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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍編~
177/203

172.終結、そして開幕。 *

 イグの耳は大音量に晒され、束の間にして血が滴る。それでもこの援護攻撃を予見していた彼女は、オウナの先手を打った。

 彼女は満足に動かせる左腕へ魔法陣を展開する。既に強化魔法を纏うはずの彼女がその選択をとったのは、この土壇場での大勝負。すなわちは、秘技魔法への挑戦。敵の重厚な肉体を穿つには、その選択のみが打開策であった。

 ナミアスと紡いだ、戦闘の軌跡。その軌跡の行く末こそ、己の更なる魔道の進歩。重複魔法陣を展開する為の精密な魔力操作には、自分の命運のみならず仲間の命運という、大いなる責任がのし掛かる。それでも背中にあの男が居るという安堵が、きっと彼女を祝福へと導いたのだろう。強化魔法秘技・超剛力(ハイストロングス)は、ついに黒き拳へと宿った。

 決死の一撃。イグは雄叫びと共に、その拳を振るう。小さな拳に、二人の命運と、王都の安寧を乗せて。

 一瞬の隙が命運を分かつ。魔法戦闘の常識を、そのままに体現した結末だった。イグの拳は男へ防御魔法陣を展開する隙すら与えずに、生身の脇腹を大きく穿つ。肉体は絶大なエネルギーに耐えかねて脆く弾け飛び、男は半身を失った。

 イグの視界は返り血で消え失せる。そこから束の間、魔力負荷による出血と目眩が彼女を襲った。そして遂に、彼女は地面へと倒れ込む、はずだった。

 彼女の体を支えたのは、上空から舞い降りたナミアス。指先の失われた手でどうにか彼女を支え、彼はその痛みを押し殺したまま彼女を担ぎ上げた。

 「……後は、まかせぇ」

そしてナミアスは、再び風魔法・飛行(フライ)を行使する。向かう先は都内。抱えた相棒の命を繋ぐ為に。



 

 「――ふぅ。たまには運動もするもんだねぇ」

 王都・ギノバス東部にて。車通りの途絶えた異様な幹線道路に立ち尽くすトファイル=プラズマンは、おもむろに通信魔法具を起動した。

 「やあ、こちらトファイルだよ」

 「――報告を待っていた。そちらの戦況はどうだ?」

応答したのは、作戦本部で指揮を執るタクティス=リートハイト。男はやや切迫した様子の声色で返答したが、トファイルの一言はその男を安堵させた。

 「丁度片が付いたところだね。魔獣は全て撃墜。人間も想定の人数は全て始末した。私とバラちゃんとセントニアの手腕だ。抜かりないとも」

 「……そ、それは、恐れ入った」

 「へへ、嬉しい反応だねぇ。さて元気が出たところで、私も直ぐそちらへ戻るし、もう切るよ」

そしてトファイルは通信を切断した。男は指輪を顔の前から下ろし、また王都中央部へ引き返そうとする。丁度そのとき、男の誇る仲間たちが、ふらりとそこへと集った。

 セントニア=ラウマンは身分を隠すべく、奇怪な仮面を装着してそこへ現れる。

 「……ご苦労様でした。私はこのまま貴族街の方へ帰還します。なにぶん、保護対象ですので」

その仮面を外さずに平然と言葉を発する男の様はどこか異様だが、神鳴る(あお)の面々には見慣れた姿だった。

 「ああセントニア、ご苦労様。その仮面を着けたのも、久しぶりだろうに。引退してからも、やっぱりちゃんと保管してたんだね」

 「ええ。私の地位を守ってくれる大切な代物ですから」

バラフィリーヌは葉巻を吹かしてそこへ現れた。

 「魔器魔法が云々を聞いてはいたけど、こんなもんかい。若い奴は情けないねぇ」

 「お、バラちゃんも居合わせるとは。久しぶりの運動も良いもんだろ?」

 「さーね。人間斬るよりも、葉巻の先を切ってた方が楽しいもんだ」




 夕刻。王都東部に設けられた前哨拠点では、ムゾウと僅かの騎士が待機する。都外では激戦が繰り広げられているというのに、いまだそこへ投入されない彼らは、悶々とその時間を過ごした。

 奥の一室で控えていたムゾウと女の騎士は、話題に尽きて静寂を嗜む。ただその退屈が生んだほんの出来心でか、ムゾウはふと彼女へ問い掛けた。

 「……もしミヤビに暮らしていたなら、あなたはどう生きたいですか?」

思いがけない難問に、女は少し考え込む。思考の末、浮かんだ解は随分と端的だった。

 「茶屋……ですかね。お団子が好きなので」

女は微笑む。その意外な答えに、ムゾウも釣られて微笑んだ。

 そして二人の小さな笑みがようやく収まりつつあれば、女はふとして尋ね返す。

 「それじゃ、あなたは?」

 「そうですね……鍛冶屋にでも弟子入りしましょうか。私はやはり、刀が好きですから」

 「刀を振るうのではなく、作るのですか?」

 「ええ。鍛冶屋の生まれでしたので。ミヤビを出て魔導師を志すと告げたときは、酷く叱られたものです。己の刀も満足に整備出来ないお前が、そんな所に出向くのは早すぎる、とね」

 「……そうだったのですか。なら、運命だったのかもしれませんね。今まさに戦場で舞い続ける、大陸最高峰の魔剣士への弟子入りは」

女がムゾウの師・ツィーニア=エクスグニルに言及したのは、至って平易な成り行きであっただろう。ただその自然的な会話の流れは、ある男の聞き慣れぬ軽薄な声色によって分断される。それはムゾウの返答を待たず、堂々と、平然に押し入った。

 「――そっか。ならここに、刃天は居ないのかぁ。苦戦せずに突破出来そうだね」

 男は一室の扉から、当然の如くその部屋へと踏み入る。右手には、血の染み付いたミヤビ式刀剣。左手には、前哨拠点を警備していたある騎士の頭部。片目を覆った白髪を揺らすその男は、雅凰(がほう)組分隊長・イロ=シャクヤ。

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