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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍編~
172/203

167.寵愛の騎士 *

 バーキッドの腕を血液が伝う。氷の苦無(くない)は、男の強靱な肉体を容易く裂いた。

 「……仕方ないわね」

 バーキッドは腕を圧迫しながら呟く。ジョウはその独り言を無視したまま、依然としてバーキッドの元へ歩みを進めた。しかしながらその堂々たる歩みは、バーキッドのふとした動作によって封じられる。

 バーキッドの指先は、自らの首元へと近づけられた。指先の直ぐ先に垂れ下がるのは、美しい宝石のあしらわれた首飾り。ジョウは、それがただの宝飾品でないことを忽ちにして理解した。

 次の瞬間、バーキッドはその首飾りを外して放り投げる。そこからジョウが、前にした男の孕む魔力量の飛躍に勘付くまで、そう時間は掛からなかった。

 バーキッドの身に着ける首飾りにあしらわれていた宝石は、水晶魔法具。それは一般的に魔法傾向診断にて使用されるが、彼の場合は、これがある種のリミッターとして機能する。

 バーキッド=リプルは、桁外れな魔力受容能力を持って生まれた。男は魔器への魔力供給効率に優れ、魔法戦闘では消耗戦に長けたが、彼は同時に日々の魔力飽和による魔獣化の危険性へと悩まされる。そこで彼は、魔力を恒常的に吸収し大気中へ還元するという性質を持つ、魔水晶を身に着けることとなった。

 つまりその魔水晶を手放したとき、男は本来の完全なる魔力効率を手にする。魔水晶が恒常的に発散してきた魔力は魔器へと蓄積し続け、男の魔法は本来の圧倒的な威力を取り戻すこととなるのである。

 元来の強化魔法を纏ったバーキッドは力強く踏み込み、瞬く間にジョウを目指した。そのあまりに刹那的な戦況の揺らぎから、ついにジョウの動作から美しさは失せる。男はバーキッドから距離を取るべく、本能的に後方へと退避した。

 それでも強化魔法を行使するバーキッドは、圧倒的な速度を持って近接戦を支配する。男は魔獣の如き眼光で目前の敵を照らし、魔力に満ちる右腕を振りかぶった。

 ジョウはもはや反射的に大太刀を振るう。それは僅かばかりの焦燥を孕んだ一太刀。長い刀身はバーキッドの袈裟を狙った。

 バーキッドはその間合いに自ら右手を差し出す。そして常人には考えがたくとも、男はその大太刀を指先の握力だけで制圧した。

 そこでジョウは、久しく覚えの無かった焦りという感情へ自らが支配されていることに気が付き、直ぐに冷静を取り戻す。男は洗練された動作をもって、更に刀身を押し込んだ。年老いて肉体的に劣ろうとも、培われた武術がその差を補填する。

 バーキッドの指四本が吹き飛んだ。ただそれほどの負傷を経てもなお、男の眼光は、依然として敵の命脈だけを捉え続ける。

 大太刀の一振りは巨大な間合いを誇りながらも、やはり大きな隙を生むのも事実。そしてそれこそ、バーキッドの見た最も効率的な勝機。男はまた一歩踏み出し、指先の無い右手を突き出した。

 束の間、右手には白き重複魔法陣が灯る。強化魔法秘技・解放(カタルシア)は、本来恒常的に行使される強化魔法の継続効果を圧縮し刹那的に効果を大増幅させる、男の切り札。

 ジョウは大太刀を強引に引き戻し、咄嗟ながらも柄の先端を起点に防御魔法陣を展開した。魔器魔法を保有する男は、本来の能力を遙かに凌駕する強度の魔法陣を顕現させる。

 しかしそれほどの魔法陣であろうとも、枷の外れた狂戦士の前には無力。バーキッドの右腕は魔法陣を突破し、その凶器は生身のジョウを穿った。

 勢いのまま前傾したバーキッドが左足を地面に着いたとき、氷床はそこを起点として瞬時に破砕される。更には氷の下に広がった土を周囲一帯へと撒き散らし、舞台は大きく様変わりした。

 そしてジョウは崩れ落ちる。男は胸部を中心に広く肉を抉られ、上半身の殆どを損失して即死した。

 寵愛の騎士、それは恵まれた巨躯と優れた魔力受容能力と併せ持つ、天より与えられし才多き騎士の異名。そしてまた、男色家ながら恋多きその男に似付かわしき名だった。




 「……よし、これでまた元通りね」

 バーキッドは首飾りを装着し直し、再び継続的な魔力消費を取り戻す。魔獣化の境界に立つ兆候として現れる精神の興奮は収まり、男は普段の聡明な騎士へと回帰した。

 そのときバーキッドとジョウを包囲していた氷の柱は、先に男の繰り出した魔法の威力に耐えかねて崩れ落ちる。束の間、男はその抜け道を通ってこちらへ歩み寄る人影を目撃して安堵した。

 バーキッドは打って変わり、妙に可愛気ある声を取り繕い出す。

 「あらオキシアちゃーん。来てくれたのねっ!」

名を呼ばれた美青年は、呆れ顔でバーキッドに駆け寄った。

 「あ、当たり前ですよ! だってさっき、例の魔法使いましたよね? あれが必要になる程の相手だなんて……」

そしてオキシアが何気なく視線を落としたとき、彼はまた驚愕する。

 「って班長! ゆ、指が……!!」

バーキッドは朗らかに応じた。

 「あ、そうそう。手っ取り早く終わらせる為に、ちょっと無理しちゃったの」

そのときオキシアは間髪入れずにバーキッドの大きな手を取り、そこへ治癒魔法を行使する。バーキッドは頬を赤らめた。

 「あら……積極的なんだから……」

 「怪我してるんですから当たり前でしょ!! 指くらいなら僕の治癒魔法だけで治りますけど、暫く時間掛かりますからね! まったくもう!」

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