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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍編~
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171.地上の戦と天空の調べ *

 「……アス……ナミアス――!!」

 らしからぬイグの叫び声。ナミアスは気を確かにすると、直ぐにそこへ応答した。

 「いやぁ……すまんすまん。ちょいと強引にやり過ぎた」

 「そ、そんなことはどうだっていいんです。とにかく、体勢を……!」

 二人は満身創痍ながらも、忙しなく体勢を立て直す。幸いにもオウナとの距離は保たれており、そのうえ男が動き出す様子も無い。追討ちをしないことが男の教義なのか、単なる油断なのか。二人はそれを知る由も無いが、こうして会話にありつける隙が許されているのは確かだった。

 そしてナミアスは、ようやく自らの指先に焦点を向ける。

 「ありゃ……感覚が無いと思ったら……」

 「治癒魔法があれば治ります。だから早く、あいつを仕留めないと」

その言葉の正当性は疑う余地も無いが、それでもナミアスは口をつぐんだ。なぜなら、彼にはその目的を達成する術に思い当たる節が存在しないから。

 しかしながら、イグは早々に一つの作戦を提示した。彼女はナミアスの数歩前へ立つと、その小さな背を向けて呟く。

 「一つだけあります。あなたの切り札、使いましょう」

直ぐにその意味を理解したナミアスは、返答にやや遅れる。

 「……でもそれだと、イグさんまで」

 「そんなこと分かってますから。でも、全力のをお願いします。一度きりの作戦ですから、失敗は許されない」

 「……了解した」

らしからぬナミアスの弱い声に、イグは少しばかり微笑む。そして彼女は、直ぐに歩み出した。




 「……さて、次なる手合いへ向かいましょうか」

 オウナはゆっくりと歩み出す。ミヤビに伝わる武道を踏襲した男は、その武道の掟に従い、土俵の外へ出た二人の魔導師が敗北したものと解釈した。

 手合いを終えた男は土俵を後にして、次なる手合いへと向かう。敵を深追いしないのは、男の教義。ただそれでももし、土俵へ自ら戻る敗者が居たのなら、男は甘んじてそれを受け入れる。たとえその敗者が、己より数周りも小柄な子女であろうと。

 そのときオウナが目撃したものは、傷に塗れながらも滾る闘志を燃やす、一人の女。黒の進撃・イグ=ネクディース。

 「……舞い戻りますか。たった一人で」

男は歩み寄るイグへ語り掛けるが、彼女はそれに応じない。ただ女は虎視眈々とこちらを窺いながら、漆黒の拳を硬く握った。

 強化魔法、そして護謨(ゴム)魔法。先の戦闘では、既にあらゆる手を出し尽くした。自分一人の持ち合せる魔法では、もはや攻略の手立てなど無いだろう。それでもイグは極限の集中力をもって、その無謀な手合いへと臨む。

 そして彼女の歩みはある刹那を境に速まり、一片の恐れすら匂わせぬ進撃へと昇華する。強化魔法・俊敏(アクセル)剛力(ストロングス)を行使すれば、イグの身体能力は最高潮へと達した。

 オウナはもまた、同じ魔法で応じる。代償魔法の恩恵を受けた圧倒的な魔力差をもって、土俵へ無策に足を踏み入れた敵を排除する。男はその端的な戦略で十分に事足りると確信していた。

 そして二人は、互いの拳が届く距離へと至る。束の間にして、装甲魔法具に包まれた強固な拳が縦横無尽に行き交った。

 イグは護謨(ゴム)魔法を活用した柔軟な打撃を重ねる。しかしどれだけ手数で追随しようとも、根本の力量差はそう容易く埋まらない。

 そして数秒経たぬうちに、イグは防戦を強いられた。そこから防御が崩される瞬間もまた、数秒経たずして訪れる。襲い来るのは、無情にも強剛な男の一撃。それでも彼女がその一撃に体を吹き飛ばされることなく耐え凌いだのは、ただ純然たる執念だけが彼女を土俵の縁でせき止めたから。

 冷静にも、イグは再度魔法を行使した。無動作魔法陣から展開されたのは、護謨(ゴム)魔法・(トラップ)。オウナの足元は可塑性を帯びて僅かに窪み、ほんの一瞬ばかりの意識が体重移動へと誘われる。

 イグはそれが勝機であるとは思わない。あくまでたった一回の作戦に向けた、ごく小さな布石。そして彼女はその作戦の成功へ更に寄与すべく、重心が揺らいだ男の死角から、鞭打の如き打撃を繰り出した。

 決死の一撃は、男の脇腹を捉える。ただし装甲魔法具に包まれた男の脇腹はあまりに厚く、衝撃は体の芯まで届かない。

 束の間、オウナは無造作に左腕を振るった。短絡的な横薙ぎでも、その威力はあまりに絶大。イグの肉体など、直ぐにでも粉砕出来るだろう。

 ただそれは、彼女が生身であればの話。イグは装甲魔法具を纏った右腕と防御魔法陣を差し込み、その一撃の防御へと挑む。

 魔法陣は飴細工の如く、早々に砕け散った。それでも魔装加工の施された装甲魔法具が、着実に威力を削ぐ。しかし代償魔法は魔装加工をおも貫通し、忽ちにして装甲魔法具を粉砕した。彼女の右腕はたった数本の筋繊維が繋がった状態で、何とか一撃を耐え凌ぐ。

 それでも戦況は、依然として攻撃の応酬。イグは使い物にならない右腕を憂うことなく、すぐさま左の掌に備えられた銃口から魔法弾を放つ。至近距離から放つ大口径の魔法弾は遂にオウナの隙を突き、その無防備な右腿を穿った。

 ついにオウナは有効打を受ける。そんな僅かな進展を噛みしめる寸暇すら、その土俵では許されない。男は弾かれた左腕を振り戻し、イグの頭部を狙った。

 掌の魔法銃の反動で体勢の揺らいだイグに、回避するだけの猶予は無い。生身となった右腕を曝け出そうとも、きっとそれは瞬く間にして吹き飛ばされてしまうだろう。防御魔法陣を展開したところで、結末は目に見える。そこでついに彼女は、即死の一撃を受け入れる以外の選択肢を失った。

 ただそのとき、空からは耳を切り裂くような爆音波が降り注ぐ。肉弾戦で極限の集中にあった二人の体は、その突然の出来事から意に反して硬直した。それでもその音の因果を知るイグだけが、僅か先んじて体の自由を取り戻す。すなわち、颶風(ぐふう)の射手・ナミアス=オペロットによる天空の快演。窮地を救う、天啓の音楽。

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