166.花咲く火矢 *
王都南検問では、分隊長・イノリ=セッカと王国騎士団第一師団長・ライズ=ウィングチューンが相対した。
名を明かし一騎打ちを申し出たイノリに対し、ライズは名を明かさず刃で応える。ミヤビ伝統の決闘は決裂した。それでも二人は、己の正義を賭けて戦わなければならない。
イノリは呟く。
「……それでは、始めさせていただきます」
そして女は煌びやかな大弓を引いた。そこから僅か数秒、魔法矢は男の胸元を狙って精密な照準で放たれる。しかし魔法矢は魔法弾に速度で劣るために、ライズがそれを容易に回避するのは必然だった。
一本目の矢が遙か遠方で起爆し炸裂したのも束の間、イノリは二本目の矢が装填し、速やかにそれを放つ。照準は一本目と異なり、ライズのやや前方。矢先が足元に程近い地面へ激突することで、炸裂魔法を強制的に起爆させる算段であった。
しかしそれが着弾するより以前、ライズの瞳は正確に矢先の着弾点を導き出す。
ライズは即座に後方へ飛び上がった。そこから僅かにして魔法矢は起爆し、束の間にして強烈な爆風が周囲を襲う。抉れた地面は勢いよく飛散し、膨大な砂煙が舞い散った。
そのときライズは、女と初めて向かい合った数分前の瞬間を想起する。一見すれば一切の感情を窺わせないイノリの顔からも、彼は僅かな動揺を見ていた。そこから想定される女の心情は、諦観。あるいは、諦観を通り越した自暴自棄。彼の経験によるならば、そのような心境に陥った人間の攻撃手段は、荒く力任せになる傾向にある。
つまるところ、女は自ら一騎打ちを望みながらも、当初からそこに勝機を見ていない。それは恐らく、王国騎士団第一師団長・ライズ=ウィングチューンが立ちはだかったから。そして彼女自身、己の行使する魔法が一騎打ちに不向きであることを自覚しているから。
導かれる結論は容易だった。ライズは砂煙をもろともせずに駆け抜ける。これほどの砂煙が立ち上ったなら、環境を作り出した女自身とて視界を十分に確保できない。すなわち、これこそ自暴自棄の生んだ荒削りな選択。そしてそれは同時に、大きな隙となる。
強化魔法をまとった男の進撃は閃光の如き速度を誇り、刹那にして二人の距離は詰まる。ライズの握る魔法剣が振り上げられたのは、そこから直ぐの出来事だった。
イノリは抗う。女は魔法矢の矢先を真正面に立ちはだかるライズへと差し向けた。矢に込められた魔法は炸裂魔法。女はその魔法の術者本人である為に、自爆することなく近距離で爆発を引き起こすことが出来る。
事前に炸裂魔法を封入した魔法矢の矢先を、地面あるいはライズへ衝突させ、魔法を起動させる。そのたった一つの所作は、新たに魔法陣を展開し炸裂魔法を行使するよりも迅速な手段であり、戦況を傾かせるに足る発想だった。しかしながら完全無欠の男は、その一つの動作すら先読みし完封してしまう。
ライズの剣先はイノリの右腕を断った。無論、握られた矢は右手首と共に地面へと落ちる。それは自然落下程度の衝撃で魔法矢を起動することは出来ないことを承知する男だからこそ、選び得た策だった。
そしてライズは剣先は勢い良く切り返し、絶命の一撃を放つ。男は、微塵の容赦も無く女の頸を刈り取った。
頭部が草原を滑ってから束の間、女の胴体は力無く崩れ落ちる。ライズは刀身の血払いをすると、直ぐに上空へ信号弾を放った。それはすなわち、分隊長討伐完了の合図。男は難なく作戦を全うした。
王都北検問においても戦線は揺れ動く。タッグを組むイグ=ネクディースとナミアス=オペロットは、ある大柄な男に対峙した。
刀や槍の他、弓を得物として戦場に立つ武士が多い中、その大男は両手を空にしてそこへと佇む。しかしただ一つ、上裸の男の肩から両腕の指先にかけてを広く覆うのは、甲冑に近しい装備。それはまさに、イグの装えた装甲魔法具と同系統の魔法具であった。
イグ本人は勿論のことながら、ナミアスも直ぐにその偶然へ気が付く。
「……なあ、あいつの装備って」
「はい。恐らくは、私の物と同じ装甲魔法具でしょう。殴打による衝撃から拳を保護するほか、魔法弾の射出口といった何らかのギミックがあるはずです」
「ということは、お前と同じ近接特化の魔導師っぽいな。いや魔導師じゃなくて武士か」
「ええ。それに奴もまた、魔器魔法を保有していると見るべきです。魔力量で圧倒的に劣る状態での近接戦闘は……」
イグが言葉を紡ぐ最中にして、男はゆっくりと歩みを始める。それを視認した彼女が口を閉じたのはごく自然だった。
男は礼儀正しくも、大胆不敵に言い放つ。
「もはや決闘とは言うまいよ。歴史上でギノバスの繰り返した戦争は、単なる殺戮でしかないのだから」
そして男の両腕の筋肉が隆起する。力士の如き風貌をしたその男は、名をオウナ=センダイといった。