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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍編~
175/203

170.伝説の再来 *

 都内東部にて。突然として現れた都内の空を羽ばたく魔獣は、真っ直ぐと王都中央部を目指した。

 戒厳令により静まり返った幹線道路には、その黒い翼を見上げる者が一人。女の名は、バラフィリーヌ=ラティ。

 バラフィリーヌは咥えた葉巻を左手で摘まんで口元から離し、ふと独り言を零し始める。

 「サムライってのは馬に跨がるんじゃなかったのかい」

そして葉巻を摘まんだ手は、ふらりと腰にまで落ちた。

 「……んまぁ、どうだっていい。私に葉巻一本消させた報いは、受けてもらおうかねぇ」

そんな呟きの間にも、魔獣は快速で彼女の頭上を通過してゆく。バラフィリーヌはトファイルから敵を止める命を受けながらも、それを自ら追うことはしなかった。

 「……乗っかってる人間は、一匹あたり三人くらいか。例の変な魔法を使ってくるのなら、容赦は無しだ」

 みすみすと敵を見逃したのは、その女の慈悲ではない。女は理解していた。敵が己という存在を野放しにすることこそ、最大の悪手であることを。なぜなら女は、かつての神鳴る(あお)が誇った、孤高の魔法剣士であるのだから。

 バラフィリーヌの思惑は正しかった。群れのうち五匹の魔獣は、急速にこちらへと引き返して地上に降り立つ。

 一五名の武士は魔獣から降り、すかさずこちらへ鋭い殺意を差し向けた。ただしその武士らは、都外に侵攻するサムライなる生き物とまるで違う装いでそこへと佇む。

 「その黒装束……あんたらサムライじゃなくて、シノビって奴らか」

そして女は惜しみながら葉巻を捨てる。

 「まーんなことはいい。どちらにしろ、一本吸う分の時間潰しだ」

女は隻腕を剣の柄へと重ねた。油断を見せつけるような姿勢は、寸分の隙も無い下段の構えへと切り替わる。

 バラフィリーヌが五匹の魔獣を引き寄せた中、依然として残る魔獣は空を進んだ。ただしその航路は、決して安息などではない。

 訪れた奇襲は、騎乗する忍が反応出来ない程の早業だった。先頭を飛ぶ一匹の魔獣は、突然にして黒い閃光に腹部を貫かれる。肉体の損傷で忽ち飛行能力を失ったそれは、もはや為す術なく幹線道路へと墜落した。

 束の間、同じ襲撃は別の魔獣の元にも訪れる。そのとき咄嗟ながら忍が視認したもの、それは皮肉にも、自らの騎乗する魔獣と同じ、赤い瞳を持つ人間であった。

 人間型魔獣。その脅威は、ミヤビの人間とて同じこと。更にはその魔獣が意志を持ってこちらを襲うともなれば、シノビらは必然的にその応戦を迫られる。

 そうして都内へ侵入した魔獣の群れは、バラフィリーヌと不詳の魔獣により、壊滅的な打撃を受けた。王都の中心部へ向かう魔獣の主力は、僅か七匹にまで減少する。

 ただそれを待ち受ける者こそ、神鳴る(あお)を率いた元国選魔導師・雷神であることは、言うまでも無い。




 都外東部で激しい戦闘が続く中、都内に構えられた前哨拠点では、ムゾウが師の帰還を待った。

 先に受けた指令は、ツィーニアのみへの出撃要請。男はもどかしくも、静まり返った一室で一人呟くことしか出来ない。

 「……俺はこんなところで……何をしているのだろうか」

ミヤビの血を引く者でありながら、いまだ戦場へはありつけない。検問を潜れば、もう直ぐそこには敵が迫っているというのに。

 芳しくない戦況は、ムゾウも知るところだった。前哨拠点に残った騎士が僅かであることは、もはや通信が無くとも戦況の厳しさが窺える。

 そのとき、ムゾウと同様に拠点での待機を続ける騎士の女が、本部からの通達の内容を口にした。

 「……都内東部にて、鳥獣型魔獣による奇襲攻撃が発生した模様です」

ムゾウは腰掛けたソファから立ち上がる。

 「わ、我々への指示は?」

 「待機です。現在、雷神殿の率いる魔導師部隊が応戦しています」

 「……そう、ですか」

男はまたそのソファへと腰掛けた。自らが言いようのない焦りに苛まれていることを自覚し、一つ深呼吸をする。

 騎士の女もまた、ムゾウの心境を何となく理解していた。

 「予備の戦力である私たちへ出撃の命が届かないまま終戦することこそ、最も望ましいのです」

 「ええ、分かっています。分かっていますとも……」

そのとき騎士の女は、突拍子も無く呟いた。

 「……私の祖父は、ミヤビの出身。血の濃さは違えども、あなたの気持ちも少しくらいなら分かち合える」

ムゾウは第二師団所属である彼女と顔見知りではありながら、その情報を聞いたのは初めてだった。

 「……そうだったのですか」

 「ええ。祖母が許嫁(いいなづけ)でして、その子が私の父親。もう二人とも亡くなりましたがね」

 「……ミヤビへ訪れたことは?」

 「ありますが、幼い頃でしたので、覚えていません。ただ、私の相棒はずっとこの子です」

騎士の女が腰に差していたのは、ミヤビ式刀剣。騎士の中でそれを扱う者は珍しい。

 ムゾウは思いがけず尋ねた。

 「あなたはどうして騎士に?」

 「ただ……この剣を振るう仕事に就きたかった。それだけです。ギルド魔導師も考えたけど、親には体裁が悪いみたいで」

 「そう、ですか。祖母が許嫁(いいなづけ)であったなら、あなたも貴族の生まれですものね」

 「はい。だから私は、騎士道を歩みだしました」

ムゾウは少し間を空け、ふと呟いた。

 「きっとあなたは、あなたが思っている以上に意味のある存在ですよ」

 「それは……えっと、どういう意味でしょうか?」

 「騎士と、武士。ミヤビとギノバスが相容れない中、あなたは二つの魂を背負った象徴的な騎士です。魔導師と武士の魂を背負った私と、同じです」

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