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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍、天使と堕天使~
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169.その手で魔法を *

 王都北検問では、イグとナミアスがオウナ=センダイなる男と対峙する。その男はミヤビに伝わる一騎打ちを申し込むことはせず、ただ目前の若き魔導師たちを見下ろして呟いた。

 「……綺麗に葬るのは苦手でして」

 オウナは大きく脚を開き、玲奈の知る言葉でいう四股の体勢をとる。それがその男の戦闘開始の合図であることは、四股を知らぬ二人の魔導師にも明らかだった。

 イグはすかさず強化魔法・剛力(ストロングス)俊敏(アクセル)を行使する。彼女の纏うゆったりとした上着は敵の視線誘導を狙った装束だったが、魔器魔法なる未知との邂逅に機動力を優先すべきと判断すれば、躊躇いなくその上着を脱ぎ捨てた。

 そして露わになるのは、黒の進撃という名に違わぬ漆黒の装甲魔法具。オウナはそこで、眼前の少女が同じ得物の使い手であることを知った。

 しかしそんな一瞬でさえ、この戦場では流暢が過ぎる。オウナの元には、瞬く間にしてナミアスの放つ一発の魔法弾が訪れた。

 オウナは掌を前方へ掲げ、その弾丸を受け止める。ナミアスはそこから屈せず続けざまに弾丸を放ったが、その全ては軽々と掌の前に散った。風魔法を用いた緩急ある弾速を駆使しようとも、もはや回避という選択を行わない大男には無策。援護射撃は、敵のたった片手を封じるだけで沈んだ。

 それでもその片手の拘束が、近接戦に臨まんとするイグを大きく勇気づける。敵が自身より何周りも大きな肉体を持とうと、その華奢な女は果敢に突き進んだ。

 肉弾戦の間合いになれば、同士討ちを避けるべくしてナミアスの弾幕は止む。それでも潰えた弾幕は、イグの護謨魔法を駆使した縦横無尽の殴打へと間髪なく繋げられた。鞭打の如く予測不可能な攻撃はオウナの掌を通り抜け、的の大きな男の肉体に突き刺さり始める。

 しかしオウナの分厚い脂肪は肉体そのものを強固に守り、イグの攻撃は血こそ滲ませるものの、致命には至らない。そしてその差を見切った男は、賢明にもすぐに防御を捨てて攻勢を選んだ。

 繰り出されるのは一発の張り手。強化魔法を備えたその男は、大きな掌でイグの顔面を狙う。関節に護謨魔法を行使していたイグは反応に遅れ、回避の選択を失った。

 それでも彼女は僅かな希望を賭けて防御を試みる。しなるその腕を体の前へ引き戻すのに時間を要したが、何とか防御魔法陣を展開した。

 未知なる魔法の力は悍ましい。束の間、イグの防御魔法陣は破砕し、彼女はそのまま後方へ大きく吹き飛ばされる。防御してもなお残る絶大な威力は、後衛に徹するナミアスを震撼させるほどだった。

 イグは何とか意識を保つ。直面した死の恐怖から脂汗が滴り、それが頭から流れ出る血液と混ざり合った。

 「……やばい。ほんとに死ぬとこだった」

 ナミアスは前進した。オウナと距離を保ちつつその男へ立ちはだかり、イグの復帰まで時間を稼ぐ。幸いなことに、男がイグへ追撃を繰り出す様子は無い。

 ナミアスは依然として銃を構えるが、オウナは先の弾幕の火力不足を知り、それに目もくれず掌を収めた。そこで彼が選んだのは、風魔法・斬撃(ブレード)。苦肉の策ながらも、目に見えぬ無数の刃がオウナを狙った。

 やはり未知なる魔法の牙城は崩れない。ナミアスの放った魔法は、オウナが無動作で展開した防御魔法陣によって呆気なく無力化される。

 そしてオウナは、ナミアスの感情を逆撫でするべく呟く。

 「土俵に入らぬ小心者の攻撃に、私は倒れない」

ナミアスは苛立ちを孕んでその文句に応じた。

 「……そうかいそうかい」

そしてナミアスは銃を懐へとしまう。そしてあろうことか、遠距離戦を得手とするその男は、風魔法・飛行(フライ)を行使してオウナの元へと急接近した。

 ようやく立ち上がったイグは、ナミアスへ檄を飛ばす。

 「ナミアス! 挑発に乗らないで――!!」

虚しくもその声は届かない。ナミアスはオウナの間合いに立ち入り、そこで慣れぬ殴打を放った。しかしその殴打は易々と掌に阻まれ、更にはその腕をオウナに握り返される。

 腕を掴まれるということは、変質魔法を持たぬナミアスにとって退路を断たれたと同意。颶風(ぐふう)の射手は、土俵の中に捕縛された。

 それでもナミアスの顔に焦りは見えない。むしろ彼は、饒舌に語った。

 「……最近強い奴らと戦って分かったことがある。そいつらは無傷で勝とうとしねーってことだ――!」

 束の間、行使されたのは風魔法・装甲(アーマー)。掴まれた腕だけに限定して行使されたその魔法は、オウナの掌を風の刃で斬り裂く。

 されど男の掌には装甲魔法具が施されており、攻撃は深手に至らない。むしろ握撃によって腕をあらぬ方向へと押し曲げられたナミアスは、痛みに顔を歪めた。

 オウナはただ冷酷に、続けざまの張り手を繰り出す。ナミアスにとっての最も安全な選択は、風魔法による退却だった。ただしその男は命知らずながらも、あえて敵の土俵へと居座る。

 ナミアスの選んだ術は回避でなく、防御魔法陣の展開。まだ潰れていない片手を曝け出し、そこに展開した魔法陣へ命運を委ねる。魔器魔法を持つ敵にとって、無謀は行為であることは自明だった。ただそれは、その防御魔法陣が、大きな力を秘める重複魔法陣でなければの話である。

 「――信じてたで。イグさん」

 颶風(ぐふう)の射手の背後には、黒の進撃の影があった。イグはナミアスの展開した防御魔法陣に自身の魔法陣を重ねて顕現させ、オウナの正面攻撃に抗う。

 一糸乱れぬ命懸けの連携。それこそが戦況を好転させる。



 

 はずだった。未知なる魔法とはあまりに不合理で、重複魔法陣を前にしても男の大きな掌は揺るがない。むしろそれは更なる押し込みでついに重複魔法陣を突破し、その二人を後方へ激しく弾き飛ばした。

 二人は為す術無く地面を転がる。ナミアスの両手は最も近い距離で衝撃に晒され、指の原形は失われた。

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