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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍編~
178/203

173.特異点 *

 音も無く一室へと訪れた刺客。ムゾウはその男が諜報魔法の使い手であると判断し、即座に後方へと退いた。対して騎士の女は、同胞の死を前に刀を抜く。仕掛けたのは、予備動作を極限まで削り落とした洗練の居合い。刃は、敵の胴を狙った。

 イロ=シャクヤは易々とそれに対応する。鞘から抜いた刀を自らの胴の前へと構え、男は仕掛けられた居合いを完璧に弾き返した。

 ただそこに、刃の打ち合う衝突音は響かない。女の騎士が自身の聴覚に不安を覚えた刹那、その隙は更なる戦術によって拡張される。

 イロの空いた左手は、突如として発光した。それは、速攻魔法陣を応用した光魔法。すなわちは、目眩ましの常套手段。

 聴覚の不安と一時的な視力不良は、魔法戦闘を歪ませる。イロはその隙を大いに活用し、強烈な斬撃を振り落とした。

 その侍の打ち合いにらしからぬ狡猾さが、無情にも女の命脈を絶つ。イロの斬撃は、女の体を両断した。

 つい数分前まで他愛なく会話していた者の、無惨な死。煉獄の如き現実を前に、ムゾウの体は硬直した。

 イロは、その隙を着実に利用する。男はゆったりと口角を上げたまま、無音の踏み込みでムゾウの元へと接近した。

 刃はダイトの体をも両断する。国選魔導師・刃天を師に持たなかったなら、きっとそうなっていただろう。戦場で冷酷に振る舞う大切さを心得た彼だからこそ、その隙を直ぐに埋め合わせる。

 二本の刀が打ち合わさり、火花が散った。甲高い音は響かないが、ムゾウはその違和感へ直ぐに適合する。光魔法の搦め手も既に見たのだから、もう恐れるものはない。

 それでもただ一つ、失念していたのは魔器魔法だった。魔法での押し合いに、勝機は無い。ムゾウの体は忽ちにして押し負け、後方の壁を突き破る程の威力で屋外へと吹き飛ばされた。

 何とか意識を繋いだムゾウは、血塗れながらも立ち上がる。こちらへゆっくりと歩み寄るのは、また朗らかに微笑む男。刀身の血払いをしないのは、きっと男の趣味だろうか。

 ムゾウは確信を持って呟いた。

 「貴様は……雅鳳(がほう)組の人間じゃないな」

イロはその呟きに興味を示す。

 「ほう、何で分かったー?」

 「貴様は人を斬り慣れている。そういう人間の殺し方だった」

 「そーだね。確かに慣れてる」

そして男は調子良く自己紹介を始めた。

 「イロ=シャクヤ。ミヤビを震撼させた、人斬りのお尋ね者。少し前のことなんだけど、面白い戦争を始めるからお前もどうだって誘われて、その話に乗ったんだ」

 「……それは、アズマ=サカフジという男からの誘いか?」

 「うん、そーだよ。腕を見込んでくれたみたいで、分隊長にしてもらっちゃった。んまぁ、めちゃ単独行動させられてるんだけどね。俺の部下はみんな鳥に乗って、都内の真ん中の方に行っちゃった」

 「……そうか」

ムゾウはかろうじて握り続けた刀を、今一度強く握る。

 「やはり雅鳳(がほう)組にはもう、侍という崇高な生き物など存在しないらしい」




 都外北部。死闘を乗り越えたイグとナミアスは、空を駆けて帰還を目指した。

 ナミアスは魔力負荷によって意識を失ったイグを抱え、残り僅かな魔力を振り絞りながら風魔法・飛行(フライ)を行使する。自身もまた重傷を負ったうえ、二人分の体重を支えての飛行は体に堪え、ついには男にも魔力負荷の兆候が現れる。

 頬を伝ったのは血涙。その雫は風の抵抗ですぐ後方へと飛び去ったが、頬には生暖かい感覚が残った。

 満身創痍の逃避行は、更にその速度を落とす。時は既に夕刻。強化魔法と同様に継続効果中の発光を伴う風魔法・飛行(フライ)は、夜間によく目立つ。陽の落ちるまでが、ある種のタイムリミットであった。

 体の限界とは相反(あいはん)して、焦燥だけが空回りする。ナミアスは無意識に魔法の出力を強めた。

 地上では、いまだ各所で魔法戦闘が偶発する。ドニーとロコの活躍もあり、弓兵の姿は見受けられないが、それでも騎馬兵はまだ数多くが残存しており、騎士との衝突もしばしば発生した。ただナミアスには、そこへ加勢する余力は無い。彼は苦しくも、そこへ目を瞑る。

 そして同じように、彼がふと地上へ視線を落としたとき、彼の命運は揺らぐ。

 見下ろした先に佇んだのは、騎士でも騎馬兵でもない。たった一人、男の姿をした何か。灰色の肌に、純白の髪。そして何より、息苦しい程の禍々しき魔力。魔器魔法などとは、全くもって比にならない。

 男の姿をした何かは、こちらを真っ直ぐに捕捉していた。目を見開き、口角をつり上げたその姿は、もはや人間を模しただけの化け物に変わりない。

 今すぐ逃げろ。ナミアスの本能が訴えかけた。彼はその男らしき何かを見た刹那、王都までの最短距離を捨てて迂回する。自らが確かに抱いた、恐怖という感情に感謝を覚えながら。

 しかしながら、その化け物に背を向けたことは悪手だった。ナミアスはふとして、風魔法・飛行(フライ)の高度が落ちつつあることに気が付く。

 直ぐに魔力の出力を高めたが、高度は安定しない。むしろ、更に高度は落ちゆく。そしてついには、風魔法・飛行(フライ)を維持することも叶わず、その体は自然落下へと委ねられていた。

 地面へ衝突するその直前に、ナミアスはようやく事態を理解した。むしろ何故気が付けなかったのだろうか。彼は訳も分からぬままに、下半身を喪失していた。

 「……そうか……奴の……魔法か」

 自らの下半身を奪ったのは、男の姿をした何かの仕業。それは仮説に過ぎずとも、化け物の放つ禍々しき魔力を感じ取ったナミアスは、確信を持った。

 ただしナミアスに、もうそれへ抗う術は無い。彼に出来るのは、意識の無いイグを墜落の衝撃から守ること。彼はイグの体を強く抱き、自らの肉体を緩衝材にした。

 そして空を舞い続ける颶風の射手は、虚しくも地上へと墜落してゆく。

No.173 継続効果の伴う魔法に付随する魔力現象現象


継続効果を持つ魔法では、魔力のエネルギーによる淡い発光が観測される。水晶魔法具の発光する性質も、同様の原理であると考えられている。

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