答える。

 「ナミアス? ああ、あの男か。あれは駄目だ。流石にもう死んでる」

 「……え?」

 「だってほら、下半身が吹き飛んでる」

そこでロコは、ついに相棒の死を目の当たりにした。

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