165.氷上の老侍 *
王都北検問にて。魔道四天門を戦った四人の若き魔導師たちは、分隊長討伐の命を受け都外を進んだ。
イグ=ネクディースの施した強化魔法・俊敏は、その場の四人へ疾風の如き速度を与える。快速に平原を進んでゆく中、無論そこへは雅鳳組の騎馬兵が立ちはだかるが、もはや国選魔導師に追随した実力を誇る彼らは、それを強引に突破した。
行進を続けてゆけば、自ずと四人の元へ魔法矢による掃射攻撃が仕掛けられる。それはまさに敵の最前線を突破した証といえるが、たったそれだけで油断を許すような彼らではない。彼らはそれぞれが本能的にその矢を回避し、難を逃れた。
しかし何度回避しようとも、矢の掃射の勢いは衰えない。そこでロコ=チェニアは、冷静に指揮を執った。
「イグとナミアスはそのまま進んで! 私とドニーで弓兵を抑える!」
ロコが選んだのは、二人ごとの別同作戦。イグは、以後別行動となるロコとドニーへ施した強化魔法を解除し、一時相棒となるナミアスと共に行進を再開する。ロコとドニーはそこで足を止め、落ち着いて周囲を見渡した。
ドニーは呟く。
「俺らの魔法で連携なんて無理だろうから、こっから更に分担だな。俺は右側、お前は左側だ」
「あまり遠くまで行かないなら強化魔法くらいしてあげられるけど、要る?」
「要らねー」
「……そう」
王都南検問では、第一師団長・ライズが強化魔法を行使して都外を進む。ロベリアの支援によって弓兵からの攻撃は大方収まり、男は速やかに敵陣の懐へと飛び込んだ。
目的の敵は、そこから直ぐに現れる。目にしたその途端、ライズはそれが分隊長であると察知し、即座に足を止めた。
煌びやか装飾の施された大弓。襷掛けされた黒の浴衣。その女は、戦場に馴染まぬ装いを纏い凜と構えた。背丈に似合わぬ童顔には一切の感情が窺えず、不気味ささえ覚える。
ライズはその女と対話することはせず、ゆっくりと剣へ腕を伸ばした。そのとき女は、自ら名乗り出る。
「……雅鳳組分隊長・イノリ=セッカ」
敵を前にして自らの名を明かす行為は、ミヤビの武士が一騎打ちを申し出る際の慣例。イノリは一人の武士として、その習わしに従った。
しかしながら、この戦争をいわれ無き侵略と心得るライズは、ただ冷徹に女へ刃を向ける。
「貴様らはギノバスを侮辱した。敵を前に名を明かすことが慣例なのかは知らんが、それに応じる義理など無い」
王都東検問では、二人の男が一騎打ちに臨む。
戦の先手を奪ったのは、分隊長・ジョウ=コノエ。男は大太刀を握る右と逆の手で、眩い魔法陣を生み出す。
その水色は、氷魔法。行使された魔法は、いわば氷魔導師の定石。氷魔法・独壇場だった。
草原は忽ちにして摩擦の小さな氷床へと様変わりする。更には、氷の柱が向き合う二人を囲うように生え上がり、そこを逃げ場無き土俵へと変化させた。
襲い来る圧迫感。それでもバーキッドは臆さない。男はむしろその定石通りの魔法に、安堵すら覚えた。
行使した魔法は強化魔法秘技・超剛力。氷の足場に見切りを付けたバーキッドは、自ら展開した魔法陣を強く蹴り上げ、巨躯からは想像もできない速度で敵の懐を目指した。
対してジョウは、滑らかな動作で大太刀を振るう。忽ち繰り出された魔法刃は、バーキッドと正面から対峙した。
バーキッドは防御魔法陣を展開する。しかし魔器魔法なるものをまとった敵の魔法刃は、容易く防御魔法陣を打ち破る。
バーキッドの体は後方へと弾き飛ばされた。体勢を立て直そうとも、摩擦の小さな氷の床では踏ん張りが効かず、ついに男は氷の柱へと衝突する。
しかしながら、その男は倒れない。魔法刃の斬撃も浅い傷に留まり、氷の柱へ激突した衝撃さえもろともしない。むしろ男は、魔器魔法なるものを宿した敵の魔力量の推測の成功を、大きな成果と捉えた。
「……なるほどねぇ」
そしてバーキッドは敵の魔器魔法を承知のうえ、あえての正面衝突を選択した。それは考え無しの愚策などではない。男の異常なまでに発達した筋力が強化魔法を纏ったとき、その防御力は何者にも追随を許さないのだから。
バーキッドは駆け出す。対してジョウは、続けざまに魔法刃を放った。その刃の向かう先は、バーキッドの走る氷床よりもやや手前。魔法刃は氷床と激突して鋭利な氷の破片を弾き出し、無作為にバーキッドの元へ飛来する。
バーキッドはそれを易々と腕で払い除けた。腕には薄い切り傷が表れるが、それは防御魔法陣の展開という隙を省略する為の、単なる等価交換に過ぎない。
そしてその最中、バーキッドは次なる攻撃を繰り出す。男は咄嗟に握りしめた氷の破片を振り上げ、それを迷うこと無く投擲した。強化魔法の威力を乗せた氷の礫は、ジョウの元へ一直線に伸びる。
ジョウはゆっくりと氷床を歩みだし、早々に飛び交った礫を両断した。そこからはまた大太刀を降ろし、ただゆっくりとバーキッドへ距離を詰める。
その一見して隙のある歩みは、バーキッドの警戒心を強めた。それはジョウ=コノエという男の歩みから、微かな音すら聞き取ることも叶わないから。氷上の老侍の刃とは、際限なく磨き尽くされた凶刃であった。
ジョウはふと呟く。
「……術を磨く人生。齢五にして太刀を取り、六五年。侍を志した其は、忍術をも修めた」
「忍術……それはシノビとかいう者の武芸ね」
「左様」
そしてジョウの頭上に展開された魔法陣からは、氷で造形された苦無が飛び交う。無動作魔法陣による攻撃は、バーキッドの反応を僅かに遅らせた。




